アイヤーンマン!

スイム3.8km、チャリ180km、ラン42km・・そりゃどう考えてもムリだろー!
ヘヴィスモーカー文士が耐久競技の頂点「アイアンマン・トライアスロン」をめざして突っ走るマッスル叙事詩。

アイアンマンの参加資格

夏から秋へと季節はめぐり、シーズンオフに、新たな鍛錬スタイルを確立した。それは釣りをしながらトライアスロン。
フルマラソンの距離も初めて達成。来シーズンにむけて、アイアンマン・ジャパンのエントリーもはじまる。

酔いつぶれデトックス

 珠洲トライアスロンのあと、ずっと体調不良。

 体力が回復しないまま、筑波8時間耐久チャリレース。チームとしては4回目の夏、俺が参加してからは3度目の夏。総合21位/300チーム。

 ついに念願のチームジャージがそろい、しかも5人×3チーム体制の充実。NKロケッツは企業の正式な部としても承認され、今後は実業団登録をめざしていくそうだ。さらに特筆すべきは、レディスチーム発足でワイフも初参戦。

 写真は若い男性チーム員に囲まれて、うれしそうなワイフ。

 レース後は、連夜飲み会つづきだったこともあって、完全に体がガタガタの状態。とどめは新宿での痛飲。

 ビール、焼酎ロック6杯、さあいい感じで2軒目でマティーニをひとくちすすったとたん、ぐらっときた。

 店の人につまみ出されるまで1時間近くトイレに籠城。

 つまみ出されたあとは、店の前の路上に仰臥。完全に動けない。

 いっしょにいた人に迷惑がかかるので、とりあえず通りかかったタクシーに乗った。ちょっと酔いが醒めたところで電車の駅にでも降ろしてもらうつもりだったが、やっちまった、目が覚めたら小田原。

 しかし、なんかタクシーに乗りこんですぐに値段交渉成立していたらしく、どもりの運転手は涙目になりながら2万円でいいと言う。メーターは3万を越えたところで打ち止めにされていた。気の毒だったので、全財産の2万5千円払った。

 翌朝、6時起床。

 なんかめちゃめちゃ爽快である。

 こんな爽快感は久しぶり。あまりに気分がよかったので、川の字に寝ているワイフと娘を交互につっついてみた。

 深酒の翌日に泳ぐとすこぶる好調だったり、激しい運動のあとの二日酔いが筋肉痛を抑える効果については、すでに仮説として打ち立てていたが、卒倒するぐらいに飲むと、肉体の長期疲労さえもブッ飛ばす解毒効果があるとは新発見である。

フルマラソンの距離を初達成(ランニング)

 泥酔二日酔いデトックスで体調カンペキ。

 8月31日。夏休み最後の日の思い出に、娘と平塚にむけて出発。

 彼女はチャリ(ルイガノ)、俺はランニング。

 月末は平塚の銀行に行く用事があり、前回も片道22キロをランニングで行った。帰りは電車。

 ただ、今日はランニングでの往復にチャレンジしてみた。

 小田原~平塚間は、ちょうど箱根駅伝の第六区にあたり、ゆるやかな上り坂と下り坂をくりかえすコース。

 10キロほど腹痛がきつかったものの、三度目なので往路は、それほど問題なく走りきった。

 いよいよ未体験ゾーンの復路。

 ペースは若干落ちたが、キロ5分20秒~6分ペースぐらいでLSD。

 この距離でも膝に故障的な痛みはなく、感謝すべきはAVONのグルコサミン。

 一歩一歩が自己最長記録更新中の喜び。それが背中を押す。

 しかし精神的には25~30キロ区間が異様に長く感じた。

 30キロを越えると、経験者の噂にたがわず、筋肉、間接が疲労で痛みだした。幸いにも心配していたクツズレはさほどでもない。そのかわり、パンツズレで太股の後ろが塩をすりこまれたように痛い。トランクスをはいてフルマラソンしてはいけない。が、30キロという山を越えたという安心感で、気持ちは軽い。

