アイヤーンマン!

スイム3.8km、チャリ180km、ラン42km・・そりゃどう考えてもムリだろー!
ヘヴィスモーカー文士が耐久競技の頂点「アイアンマン・トライアスロン」をめざして突っ走るマッスル叙事詩。

小田原に移住

 チャリなら箱根、スイムなら御幸浜・・走ってよし、泳いでよしの小田原に移住せり。

 アイヤーンマン鍛練は、風光明媚の詩情を得る。

天下の嶮 箱根クライムアタック!

 ついに休日だ。小田原に来てはじめての休日。(先々週は引越、先週はレースで松戸に行っていた)
 午前6時。ORBEAオルカ号のペダルに片足をかけ、煙草を吸いながら国道1号に面したわが家の前で網を張る。箱根の旧街道を走るのははじめてだし、しかも自転車だ。慣れてそうなチャリダーが通ったら、くっついて行ってみようと思っていたが、20分、誰も通らない。なぜだ? 昨日まではあんなに通っていたのに! あきらめ単騎出走。
 4kmほどで旧街道入口。都心の金持ちの隠れ宿の雰囲気ただよう閑静な温泉旅館のつらなりを抜けて、猿沢橋から本格的な山岳コース。天狗神社を通過すると、長い長いマジで長い10%勾配がつづき、延々とスタンディングでペダルの奴隷。次の難所は七曲がり。七曲がりって言うのに、ぜんぜん七つじゃない。終わることなく眼前に現れるヘヤピンカーブを丹念に、いや、ただのろのろとクリアーしていく。頭が朦朧、足は棒棒。坂がゆるくなったと思ってシッティングにもどっても、メーターを見たら10%勾配を指している。YO、完全に感覚がおかしくなってるじゃんジャンキー。でも10%を39Tのデュラエースでシッティング。ふだんなら絶対に無理じゃんジャンキー。これやはりクライマーズハイ?
 走り屋のあいだで有名な峠の茶屋にやっと着いた。が、素通りした。芦ノ湖まで無着陸を達成したい。もう少しだろうとタカをくくっていたが、ぜんぜん上り坂が衰える気配はない。茶屋からたっぷり標高差150mは上っている。
 やっと国道1号との合流信号。無着陸達成のために信号無視した。これがいけなかった。何も考えず上り坂の方を選んでしまい、いつまで行っても芦ノ湖の看板が出てこない。おかしいと思っているうちに「国道1号最高標高地点」を通りすぎ、下り坂へ。もうここまで来ると間違っていようがまっすぐ進むしかねっす、速度50キロ越えてるしもう止まれない。そのまま下り切って、けっきょく家まで無着陸でもどってきてしまった。
 地図を見ると、直線距離で芦ノ湖の100mぐらい手前に肉薄していたのだが、交差点で下り坂を選ばなければならなかったのだ。朦朧とした意識の中、無意識で上り坂を選択するあたり、クライマーズマゾヒズムに罹患していたようだ。

    • 所要時間:1時間29分
    • 走行距離:37km
    • 登坂高度:768m
    • 最高速度:57km/h

二日連続箱根アタック

 昨晩はうちの隣の隣にあるスペイン料理屋に行った。
 小田原に引っ越したとき、横浜に50年近く住んでいる超食通、女通の社長であり友人のZ氏からメールがあり、小田原で最高の店といえばこことおしえてくれたのが、じつはうちの隣の隣だったのだ。ちなみに隣の隣の隣、つまりうちの隣には創業400年の定食屋がある。

 店のマスターは小田原生まれのスペイン育ち。スペイン語を話す小田原人。ワイフがイタリア語をまじえながら、店主といろいろ何をどう食うべきかについて入念な打ち合わせをしている。俺にはメニューがちんぷんかんぷんなので、ワイフにすべてを一任した。しかしイタリア語でいいのかと訊くと、
「スペイン語とイタリア語はおんなじようなもんだから」と、かかかと笑うワイフ。そんなものか。
 マスターの話では、日本で最初にスペイン料理を披瀝したのはこの店だとか。30年やっているという。ワイフが東京で有名なスペイン料理屋の名前を言うと、彼はかかかと笑い、
「スペインじゃ、食い物屋はぜんぶ厳格に格付けされててね、五本フォーク(ミシュランでいうところの五つ星みたいなもんらしい)が最高、これがいわゆるレストラント(不思議な発音で言うマスター。おそらくスペイン訛りなのだろう)、お客さんが言ってる店はオードブルしか出せない格ですよ」
 そして、かかかと笑う店主。ワイフも合わせて、かかか、と笑っている。
 俺はふたりに訊ねた。
「つまり、おでん屋みたいなもん?」
「そうそう、おでん屋で懐石料理だすとお客さん、怒るでしょ。スペインじゃそれが徹底して厳しいの」
「で、ここはレストラントなんだ」
 かかかとマスターは笑った。
 料理は文句なしに美味かった。スペインの料理は俺に合う。シンプルでさっぱりだ。ビールを飲んだあとに、ワインを注文。
「お客さん、三杯以上飲むなら一本とった方が得だよ」
「んじゃ、ボトルで」
 ぐびぐびっと一本開いちゃったので、おかわりを頼むと、マスターはカラビンを持ち上げて、ありゃ、と言った。

