挑戦の年なのに
アイヤーンマンへの参加資格が出た。競技まであと半年。
まだフルマラソンを公式大会で完走した経験はない。まずはフルマラソンを完遂すること。
しかしのっけから、危機。
アイヤーンマンへの挑戦の年

正月をむかえた。この年こそ、アイヤーンマンへの挑戦の年になるのだ。輝かしい37歳となるか否か。
前年を振り返れば、いろいろやりすぎて、かえって全体でみると気合が低下した感がある。熱病と揺り戻しが激しすぎた。本年はリストラの年とし、やることを絞ったうえで、じっくり腰をすえて取り組みたい。
金がなくなったこともあって、年末年始は釣りをせず、走ってばかりいた。埼玉県入間にあるワイフの実家近くには、里山トレイルランニングにうってつけの場所の宝庫だった。財布の中の最後の2000円に手をつけることなく正月を乗り切ったが、さすがに今日、娘に1万円借りた。娘はお年玉をもらって、にわか成金である。
<37歳にやること>
木津川フルマラソン(京都)・・2月
掛川フルマラソン(静岡)・・4月
アイアンマン・ジャパン五島(長崎)・・6月
イトウを釣る
琵琶湖チャリ1周
日本列島の一番太いところ横断(チャリorラン)
フライのタイイング
<できればやりたいこと>
ウルトラマラソン100km
スーパーカブ購入
マウンテンバイク購入<リストラ項目>
トレーニング機材
GAAP
ロードレーサーのうち1機
鍛練初め、巻き初め
発達した低気圧のせいで一日雨。午前中は今年はじめてスポーツクラブへ。
スウィム3.8キロ72分(はじめてクロールだけでいっきに泳げた)。
エアロバイク17キロ30分(馬鹿らしくなって30分でやめた)。
ハムスターマシンにてラン6キロ25分(腹痛下痢のため中断)。
家に帰ってからは、フライフィッシングの毛鉤(けばり)を自分で巻いた。タイイングという。初タイイングである。
娘が意外に手芸マニアなので使えそうな材料をもらったり、家の中にあるゴミを物色して材料にした。ほんとうは鳥の羽とか、獣の毛を使うのだが、少しずつ買いそろえるとして、まずは身のまわりにあるもので巻く。
アイヤーンマン、漏洩疑惑のプールを泳ぐ
ルアー釣りのトレーニングに柿田川。
新しく巻いたフライを試したくて100尾釣り。さすがに80尾ぐらいからは食いが渋くなりペースががくんと落ちた。
めざすはシャープでソフトなアワセ。シャープとソフト。一見矛盾するふたつの要素を融合させるところが、おもしろい。
まだまだ反復練習が必要だ。フライ・ルアー合計118尾。
チャリはいちばん近くのフライ専門店を探しながら、ひさびさのサーベロで走った。フライショップの店主は親切で、高価なハックル(鳥の羽)をおすそわけしてくれた。チャリ21km。
プールまでの往復はワイフとランニング。京都木津川フルマラソンの夫婦参加まであと半月。ラン12km。
スウィミングは6月のアイヤーンマン五島長崎に照準を合わせて3.8kmイッキ泳ぎ。70分弱。フリースウィミングのコースが1本しかなく、すごく混んでいたのだが、2kmを越えたあたりで小学スクール生から漏洩したらしい下痢便が広範囲に拡散しはじめ、おかげでみんな逃げだした。これ幸い、ひとりコースを独占。
ひらひらした物体は、すごい拡散量で体にまとわりき、息継ぎの口もとに来ることもあって、かなりめげそうにもなったが、いざ本番でうんこが流れてきたからといって泳ぎをやめるか、と自らを叱咤しつつ3.8キロ満願成就。うんこにはペースアップの効果もあったようだ。
「やっぱ、うんこですよね?」
網で回収作業をやっていたスタッフに訊いたら、きっぱりと、
「わかめです!」
菜の花満開! 第1回家族駅伝
日曜日は行楽日和。
二宮町の吾妻山で菜の花が満開と新聞に出ていたので、ランニングの練習を兼ねて往復28キロを一家で駅伝することに。
家族駅伝とは、ひとりがランニングをし、残るふたりはチャリでサポートをしながら、中継ポイントごとにランナーを交替してタスキをつないでいく新しい試みである。