 しかしここで腹痛がピークに。大量の汗でドライフィットのシャツもずっしり重くなり、腹に吸いつく。前面は時速10キロでずっと風を受けつづけているので、放射冷却で腹部がオーバークールになる。おなかを触るとひやりと冷たい。ベテラン選手の中にはサランラップを腹の前面に貼りつけて対処する人もいるそうだが、俺にも必要そうだ。やむなく下痢ピットイン。

 35キロを越えると、足腰はガクガク。が、幸い故障的な痛みはない。パンツズレをのぞいて。

 このあたりからは気力だけでいける。いろんなところが麻痺して、かえってペースは上がる。

 信号で止まるのが何よりきつい。一度止まると、動きだしにひどく苦痛が伴う。

 ペースが上がると、また麻薬がまわって気持ちよくなる。

 海と山と夕日。

 往路でむしろへたばっていた娘のチャリのペースも、ここにきて上がっている。上り坂で立ち漕ぎなんかしている。あとで聞いたら、気分はツール・ド・フランス七連覇のランス・アームストロングだったそうだ。

 サイクルメーターの方が正確だったので、最後は娘にカウントをしてもらって、42.195キロ完遂。

 3時間38分(実走時間)。

 これとは別に、信号待ちと補給3回(下痢タイム含む)のロスが合計41分。

 家まで残り4キロほど残っていたので、歩いたり走ったりしながらクールダウン。最後の1キロは、娘のチャリに俺が乗り、彼女がランニング。寄り道して、スーパーで夕食の買い物をしたり、ヨーカドーで娘のパンツを買ったりしたので、家に帰ったのは午後8時前になっていた。

 総距離46.2キロ。

 フルマラソン完遂は、ほんとうに悲願だっただけに、ここ数年で一等うれしい強制的思い出づくりになった。

 これもすべて前日の泥酔卒倒のおかげである。はからずも深酒デトックス理論の華々しい立証となったわけである。

 しかしながら、今回はかなりの本数の煙草を走りながら吸っていた。煙草がなければ完走できたであろうかという疑問は残る。

 特に後半は煙草なしでは厳しいものがあった。

 通常の大会の規定では、煙草を吸ってはいけない、というものは見たことがないが、俺のような人間のために、煙草を正規の補給として認めてもらうことできないであろうか? エイドステーションの横に喫煙所などを設けていただけると、なにか堂々と補給をしている感じがして、ありがたいのだが。

珠洲トライアスロン大会受付会場にて

※グラフは腕時計型GPS測距のため、誤差があります。42.195キロの距離は地図とサイクルメーターを基準としました。グラフでは37キロ地点にあたります。左縦軸(青ライン)はキロあたりのペース(分)、右縦軸(緑ライン)はコースの標高です。

3800mイッキ泳ぎ

 泥酔デトックス理論の検証2日目。

 今日から夏休みも終わって娘は小学校。40日間にわたる娘のデイタイム完全子守りから解放され、やっとスウィミングプールに行けた。

 前日の初フルマラソンで、足腰がロボットのよう。が、泥酔デトックス効果か、体力の方はすこぶるブルルン。前晩も、泥酔デトックス効果を切らさないため、ふだんはやらない晩酌で万全を期す。

 足腰がガクガクなので、こういうときは足を使わない水泳がよかろうと入水。負荷の高いインターバルはやらず、だらだら泳ぎで3800mイッキ。

 3800mといえば、25mプールを76往復である。ぐるぐる連続して泳いでいたら、どうやら頭のおかしくなったサルと間違えられたのか、俺のコースだけ誰も入ってこようとはしなかった。

 おかげで74分間、誰にも邪魔されず泳げた。ありがとうございます。

 陸に上がると、いつのまにか足腰のギクシャクが、かなり軽減。

 人間のカラダって不思議だ。

 いざ、深酒デトックス臨床実験は、明日のチャリ部門へ。雨かな。

アイヤーンマンのシミュレーション

 火曜日・・泥酔で散華
 水曜日・・泥酔デトックス実験開始
 木曜日・・フルマラソン+α 46km
 金曜日・・スウィム 3800m
 土曜日・・家族で初の伊豆サイクリング 87km
 日曜日・・ソロ伊豆サイクリング 159km