 自転車乗りの聖典との噂の『茄子アンダルシア』に出てくる茄子の酢づけがかねがね食ってみたかったので、訊いてみると、スペイン人はキュキュは食わないと言う。キュキュというのは茄子のことだ。
「でも映画じゃ、これがないとはじまらんと言ってたんだけど。アンダルシアの結婚式で」
「アンダルシアは田舎だから、まあ、そういうこともあるんでしょ」

 まっとうなスペイン人は嫌いでも、俺はやっぱりアンダルシアの茄子の酢づけを食ってみたかったが、マスターは邪道と決めつけている。考えてみれば俺はスペインのチャリに乗っているし、レーシングスーツもオレンジ一色のスペイン純正。レーシングスーツに印刷されているスペイン企業の名前を言ってみたが、マスターはどれも知らなかった。それに俺が自転車の話に振ろうとすると、微妙にはぐらかされる。

 じつは小田原市は競輪の収益で潤っているが、地元の人たちはあまり快く思っていないらしい。しかし競輪の収益がないと困るので表立っては異論を唱えないが、「自転車」という言葉がでると座がシラーっとなる。
 そういえば土曜日に都内に出勤したワイフが、電車に自転車を積んで来る人たちをたくさん見たという。てっきり小田原は自転車が盛んなのかと思っていたが、どうも多くは箱根をめざして外から来ているようだ。

 店が終わったあと、ワイフと娘といっしょに海に行った。台風が近づいているせいで波が高い。すわりこんで線香花火をやっていると、とつぜんでかい波に襲われ、ワイフと娘が水没。俺はなぜか両耳に線香花火をはさんでひとり逃げだしていて無事。のちに娘とワイフのあいだでは、俺の耳にはさまれた線香花火がなぜ落ちなかったのかが語り草となりやがて伝説となる。ほどなく、もうひとつの知らない家族もいっしょになって浜辺で波逃げボールゲームをやった。みんな全身ずぶ濡れ、青春家族ゲームである。海水浴場用の水道で、娘にパンツの中に入った砂を落とすように言ったら、横でワイフまでそうしていた。完全な酔っ払いである。
 一、二時間も遊んだだろうか、深夜12時に帰宅。

 五時起床で五時半、二日目の箱根に向けてORBEAオルカ号にて出立。今日こそ芦ノ湖を拝む。
 旧道箱根口のセブンイレブンから計測を開始し、途中、七曲り峠で四輪の走り屋集団のドリフトにもまれながらも熱い声援を受け、43分で峠の茶屋を通過。53分で芦ノ湖セブンイレブン着。
 帰途のダウンヒル、最高速度62.5キロを記録するも走り屋にブッチぎられた。下りの峠で、なんでチャリがクルマなんぞに負けるんやとムキになって、信号で追いつくごとに何度もアタックしたが、最後には「お遊びもオワリよん」とばかりにGTRにチョイ本気を出されて、あっという間に消されてしまった。

 どうもクルマを侮っていたが、突っ込みも、コーナリング速度も、もちろんストレートの加速も、すべてにおいて勝機を見いだすことはできなかった。家に帰ってタイヤを見ると、飛び散ったゴムかすがダマダマになってタイヤにへばりついていた。ちょうど250キロでモテギサーキットのダウンヒルで突っ込みブレーキをやったときのオートバイのフロントタイヤにできるダマダマを5分の1サイズにした感じだ。速度が5分の1だからサイズも5分の1か。こんな阿呆なことをやっていると、タイヤとブレーキパッドの消耗はそうとうなものになりそうだ。

 このあと、ドカティでもう一回箱根を往還してこようとしたが、カバーを開けてびっくり。先週の台風の影響か、ドカティのエンジン、クラッチカバーが白錆だらけ。タンク、カウルには白く塩が浮いている。海岸の家、号泣。
 クラッチカバーはバイク屋も卒倒する完全開放の穴開きなので、中のクラッチプレートやスプリングまで錆び錆び。泣きそうになりながら、というより泣きながらメンテナンス。クラッチカバーをふつうの密閉タイプに戻そうかと一瞬迷ったが、退廃的ロココの精神、このピカピカリンの田舎成金趣味の象徴たる穴開きクラッチカバーをやめるぐらいならドカティを降りた方がよい。腐食のあとがケロイドのように残るが、なんとか見れる姿になったドカティをだそうとして、ワイフに買ってもらったばかりのブーツがないことを発見。一度も使ってないのに、いくら探しても見つからない。引越前にはあったから、引越のどたばたで消えてしまったらしい。出走をあきらめ、家族とインプレッサで小田原市民がみんな買い物に行くという郊外の巨大ショッピングモール「ダイナシティ」に行った。ここにスポーツクラブがあったので無料体験入場し、1.8kmをイッキに泳いだ。しかし最後の最後で65歳ぐらいのクイックターンのおじいちゃんに優雅に抜かれた。
 熱い週末であった。
 しっかしドカティ、なんとかしないとね。