第一ランナーはワイフ。サポートチャリは俺と娘。先回りしてドリンクを買い、走ってきたワイフに渡す。その先では、ちゃんと娘が待っていて、ドリンクのゴミを受け取る。
第1中継ポイントは4km地点のコンビニ。ここでワイフと俺がランナー交替。
第2中継ポイントは6km地点。俺からワイフにランナー交替。
俺は短い距離をハイペースで走るインターバル走の練習。ワイフは耐久力をつけるための中距離ペース走。タスキをつないでいくので、つねに誰かが走っている状態だから、効率良く距離をかせげる。
あっけなく吾妻山に到着。山頂までは、けっこうきつい登山道。しかし山の頂にひろがった海と菜の花の景色は、湘南の早い春を思わせた。
帰路の途中で俺はプールに寄り、3.8キロ泳いだ。
そのあとは釣り具屋4件に寄り道しながらランニング。家に着いたときは、なぜか新しいスピニングリールを持っていた。

ドライへの目覚め。リバー・ランズ・スルー・イット
1月の週末。
フライフィッシング。ふとしたきっかけでドライにめざめた。ドライは巻くのも、投げるのも、釣るのも難しい。難しいものはまずは敬遠。しかし、開成ポンドでは、蛍光イエローのウキに食いつくマスが後を絶たず、ウキに針をつけたウキフライを巻いて使ってみたところ、スリリングでおもしろい。
キャスティングが少し上達したこともあり、フライラインが魔の手のように伸びて、狙ったポイントに毛鉤を落とす悦びもでてきた。マスが水面の虫を食べようとジャンプする姿を見つけると、そこにむかって魔の手を伸ばす。10m先、15m先に見えたマスを狙いどおり釣りあげるのは、見えない魚をウキでじっと待ち伏せするのとは、またちがった積極性がある。
ウキフライをちょっと進化させて、フローティングヤーンでもドライフライを巻いてみた。といっても、ただヤーンをフックにつけただけ。これでもスリリングな釣りができた。
次は購入もののちゃんとしたドライフライを使って釣った。
こうしてドライにはまりこみ、家に帰って、パラシュートとハックルつきの進化型ウキフライを巻いた。ウキ部分も、素材はフライフォームである。(写真)
ルアーフィッシング。巻きアワセと手首のスナップだけを使ったアワセの集中練習。少し感覚がつかめてきたが、まだまだ反復練習が必要。
ラインをフロロ4LBからPE6LBに変えてみたところ、ばっちり決まった。飛距離もあり、しなやかでいて感度がよく、ライントラブルもほとんどなかった。
マラソン。京都木津川フルマラソンの参加証が郵便で届いた。フライ専門ショップを見つけたので、家族でランニングで行った。(娘は自転車)
フライショップでは、ハックルとファーを買い、途中でプールにも寄って3.8kmを70分で泳ぎ、走って帰った。ラン22km。
夜はフライフィッシングの映画を見た。リバー・ランズ・スルー・イット。
カゲロウが舞う粉雪のように漂う川で、フライラインが飛沫を放ってループを解いて伸びていく映像に詩を感じた。ブラッド・ピット演じるフライマンもよかった。フライフィッシングは、人生そのものにはなりえないが、人生の動かざる軸となりえる。
フライアスロンの提言
バイアスロンがかっこいいと思った。
走って泳いで漕いで、それで釣りをする。3種目のタイムが早ければ、その分、釣りステージでいいポイントに先に入れるし、釣りの時間も多くとれる。足りない毛鉤があれば、自分で巻く。
最近気づいたのだが、俺はものすごく面倒くさがりである。
37年近くもそのことに気づかなかったのは、面倒くさいという定義が、世間様とややズレていたためである。
例えば、こうだ。
市井の主婦の言うところによれば、歩いて5分で行けるスーパーでも、面倒くさいからクルマで行くそうである。これが、おそらく世間の面倒くさいという言葉の使い方である。
これが俺は、クルマを出すのが面倒くさい、渋滞はとんでもなく面倒くさい、駐車場に停めるのはすごく苦手で面倒くさい、という微妙な面倒くさズレがあって、それならチャリで行こうということになるのである。