 小田原移住2年目。1年間、箱根通いでじっくり基礎体力をつけてきた。

 いよいよ伊豆へのアタックを開始。

 オートバイでは何十回と通った道。

 チャリで走ると景色が違う。ただし、延々とつづくアップダウン、トンネルが多く、断崖の道、交通量の多さ、とチャリダーには苛酷。そのせいか、よく晴れた日曜だというのに、ロードレーサーとは誰とも会わなかった。

 スウィム3800とフルマラソン、そして今回、伊豆チャリ180kmをもって国内最高峰のアイヤーンマン・トライアスロンと同じ距離を経験してみるつもりでのぞんでいた。

 伊東から海岸を離れ、冷川峠を越えて修禅寺。ここで半分の90km地点。すでに標高差1200mを登坂。大幅な時間の遅れと、補給資金の不足。2000円の所持金のうち、ドリンクと食糧の補給ですでに1000円以上を使っていた。ここから狩野川沿いの平地コースで距離を稼ぎつつ省エネ走行。

 沼津から三島へ。体力と資金を温存しつつ、ここで120km。

 はじめての三島側からの箱根越え。ゆるやかな勾配だが、880mの高度差を14kmの延々とつづく上り坂。オートバイでは大好きなハイスピード・ワインディング。その10分の1以下の速度で、よれよれ上る。以前は覆面パトカーばかり気にしていたが、チャリで上っていると、頼むからスピード違反で捕えてくれと思うぐらい速度が出ない。

 芦ノ湖を経て、国道1号を下り、小田原に着いたのが午後5時ちょうど。159km。登坂高度は2200m弱に及んでいた。合計9時間。もう少し粘って180kmにしたかったが、ちょうど都内の仕事から妻子が帰ってきたので(この日は休日出勤)、タイムアウトとした。

 同日、佐渡島ではロングトライアスロンのアストロマンが開催されていた。競技中に亡くなった人が1名でたとニュースでやっていた。生半可な気持ちではのぞめない。

 今回俺が4日間かけてやった距離(スウィム3.8+チャリ180.2+ラン42.195)を、1日で、しかも制限時間15時間以内で完遂しなければ、アイヤーンマンの称号を得ることはできない。

秋の鍛錬

 ワイフと松戸時代のPTA友のつかさんと箱根チャリ攻略。ふたりとも初の箱根制覇。この笑顔。

 翌週末は横浜でツーデーウォーク。秋の気配を予感させる10月のさわやかな早朝。ワイフと娘と俺は横浜で、ツーデイマーチ30キロの部のスタートを待っていた。

 マーチというものに参加するのは初めてだったが、ランニングしながら、途中でうまいものを食ったり、絵を描いたりして一日を過ごそうという目論見である。

 いざスタートが切られると、壮年ウォーカーらの強靱な歩みに引きずられ、けっきょくタイムアタックの様相となってしまった。わきあいあいという雰囲気からはほど遠く、話しかけなどすれば怒られそうな雰囲気。(実際、チャリで参加した娘は歩道で立ち止まっていて、邪魔だと怒られていた)

 ウォーキングはウォーキングで、彼らもまたストイックなアスリートなのだと知った。

 慣れていない俺にとっては歩くより走る方が楽なので、ずっとランニング。だが、先頭集団のウォーキングと、あんまりペースが変わらない。走るのが何だか罪悪だか恥だかのように感じられるほど、徹底的に一定のペースを刻みながら黙々と歩むウォーカーたち。