<チャリ>
●走行:39km
●登坂高度:820m
<スウィム>
●1.8km

鍛練ではなくメンテナンス

 台風で大荒れの一日だった。
 午前中仕事をしたあとスポーツクラブ通い二日目。スウィム1.5km。

 スポーツクラブはせこくてせちがらい健康オタク筋肉オタクがたくさん集結するので嫌いだったが、小田原の人たちはせこくもせちがらくもなくマナーもよくて驚いた。都会近郊のスポーツクラブには、どことなくギスギスした印象をもっていたが、あれは熾烈な安売り合戦も一因にあったんだろう。ここはなんとなく、ゆとりを感じるクラブである。みんな遊びに来ているような雰囲気で、せこい目標にむけて、せちがらくせっせこと鍛練するなんて馬鹿らしくなってくる。あんじょうよろしいなぁというロココな精神。ただしそこはロココ、安売りもしないから財布はかなりつらいが。
 小田原のロココな空気は、じつに今の俺の気分にしっくりくる。ここに来る前、プールでせこい喧嘩をしてから、めっきり鍛練というものが馬鹿らしくなっていたが、こうして無目標でうらうらと泳ぎ、走り、疲れたら歩いて、歩くのもいやになったら適当にうまそうな店に入ってビールを飲んで・・とやっていれば、じつに、よろしなぁ、である。
 つまり鍛練でなく、メンテナンス。目標が諸悪の根源で、目標があるから人はセコくなるのであって、目標でなく大志ぐらいならいいのだろうけど、年齢をかさねてくるとそれもなかなか難しいものがあり、ここはひとつ、目標を捨てて飲みに行こう、を標語に適当にメンテナンス。
 ところがです。無目的無目標にまかせて箱根を二日連続でチャリ登坂したり、頭のおかしくなったアロワナみたいに延々と短水路をぐるぐる往復して泳いだり、うらうらと小田原の淑女らとバドミントンに興じたり、そんなことをしているうちに、体中が筋肉痛にやられてしまい、イスから立つのにも、首をまわすのも億劫で、アクセルを踏んでいるだけでふくらはぎを攣(つ)るわのナサケない状況。おっかしいなぁ。今年は12時間耐久チャリレースで走っても、3km4km泳いでも筋肉痛などなかったのに。
 要するに、これまでやってきた鍛練というものは、狭い了見に縛られて、かえって人間の可能性とパワーのほんの一部分しか稼働させずに自己満悦に集束してしまっていたようである。しなやかで、必要なときに馬力がでるエンジンを得るためにも、日々、うらうらとメンテナンスしましょう。
 とはいっても、台風一過。
 またしても塩まみれになった窓ガラス、オートバイ、チャリらを、甘くせつなくメンテナンスしなければ。ごちごちの体の方はアロマヨーガでもやらせてみるとしよう。