しかし、チャリに乗ると、雨が降ると面倒くさい、信号が面倒くさい、冬は寒くて面倒くさい、クルマに轢かれそうになって面倒くさい、となって、自分の足でランニングする方が気楽になってくる。これが最近はエスカレートして、片道10キロぐらいまでならチャリよりも足で走る方が面倒くさくない、50キロぐらいまでならクルマよりチャリの方が面倒くさくない、これがまただんだんとスパイラルしていき、行く末はフェリーに乗るのが面倒くさいといって青函海峡を泳いで渡るようになるのである。
なんといっても今は、釣り、である。
釣りに行くとき、もっとも面倒くさいのはクルマで行かねばならないこと。チャリで箱根越えて釣りをして、また箱根越えして帰ってくるという、鍛練指向にはこたえられない立地に居をかまえながら、なぜにわざわざクルマごときに乗らねばならないのかと自問自答するのだが、冬の釣りは滅法寒いので詮なし。
しかしこれも季節が解決してくれる。
夏になれば、フライロッドを突っ込んだマラニックバック(マラソン用に開発されたディパック)を背負い、水陸両用のトライアスロン用ウェアで山岳チャリ登坂、登山道ランニングを経て、渓流をクロールで遡上し、みごと源流の尺イワナを仕留めるわが姿をほくほくと夢想し、そうか、トライアスロンはまさに釣りのために存在するのだと気づき、2007年からはチャリ、ラン、スウィム関連と釣り全般をひとつにカテゴライズして「フライアスロン」と提言するに至ったわけである。
気づかないふり・・仮面家族のフルマラソン
深夜に京都にむけてファミリーカーで出発の予定。
京都では、土曜日はマス釣り、日曜は初フルマラソン大会。
状況は厳しい。
悪化していた風邪は午前をピークに薬が効いてきたのか、頭のぼんやりは晴れはじめた。薬を飲むと風邪をみとめることになるので、気づかないふりに徹しようと思っていたが負けた。風邪をみとめると、かぜん、弱気になる。
ここ1ヶ月ほど悩まされている両膝の痛みも、安静がきいて小康を保ってはいる。これもへたにさわったり動かしたりすると弱気になるので、気づかないふりに徹する。
そしてもう絶対に気づかないふり作戦が通用しなくなってしまったのが、とつぜんの腰痛。
寝返りも打てず、靴下もはけない。ここしばらく腰痛はなく、原因に思いあたるふしがない。風邪が遠因かと思ったが、どうやらフライキャスティングの練習のしすぎか。強風の中、腰の回転を意識してキャスティングをくり返していた。そういえば手首も痛い。
フルマラソン以前の問題として、そもそも大会会場の京都までたどり着けるのか?
同じくフル初出場予定のワイフも、この1週間というもの激務で始発行き終電帰りをくり返している。激務のピークは休み明けとのことだ。のど もとまで、土日は仕事をしたいという言葉が出そうなのが分かる。でも気づかないふり。彼女も膝痛に悩まされ、まともにロングの走り込みができていない。こ れも気づかないふり。
娘は3キロの部で出場予定だが、親たちが走っているあいだに、知らない土地でひとりでちゃんとできるだろうか? 留守番もできない子である。
「わたしもでるなんて聞いてないよ〜」
と抗議する娘だが、じつは申し込んだことを俺も忘れていて、参加通知書に名前があるのを見てびっくりした。気づかないふり。
今朝はこの冬いちばんの寒さ。東海道新幹線も雪で止まったそうだ。雪か。気づかないふり。
投宿先もまだ決まっていない。気づかないふり。
こうして市原家は、みながみなそれぞれに気づかないふりをかさねながら、京都へ。
金曜日夜、京都木津川のマラソン大会にむけてクルマで娘と出発。
ワイフは仕事が終わらないと言って、まだ都内。
西に向かうのに、いったん東京に寄る。オペラシティで彼女をピックアップしたのが深夜1時。
「ぽんおとーさん、体調は?」
「ヘレン・ケラー。腰痛、風邪、おまけに鼻炎っぽい」
午前7時、三重県の名阪国道。一度も目を覚ますことなく、ぐっすり眠っていたワイフと娘を起こす。