 マーチのコースはじつに起伏に富み、歩道橋をいくつも越え、公園の中の石段をのぼり、土の道を進む。そのたびに娘のチャリを担ぐので、かなりハードである。

 長距離走ははじめてのワイフも、壮年ウォーカーたちの強さに圧倒されている模様。

 4時間強でなんとか30キロを完走(完歩?)。いい刺激になったようだ。

コスモス

 涼しくなってきた。

 箱根は平地より4度ほど気温が低く、チャリ登坂で汗だくになった体にとって10キロ延々とつづく下り坂は厳しく寒い。

 寒いの苦手なので、日々のチャリ練習場を箱根から石垣山にスウィッチ。

 家から2キロで起点。登坂2キロで標高200m。

 たっぷりの水色の筆で掃いたような空と海を背に、今年もコスモスがきれいに咲いていた。

 来期の小田原3シーズン目にむけて、長い冬の修練がはじまる。

釣りをしながら鍛錬するというスタイル

 静岡駅構内で、220キロで走行する新幹線へダイヴした31歳の会社員が死んだ朝、キャンプ用マットを持ったワイフは品川駅の手前で緊急停止した新幹線に一時間も閉じこめられていた。その日、だいじな会議の準備で、会社泊なのだと言っていた。

 おそらくワイフが都心の高層ビルで会議をしているころ、俺はロードレーサーのかっこうをして小田原漁港で煙草を吸いながら魚釣りをしていた。

 週末に富士スピードウェイでチャリ200キロ耐久レースがあるのだが、レーサーシューズのクリート(ペダルとシューズを固定するプラスチック製の部品)が摩耗して壊れてしまったので、急きょ交換。この1ヶ月以上のあいだ、左膝の痛みがとれず、クリートの角度を細かくセットしてやる必要があった。そこで、セッティングに使う4mmのアーレンキーと、なぜか釣り竿を持って走りだした。

 レーサーシューズをはいて海で釣りをするという経験は、おそらくほとんどの人は一生出会うことはないだろう。護岸からぶらぶら足を投げだして、小さなルアーやソフトベイトで壁ぎわを引いていると、小さなフグが追いかけてきて、興味深そうににらんでいた。

 手のひらほどのメジナもいたが反応なし。

 20センチほどの黒いヒレを持った群れが通りかかったので、セイゴ(スズキの子ども)か? と一瞬やる気がわき出たが、無反応。ボラだったのかもしれない。

 ちょっと大きめのカワハギも寄ってきた。が、あまり興味なさそうだった。通りかかっただけかもしれない。

 最後にぐんぐんに群れで追いかけてきたのが、きれいなメタリックブルーの小魚。昔、図鑑でよく見たコバルトスズメ? こんなところにいるのだろうか。小さなソフトベイトに最後まで興味津々の様子だった。が、やはり食いつくまでには至らず。

 30分ぐらいで竿をしまい、立てかけていたロードレーサーにまたがって帰った。

200キロ走れるもんですね~

 富士スピードウェイでチャリ200キロ耐久レースの前日は、家族で静岡県の一碧湖にくりだした。翌日にそなえ、足は休めつつ上体を鍛錬すべくボート漕ぎの釣り。9時間ものあいだ、ボート上にいた。

 家に帰っても、体が右に左にローリングしている。三半規管がおかしくなってしまったらしい。おまけにひどく腰が痛い。奴隷船より狭い手漕ぎボートに9時間、ほとんど姿勢を変えられず、ちぢこまるようにすわりっぱなしだったのだ。

 翌日、早朝から富士スピードウェイに。チャリ200キロ耐久レース。チームNKロケッツの宮さまと出走。

 アップダウンが厳しい一周4.5キロのF1コースを44周回で200キロ。制限時間7時間。例年の完走率は60パーセント台。リレーや100キロ耐久の人も含めて、およそ2000人がコースに出る。

 前座レースで娘も1周回のキッズレースに出走。スタート時、父親は美しい便所にこもっていて不在。

 午前9時スタート。

 制限時間の半分過ぎの時間に一回目のピットイン。そしてまた美しい便所にこもる。走りながら放尿するハードなレーサーもいるというのに、レース中にうんこに行くというのは、いかがなものか。しかし自然の摂理であるから従うのが正しい。煙草がうまい。