15%勾配に敗北

 ワイフと娘を送りだしたあと、始業までのわずかな時間を使って、GAAP(ガープ)にまたがり東海道へと滑りだす。

 登坂が目的だが、人生は重荷を背負って遠き道のりの家康の言葉に従い、28-300mmデジタルカメラとナビゲーションシステムを装備して走った。

 当初は真鶴をめざしたが、途中、石橋山古戦場跡という古ぼけた看板の魅惑に誘われ、木々のトンネルのような勾配15%の細道をのぼる。27段変速とはいえ、装備重量20kg近い自転車をペダルを漕いで引っぱり上げるのはシッティングでは不可能。南東斜面を所狭しと埋めるみかん畑のあいだの細道を上りに上る。上っているうちに枝道の枝道に入り込み、みかん畑は消えて木々のトンネルの勾配15%がつづく。汗は滝、目はかすみ、朦朧(もうろう)とするが先は延々たる勾配。何度も挫折しそうになったが、そのたびに気合を入れ直し、やっぱり挫折しそうになり、気合を入れ、けっきょく挫折して足を着いた。
  すでに500m近くのぼっている。
 ナビゲーションはすでに道を見失い、役立たず。歩いて自転車を押して上る。やっと下り坂になったが勾配がきつすぎて怖い。ディスクブレーキがフェードしてきたのか、だんだんきかなくなってきたので、いったん調整、そしてまた下る。
 ところが工事中通行止めの看板で行く手を阻まれ、マジかよと思ってもどうしようもない。下りに下ってきた道を引き返すってことは、また上るわけですか。マジですか。こういうときはとりあえず思考停止、と、煙草を吸っていると、遠くで野犬の遠吠え。
 いやぁ、じつに森閑としとりますなぁなんて余裕なふりをしていると、だんだん犬の声が激しく近くなってくる。こりゃいかんと、煙草をくわえたままチャリに飛び乗り、登坂。時速5km。歩いた方が早いぞこれ。いざ野犬が迫ってきたら、反対向きになってカミカゼしかない。轢き殺す。ぜったい。チャンスは一回だけの片道燃料。小さいころから俺は犬が死ぬほど怖い。チワワも怖い。
 どうにか犬の声は小さくなり、やがて聞こえなくなった。ふう。と思ったら、急に足ががくがくになってきた。早く仕事にもどらねば、今日は平日である。携帯電話圏外。家に着いたのは11時前だった。

苛烈なる脳は、苛酷な肉体に宿る

 風邪が治らぬ。午前中はだるだるの体で仕事。だが、ここ数日で勃発した文学的感興のおかげで、ドーパミンは細い流れとなって湧出しているようで、レーシングエンジンはぼへぼへと黒煙をだして不安定ながらも、アイドリングしている。ぼぼぼ、ぼへ、ぼぼぼぼ。
 昼過ぎ、娘が学校から帰ってくるまで1時間10分。体調は依然よくなかったが、ORBEAオルカ号にSEMASのジャージを着て箱根に向けて出撃。走りだしてすぐに足の重さを感じた。心拍もすぐ上がる。あまり無理をしないようにペースを調節しながら箱根旧道の入口へ。
 計測開始、しょっぱなから立ち漕ぎ。かなり足が弱っている。今日はやれるとこまでやって、無理なら引き返せばいいやと投げやりに、やや速めのペースで登坂。七曲がり峠を通過するころには、もうぐへぐへのへぼへぼ。
 なんとか峠の茶屋に到着。38分。前回より5分も早い。
 計測違いか?

 中高生向きの大江健三郎本で久々にブレーカーがオンになった頭に、肉体から生成された気合汁が還流し、油を熱したフライパンにシャキシャキの野菜を放りこんだときのような爽快さ。
 だが茶屋で煙草を吸っていると咳が止まらなくなった。痰のからまった不健康きわまる咳のマシンガンに、茶屋の内外にいた観光客らが注目する。激登後の自転車と光る玉の汗の健康さに、不穏な咳と煙草の煙の不健康さが不協和音となって、観光客を釘づけにしたようだ。煙草吸うんだ〜という声も聞こえる。そう、吸うのだよ。ガンガンとね。

 帰途、下り坂でファミリーカー2台を抜かし、家に着くとブレーキパッドがほとんどなくなっていた。最高速度65.6km/h。高速洗浄されたみたいに脳がすっきり。しかし以前、気合療法で風邪を大幅にこじらせたことがあるし、だいじょうぶだろうか。おとなしく大江のつづきを読んでいると、娘が帰ってきた。ただいまぁ。
 おかえりちゃん。

矢羽根マットと物干し台

 室内のチャリンココーナーに、工事現場ふうの矢羽根マットを敷き、物干し台を使ってホイール待機スペースをつくった。あと2つはホイールを待機させられる。ということは、軽量な山岳用のホイールを新調してもよいということではないかとワイフに訊ねると、「クリスマスね」と言われた。
 5回目の箱根登坂。36分50秒で、前回よりも20秒落ち。前半でやや力を抜いて体力を蓄えておこうとした作戦が失敗。やはり山岳用ホイールがないせいだ。ワイフにもう一度訴えよう。俺は基本的にモノのせいにする男である。
 三連休最終日ということもあり、下りの国道1号線はチャリでもスリヌケできないほどの大渋滞。オーバーヒートしやすい体質なので、やむなくずっと対向車線側を走ってきた。レガシーと一回、バスと一回、正面衝突しかけ、巻き込みを食らいそうになったのも一回(ほとんど接触していた)。
 慣性力の強い平地用エアロホイールでのダウンヒルは危険である。やはり山岳用ホイールが必要だ。ワイフに訴えてみよう。俺は基本的にモノで解決しようとする男である。

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【作者紹介】

スローライフ
 スピードスタイル。

市原千尋画像

市原 千尋
Chihiro Ichihara

1970年香川県生れ。小田原在住。37歳でアイアンマン・トライアスロン、38歳で100kmマラソン、40歳で東海道五十三次をランニング踏覇し、41歳の震災を経て、ふな釣りの道へ。

>>Biography