車窓には雪化粧の山々。
タイムスリップしたみたい、とワイフが感嘆していた。サービスエリアで娘は雪遊び。
忍者、伊賀の里で一般道におりて、マス釣り場をめざす。しかし峠をひとつ越えなければならない。チェーン規制にはばまれ、ようやくノーマルタイヤで越えられそうなルートに行きあたる。が、はじめての雪の峠。這うようにゆっくり進んだ。
南京都の湯船森林公園マス釣り場に着いたのは午前9時半。昼過ぎまで娘とマス釣りをするが、気温2度、水面に氷が張っていた。
寒さのせいか、魚は深いところに滞留していて、なかなか食わない。深層狙いと超ショートバイトをかけるコツをつかんでからは、ぼちぼちと釣れはじめて、ルアーとフライでどうにか20尾ほど。しかしながら塩焼きサイズより小さく、丸干しサイズ。
しかも寒くて元気がないのか、釣りあげるとき、ぴちゃぴちゃともいわない。20センチ級は「ぴちゃぴちゃ」、30センチ級だと「ばしゃばしゃ」、40センチ級で「ぼごぼごっ」。水音で釣り上げる魚の大きさが分かるものだが、無音というのははじめての体験だった。あえて言うなら、ぬぼー、か。ましなものでも、「ぴちゃぴちゃ」よりもっと、か細い「ぴちぴち」。
俺たちが入ったのはファミリーむけのライトエリア。本湖の方は大きいのがいるそうだが、難しいのでやめといた方がいいと言われた。
水がクリアーなので、深層で手もとにアタリの伝わらない超ショートバイトを実感できて勉強になった。
それにしても、南京都の山あいの清い水と空気は最高だ。ヒルクライムのチャリダーが多かった。
奈良の宿に着くと、熱がでていた。
夕食までのあいだ、平城京なんかを見物しようと散歩したのだが、平城京のあるはずの場所にはイトーヨーカドーがあった。たかだか散歩なのにクツズレをおこし、おまけに悪寒、腹痛。夕食からはあまり記憶がない。深夜、悪寒で目覚めた。口腔の砂漠。
朦朧とした浅い睡眠と覚醒をくり返す。夜が長い。
このままではマラソン大会はDNF(ドゥーノットフィニッシュ)どころかDNS(ドゥーノットスタート)の危機である。というよりマラソン以前の問題で、DNW(ドゥーノットウォーク)であり、へたをするとCNK(キャンノット帰る)、つまり家まで帰りつけないかもしれない。
午前6時、ワイフと娘が目を覚ました。
「DNSの危機」と書いた。
危機、というぐらいだから、読んだ人は「きっとなんだかんだいって、ちゃんとスタートして完走したんだろう」と予想されたことと思う。俺ももちろん、完走はともかく、スタートぐらいはして、でもなんだかんだいって、ぐだぐだ言いながら完走しちゃうんだろうな、ぐらいに思っていた。
大会当日の朝。目覚めて、お互いの顔を見るなり、指さして吹きだす家族。
みんな顔が壊れ。俺の顔はむくんで二重のまぶたが、ひさびさの一重に。(昨夏の珠洲トライアスロンのスタート前以来・・) 皮膚の下に毒素みなぎる。
朝食のときワイフが言った。
「言ってもやるんだろうけど、でも、やめる勇気っていうのも時には必要っていうよね」
「うん、それ、大会の参加要項にも書いてあった」
味噌汁をすする。沈黙。おそるおそる訊ねるワイフ。
「やめる勇気、わいてきた?」
「それについて考えていたんだけど、やめることに対して、じつはまったくもってやぶさかでない。ここまでやぶさかでないっちゅうのも、どうかと自省しているところ」
大会のスタート時刻。俺たち一家は、じつにやぶさかもなく、奈良公園で鹿とたわむれていた。
ワイフも娘も一家まるごとDNS(ドゥーノットスタート)。というより、会場にも行っていない。なんせ奈良公園だ。
娘の頭にはご当地グッズの鹿ツノのカチューシャがのっている。
そして、マラソン大会参加者たちが一生懸命走っているとき、われわれは伊勢湾岸高速のパーキングで、強風に翻弄されるスリリングな観覧車にうち興じていた。
昼間。・・なぜか一家のファミリーカーは三重県桑名の田園地帯を抜ける県道を走っている。鈴鹿山地の雪が美しい。ちょっと長野に似た景色だ。