 この時点で半分以上の135キロ走っていたので、気分的にはラクだったが、ふたたび走りだすと、とにかく腰が痛い。前日、9時間もボートで釣りをしていたせいだ。

 走りながら腰をのばしたり、引っぱったり、ひねりを入れてみたり、ちょっと変態ちっくな動きだなあと思いつつペダルを漕いだ。

 185キロでまたピットイン、煙草タイム。

「ヤク切れ?」

 と、宮さまの奥さんに見つけられ失笑を買った。

 無料配布のお汁粉を食べ、たこ焼きを食べていたら、ワイフの厳しい視線。

「終わったんじゃないですよねー?」と宮さまの奥さん。

「終わりじゃないですよぅ。まだ走りますよぅ」

 ワイフの目がまじめに走りなさいと言っているので、故障している哀れな左膝をリカバリーさせる私の緻密な作戦であることを説明し、また煙草を吸う。ワイフはあきれてどこかに行ってしまった。

 カッコつけ中緻密な作戦通り、残り15キロは調子よく飛ばした。勢いあまって200キロ達成後も3周余計に走った。というか、どこでどうゴールしていいのか分からず、ぐるぐるまわっていただけである。

 宮さまは、なんと無補給・無ピットで制限時間を1時間ほど残して200キロを完走。ほとんどおかしい。異常である。

 昨年、同じコースで出走した100キロ耐久の方が、はるかにきつかったねとふたりで回想。あのときは、もう二度と出るかと思ったが、一年間でずいぶん走れるようになった。手の抜きかたを覚えたのと、補給をこまめに行なったのがよかったのだろう。案外、やれるもんである。しかし腰が痛い。

野池アスロン試験走行

 金曜日、秋の連休初日。

 宮ケ瀬湖方面から3つの峠を抜けて津久井湖、相模湖の近くを抜けて山梨までNKロケッツの面々とチャリ走。

 走行距離127キロ。登坂合計2427m。

 1週間で307キロ走ったことになる。

 夜の宴会と車中泊をはさみ、翌土曜日はワイフと娘といっしょに静岡県へ野池アスロンの試験走行。

 野池アスロンとは、事前に衛星写真と詳細地図でチェックした野池をコンピューター上でルートとしてつなぎ、ハンディGPSと釣具を持ってランニングで野池をめぐりながら釣りをするという翌年にむけての主力企画のテストである。

ラン中 土曜日は菊川・掛川の野池群を攻略し、ランニング14.5キロ。攻略野池8ポンド(※「ポンド」は重さではなく「池」のこと)。釣果ゼロ。

 車中泊ののち、日曜日は焼津および静岡市の野池群7ポンド攻略。ランニング15キロ。釣果ゼロ。

 静岡の野池は奥深い。

丹沢湖ラン&フィッシング

 トライアスロンの師である中川夫妻と、フィッシングの師である田中父子を迎えての豪華キャスト週末ラン&フィッシング合宿を行うことにした。そこで、前日にチャリのルート案のデータどりのため、単騎試走を行った。

 オルベアORCAにGPS装備、バックパックに釣り竿とルアー、そしてなぜか水泳用具を持って出立。

 以下、ポイントごとにレポート。

1、箱根旧道・・平日なのに紅葉狩りのハイカーおよびクルマ、バス比較的多し。といってもときどき通るぐらいだけどね。紅葉は昨年同時期と比べるとインパクトなし。まだなんだろうか?

2、芦ノ湖・・バスフィッシングのボート数艇。船外機とエレキを積んだ本格仕様の人が多い。岸よりに2艇、沖に2艇。おかっぱりは1名。しばし見ていたが、あまり釣れそうな気配なし。しかし、ここで釣りをすれば、最高の爽快感だろう。風が強くなければ。防寒具必要。

3、仙石原・・ススキが素晴らしい。開放感。ここははずせないなあ。

4、箱根裏街道(R138)・・今回のルートで紅葉はいちばんきれいだった。一ケ所、交通量のある、ちょっと長いトンネルあり。フラッシャー必須。

5、御殿場迂回の抜け道・・はじめて使った道だが、今回、イチバンよかった。ゴルフ場を抜け、のんびりと里山ライド。

6、足柄峠・・御殿場側からのヒルクライムははじめてだったが、けっこうきつかった。勾配は箱根旧街道なみといっていいが、ただし長さがないので、気合で乗り切れる範囲。峠頂上に茶屋あり。このあとは延々と緩い下りがつづくので距離をいっきに稼げる。

7、峠・・ほんとうに地名が「峠」なんです。最後の峠。交通量少なく、気持ちいい。坂はややきついが、長さはない。

8、震生湖・・本日は、なぜかへら師も少なかった。バサー1名。当方も30分ほど釣りしてみる。ちょっと釣れそうな気もしたけど、ショートバイトなのか根がかりなのか、よく分からないアタリ2回のみ。このあとは、海沿いの国道1号線までずーっとゆるい下り。もうゴールまで10キロだ。

9、鴨宮ダイドースポーツクラブ・・せっかくスウィミング用具を持ってきたので、1時間弱かけてゆっくり3000メートル泳ぎ、体をほぐす。汗がしょっぱい。温泉がわりにプール使うのはいけません。

10、小田原くもん・・娘から「くもん」にお迎えに来てコールが入り、最後の5キロはタイムアタック。トライアスロンパンツ(水泳もチャリも釣りも全部これ)にヘルメット・サングラス姿で教室に行ったのに、たまたま出てきた女の子は僕を見るなり、「まどかちゃーん、おとうさん!」。小学生のあいだで、まどかちゃんのお父さんはケイリン選手という噂があるらしいが、ほんとうか。ともあれ、無事、娘を確保。

<総括>
 距離:101km
 登坂高度:1995m
 所要時間(実走行時間):4時間33分

<コメント>
 交通量が少なく信号がない区間がほとんどなので、距離と登坂高度のわりには、無理な感じはない。出発時間を早めにとれば、ちょっとゆったり釣りをしても、じゅうぶん明るいうちに帰ってこれそうである。また、箱根越えで体力を使い果たした場合でも、ルート変更が容易。仙石原までがんばって、そこからまっすぐ小田原まで下り道というショートカットも可能。元気回復で震生湖まで行っても、往復でプラス40キロ程度。紅葉がやや不発なのが残念ですが、日曜日はぐっと気温が下がるらしいので、案外、ベストなタイミングになるかも。そしてなんといっても、ヒルクライマー垂涎の箱根旧道、足柄峠のダブル攻略の達成感は言葉には尽くしがたいでしょう。

 さて、ここまで準備をしていたのだが、合宿当日は悪天候が予報されていたこともあり、だれひとりチャリを持ってこずに、持ってきたのは釣り具だけ。なかばやけくそぎみに午前4時まで飲み明かし、酒抜き仮眠ののち、予定外の丹沢湖に出発。丹沢湖は関東有数のランカースポット。紅葉に染まった湖畔に到着後、ボート組とランニング組に別れて行動開始。

 強風のためボート組は厳しい戦いを強いられ、ランニング組は湖畔1周の起伏のある15.5キロコースに奮闘。

 

 2時間後、ボート組とランニング組は無事合流。ワイフは足から血を流しながら「やったあああ。完走だああ」と上気した顔が怖い。 釣り組の釣果は??

申し込みしてしまった・・

ラン中

 なんか勢いで申し込みをしてしまった。

 アイアンマン・ジャパン。

 11月1日エントリー開始で、41番でエントリー申請受理。しかしここから過去のトライアスロンの成績などで審査され、実際にエントリが認可されるのは2週間後。

 それにしても、エントリーフィー4万5千円は強烈だ。ワイフに出資してもらおう。


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【作者紹介】

スローライフ
 スピードスタイル。

市原千尋画像

市原 千尋
Chihiro Ichihara

1970年香川県生れ。小田原在住。37歳でアイアンマン・トライアスロン、38歳で100kmマラソン、40歳で東海道五十三次をランニング踏覇し、41歳の震災を経て、ふな釣りの道へ。

>>Biography