クルマが止まったのは大安トラウトレイク。デンソーの工場隣の野池を借りて管理釣り場にした場所だ。デンソーの工場ができる前はアクセスする道路がなかったが、今は立派な道が池の横を通っている。
強風のなか、桟橋からフライマンが数人、投げを打っている。煙草を吸えないほどの風。この池の放流は週1回。平地の池だが水深があり、夏越えする猛者トラウトの強烈な引きと美しさが人気のハードな釣り場だ。数分眺めて、撤収した。
夕方。・・なぜか一家のファミリーカーは静岡市、安倍川沿いの県道を走っている。
葵区油山、畑のまんなかの小さな池で止まった。40m×20mの小さな池。カイサクフィッシングエリアであった。
夕方とあって、釣り人は思ったより少なかった。娘と竿を持って入る。ワイフは車中で映画鑑賞。2時間限定の釣り。
いきなり渋い。坊主の危機かと思ったが、ルアーを1時間やって、かろうじてイワシサイズが1尾。
フライマンもいるが、スレまくっているらしく、あまり釣れていないので、わざわざフライロッドを出す気にもならず。
関西での釣りのこともあって、もうイワシ以外は来ないだろうとタカをくくって、取り込み用のランディングネットはたたんだまま。確かに、釣れている人を見ても、イワシサイズ。
フライでなくルアーをやりたいと言った娘も3バイトあったというが、釣果には結びつかず集中力も限界。クルマにもどってていいよ、というと、今日はけっこう集中してたでしょ、と、うれしそう。二日間で彼女はけっきょく足もとバラし2尾で釣果はゼロ。釣れないとすぐ集中力が切れて空想の世界に浸りはじめるので、高い入漁料がもったいない。集中しないなら釣りはやらしてあげない、と言ってあった。
暗くなりはじめて場所を変えると、スティックでイワシ2尾。
真っ暗になってから、アタリが出はじめ合計8尾イワシ。
釣りが気になるのか、クルマにもどっていた娘がときどき見に来る。
俺のほかには釣り人は誰もいなくなり、ますます好調に。
「うわー、おとーさん、プロみたい!」
「わははは! ほれっキタっ」
「どうして急に釣れるようになったの?」
「人がいなくなったから」
誰もいないし、最後に投げながらぐるっと池をまわって帰ろうと言って、最後のルアーチェンジ。ふと、ワレットの奥に見覚えのない黄色いクランクルアー。つまみあげると娘が、
「あ、きのういっしょに買ったやつだ」
「すっかり忘れてた。せっかくだから、これ、やってみよう」
池に向かって投げてみるが、まっくらで何も見えない。足もとに来たかと思ってピックアップしようとしたら、鈍い重み。
ゴボッ!
ぐぐ、ぐぐっ、と絞り込まれるような引き。
あきらかに今までイワシとは違う。鈍い重い引き。ときどき闇に波紋を投げるゴボッという水音。
「ニジマスじゃないね、これ」と娘。
水音でそこまで分かるとは。しかし確かに違う。何の前知識もなく入った池だが、ニジマスしかいないかと思って侮っていた。
「まどかッ、ネットたのむ!」
「あいよっ。どこ?」
「ずっとあっちだ。置きっぱなしにしてきた。あっちの電燈の下」
「がんばってね」
それほどの強烈な引きではないので、切られることはないだろう。せいぜい40センチ級か。しかしニジマスの突っ走るようなヒキではない。鈍く、じわりと、しかし着実に糸を引き出されていく。ぜんぜん近寄ってこない。
「なんだぁ、こいつ!」
「ネット持ってきたよ」
「やべ、それ壊れてたな」
柄がはずれたまま、ネットと連結できなくなっていたが、娘は、
「だいじょうぶ。やってみる」
「おー、今度はなんかこっちに来たぞ〜」
ぐんぐん糸を巻く。引き寄せたのではなく、向うからこっちに突っ込んできた。
足もと近くに来たが、数回はやりとりが必要だろう、と思っていたら、柄のないネットで一発で娘が獲物を仕留めた。
「マジ、天才っ!!」
「おとーさん、これ、へんだよ」
ネットをのぞきこむと、確かに変だ。丸太みたいな銀色の魚。頭部の斑点。
「い、いとうぅぅぅーっ!!」
「い、いとうぅぅ??」
「い、いとうぅぅう!!」
「い、いとうぅうう??」
まるで学校の親友だった伊藤君が魚に成り果てて眼前に現れたかのように、ふたりで伊藤伊藤と叫びつづけた。釣るのはもちろん、まぢかで見るのだって、はじめてだ。
イトウ・・以前は北海道に生息する幻の巨大魚だったが、今は養殖技術の発達により、放流している管理釣り場も増えてきた。
この年の「やることリスト」中の最難関の課題、「イトウを釣ること」を、妙ないきさつながら、思いも寄らず達成。
小ぶりなイトウ。写真を撮る手がふるえた。
「おかーさんに報告してくるっ!」
娘が走っていった。
フルマラソンを失してイトウを得る。アイヤーンマン・イヤーの、DNSでラッキーなすべりだし。
解禁
3月1日、渓流解禁。
この日俺は、マラニックパック(マラソン専用ディパック)に、フライタックル、海パン、水中メガネ、トライアスロンパンツ、タオルを入れて、いざ解禁の歓びを味わわんと、ランニングで出立した。
渓流で海パン姿のフライ釣りをやろうというわけではなく、まず、海に。
海は別に解禁は関係ないのだが、せっかくの解禁日、何かせずにはいられなかった俺は、浜辺でひたすら針もつけずキャスティングの練習をした。数日前、新しく導入したインターミディエットのシューティングテーパーとモノフィラのランニングラインを組み合わせたシステムでの実釣で、キャスティングの失敗によって顔と手に1回ずつ針が刺さり、恐怖心に打ち克つ鍛練をする必要にせまられていた。
スウィム2.5キロ
チャリ16キロ
ラン12キロ
キャスティング1時間
第2回家族駅伝
第2回家族駅伝は松田山へ。
コースのほとんどは酒匂川沿いのサイクリングロード。
ワイフと俺とでランニングとチャリを交替しながら片道13キロを行軍。娘はルイガノで伴走。
途中、開成フォレストスプリングで釣りする人々を眺める。いつもクルマで行っている管理釣り場だが、サイクリングロード沿いにあって、チャリでのアクセスは抜群である。クルマなら50分〜1時間かかるが、チャリなら30分以内か。
開成フォレストからサイクリングロードを離脱し、松田町の小さな駅前市街地を抜けて松田山へ。テレビ、新聞で毎年取りあげられる春一番スポットだけあって、クルマは駐車場待ちの長い列。
昨年と同じく、ここは折りたたみチャリのトレンクルで登坂。猛烈な坂。クルマから声援を送ってくれる婦女子多し。
ふと後ろを見ると、娘がルイガノでぴったり貼りついている。
昨年はトレックのMTBで何度もネをあげていたのに、今年は努力もしていないわりには、自然成長があったようだ。おまけに、
「山をのぼるのって、おもしろいねえ」
なんて言っている。今度、石垣山にルイガノでチャレンジするとも言っていた。昨年は連れていくと嫌がっていたのに、少々驚いた。
頂上でワイフと合流し、娘が楽しみにしていたミニSLはすでに乗車券売り切れ。昨年につづき今年も乗れなかった。

松田山をダウンヒル中、あまりの急坂に前のめりでブレーキしていると、フロント荷重が過ぎてタイヤがバースト。とつぜんブレーキがきかなくなり、危うくスリップダウンを喫するところであった。(以前、走行中にイタリアン・オートバイのTESI1Dのフロントホイルをとめているナットがはずれて、まったくの制御不能になり、環七の真ん中で足でアスファルトに踏ん張って制止したときのことを思いだした)
あとはチャリをかついで下山。
トレンクル・チタンフォークモデルは軽量化のために純正で特殊チューブを装着しているため、通常のパンク修理器具が使えない。おまけにアカマツ社製のフロントハブに交換しないと、クイックリリースもつけることができない。
けっきょく、ワイフには電車で家までもどってもらい、クルマで迎えに来てもらった。合流するまで4キロ近く娘と交替でチャリを押したが、これはこれでかなり楽しかった。
こういう逆境にあるとき、家族全員が異常にハイテンションでお互いを褒め称えあうのは、まさにわが仮面家族の見せ所なのである。
しかしながら、トレンクルもちゃんと金をかけてクイックリリース仕様にしておかないと、いざというときに困る。
黒うどんな週末
早朝、娘とクルマで箱根越えし、柿田川のマス釣り場へ。
フライフィッシングでは着実に釣果をあげてきた娘だが、ルアーではまだ釣れたことがない。
こらえ性がないので、ルアーでは、なかなか難しい。この日は、子ども池でルアーでチャレンジ。

フライフィッシングでトラウトとのファイトは100回ぐらいは経験しているだけあって、ヒットしたあとのやりとりも落ち着いている。35センチぐらいの良型を無事ランディング。1時間で3尾釣りあげた。
家にもどり、昼食は釣ったばかりのニジマスとホーライマスとイワナ。
小さいのばかりを選んだつもりが案外でかく、グリルには入らず、三枚におろして焼いた。
食後は石垣山にチャリで出撃。今年、はじめて石垣山でチャリダーを見た。箱根に行く者はあまたあれど、石垣山は知られざるスポットなのか。
本日、箱根のゴールは雪道。対して石垣山のゴールは早桜が散りはじめている。彼が上までのぼりきるまでに3往復した。
このあと、娘とワイフも加えて家族駅伝ラン12キロ。
スウィム3キロ。
帰りに小田原「黒うどん」を食す。
破水願望
日曜日。
早朝からワイフと娘が東京に行ってしまったので、ひさびさに男の時間、ここはひとつ750cc(ナナハン)のモトチグレッタでどびゅーんと峠に行きたいところだが、手もとに肝心のモトチグレッタがない。あったとしても、雨である。
とういことで、朝早くから毛鉤(けばり)をまきまきしているわけである。
最近はウェットのハックルものが中心。というのも、過日、ついに覚悟を決めて高価な素材であるハックルを買った。釣り針にハックルを巻いていると、ワイフと娘がくれとせがむ。アクセサリーにするのだという。
娘はランドセル、ワイフはケータイにソフトハックルの毛鉤をつける姿を想像したところ、なかなかハードボイルドな女たちであるな、と思った。
日中は仕事をして、夕方からスウィムに行った。
ひさびさにウェットスーツを着て泳いだら1500mで腕が動かなくなった。平泳ぎを入れて筋肉をほぐし、なんとか2000mまで泳いだが限界。
ウェットスーツを脱ぐと体がずいぶん楽になって、あと1000m泳いだ。
ウェットスーツを脱ぐ瞬間、体熱であたたまった温水(おそらくそうとう汗がまじってしょっぱいはずだ)が、じょわわーっとウェットスーツからこぼれ出る。どういうわけか、この、じょわわーな感じが、もうぞくぞくするぐらい、すごおく好きである。おしっこを思いっきり漏らした感じがするからかもしれないが、そうすると、俺は潜在的におしっこ漏らしたい願望があるということになる。でも、正確に言うと、おしっこというより、破水、というイメージである。産みたい願望があるのかもしれない。
アイヤーンマン・トライアスロン・ジャパンの本番は、いっきに3800mをウェットスーツを着たまま泳がねばならない。じょわわーが楽しみである。あと3ヶ月。じょわわーの前に、こんな調子では完泳できぬかもしれない。
毛鉤など巻いている場合ではないのであった。しかし家にもどってから、また毛鉤まきまき。
ウェットな一日。
つくしづくし 〜第3回家族駅伝
家から8キロ離れた水辺公園に、ランニングとチャリをワイフと交替しながらの駅伝スタイルで行った。人は誰もいなかったが、静かに桜が咲いていた。
小川では小魚やサワガニが動きはじめていて、土手には土筆(つくし)がいっせいに芽吹いていた。
娘と夢中になって採った。持ち帰って、みんなで土筆のはかまを取って、さっと茹であげ、おひたしにして食べた。
昔日のホウレンソウのような味。ほろ苦さの中に野生の春。
走行21キロ。

トラブルで話題の飛行機を予約
3月の第4週から小学校の給食が終わりになり、昼に娘が帰ってくる。
それを聞いて、思わず、やったあー! とモロテを上げたら、妻がまじまじと両手を上げたままの俺の顔を見、それから真剣な表情で娘にむきなおって、
「まどかさあ。まどかのおとうさんは、ニッポンにたぶん5人ぐらいしかいない<給食ない、やったーおとうさん>なんだよ。おとなになっても、ちゃんと覚えておくんだよ」
半ドンの平日の夕方は、娘とふたりで釣りに行ったり、砂浜でフライキャスティングの練習をして過ごす。
そういえば航空機トラブルで、いま日本のお茶の間でもっともホットな旅客機ボンバルディア。2度目の前輪事故があった日、アイヤーンマンの会場となる長崎・五島列島への飛行機便を予約したら、機種がボンバルディアだった。ちなみに俺は飛行機にはぜったいに乗らない。妻子の航空券である。
室内駐輪立体化
マウンテンバイクがあらたにやってきて、チャリが8機になった。
部屋の中に置いておくには、かなり厳しくなってきた。チャリとチャリのあいだにふとんを敷く生活。
マウンテンバイクは室内飼いは似合わぬ。娘のトレックMTBと僕のルイガノMTBは外に放りだした。新車だが容赦なし。風でしょっちゅうひっくり返って、もう傷だらけ。マウンテンバイクはこれでよし。
残る6機のロードバイクとミニベロ。
ミニベロは売却予定だが、磨きこんだら愛着がわいて手放しがたくなった。雑念、捨て去るべし。しかし、娘が売るなと嘆願書を出してきた。顔で笑って心で泣きつつ売ると宣言したら、お別れの歌と詞を紙に書いて歌いだした。揺ら。
苦肉の作戦B。室内のチャリ設置方法を立体化した。
意外にインテリア性が高く、妻子にも好評である。
トピークのチャリスタンドは、一本のポールで最大4機まで格納できる。ポールの質感も悪くなく、堅牢性も高い。
これなら、2本で8機、3本で12機、4本で16機。うはは、ばんばんいけるではないか。
事態は好転しているのか、悪化しているのか?
ゴミの代表
尻から血が出た。
前夜、静岡の出張の帰りに小田原に立ち寄ってくれた友人と飲んだ。彼は痔の手術をしたばかりで、その快気祝い。ところが、ひさしぶりに人と酒を飲んでうかれてしまった俺は、場末のキャバレエで、女の前で、彼の尻を笑った。
「わたしの尻を笑ったな」と、医者から酒を止められていた彼は言った。しらふで。
尻を笑って尻に泣く。ひさびさの深酒がよくなかったのか、翌日は激しい嘔吐と下痢。尻から出血し、一日を棒に振った。
夜遅くに仕事から帰宅したワイフが前夜のことについて、おかしなことを言った。
そのときワイフはちょうど寝ようとしていたところだったが、電話のベルに起こされた。
受話器から「いま、かえりまーす」という機嫌のいい夫の声とともに、玄関ががちゃがちゃと開き、クツも脱がずに入ってきたのは夫そのひとだった。
土足で部屋に入ってきた夫にも彼女は動じることなく、きっと買ったばかりのオレンジ色のランニングシューズを見せたかったのだろうと思い、「新しいシューズ、いいねえ!」と指さした。
「そしたら、急に怒りだしたのよ」
怒りだした? 怒れるシチュエーションなのか? もちろん記憶にない。
「ぼくが人生について考えているときに、きみはクツの話か、って」
ぷりぷり怒りながらも、やっとクツを玄関に脱ぎに行ったかと思ったら、おもむろに笑顔をあげた夫はこう言った。
「ぼくはゴミの代表です」
思わず、ゴミ? と訊きなおすと、
「きみは、いままでそんなことも知らなかったのか?」
と、また怒りだし・・。
へええ、ぜんぜん覚えてないんだぁとワイフはにやにやして言った。
「で、けっきょくゴミの代表ってなんなの?」
「知らない。そんなの聞いたこともない」
「明るく宣言してたよ」
ゴミの代表・・オレンジのシューズで土足であがってきた男が、いきなり自分はゴミの代表だと言って怒りだす。なんという詩的な光景であろう。俺はひさびさに恩寵を感じ、さわやかな気持ちにさえ満たされたのだった。
それにしても。
「ほんとに、そう言ったの?」
「うん」
36歳をしめくくるにふさわしい美しい話に恵まれた。まだまだ捨てたものではない。
37歳、アイヤーンマンまであと3ヶ月を切る。つづく

