小田原インプレッション 突き抜ける悦び
第二部 ODAWARAインプレッション

6週間  9/29

 いろんなオートバイに乗ってきた。歴代所蔵バイク目録には80機とある。あきれた数字だ。ただし俺はつまみ食いはしない。腰をすえて付き合う。だから見ようによっては少ない数だ。これが俺の知っているバイクのぜんぶなのだから

 雑誌のインプレッションの多くは、伊豆スカイラインなどの風光明媚な別天地(いまや地元となったが)にバイクを持ち込んで、ちょいと味見したものがほとんどだ。対して俺のインプレッションは、そいつを所有し、いれあげて、しつこく語る。
 兼業主夫になって一年がたつ。放縦放蕩なバトルツアー三昧の人生にいったん別れを告げ、ママごとじゃないモノホンのプロ主夫をめざして一年。それはそれでスリリングなエヴリデである。しかしながら、いまだ多くの時間を金を得るための仕事に費やしていることを恥ずかしく思う。はるかにヒモに劣る。家事だけで食っていくのがプロってものだ。やるからには、ヒモもマッツァオの第一次専業主夫をめざす。険しい道だ。
 性根まで生活エンスージアストになるのも無理はない。ちょうどオートバイを乗りかえるように、生活エンスーは住む土地、町を吟味する。そして選んだ町との関係をひとつひとつ構築し、同化していく。それは、はじめて乗るオートバイのブレーキやクラッチの感触を確かめ、試し、うししとにやけるのに似ている。町乗り、高速道路、峠道をこなし、新鮮なひとつひとつの癖を、うしし、うしし、とモノにしていく。こうして2000kmぐらい走るとひととおり同化が完了し、安定期に入る。しかしここからが、新車を次々と乗りかえる別荘族との大きな違いである。生活の本拠として、安定を得た関係に甘んじず、たえず土地との新たな異化を求めて細かなブラッシュアップと錬磨をつづけなければならない。それは生活のカスタマイズともいえるし、走りこみともいえる。
 小田原に移住して6週間。残すところ、あと3つの項目をもって初期同化が完了する。インプレッションを記すにいい時節である。

ODAWARAインプレッション1 土地と気候

 ワイフが言うには、小田原の気候は地中海に似ている。相模湾に臨み、西は真鶴(まなづる)、東には湾曲して三浦半島へと長い浜がつづいている。盛夏にやってきたが、日差しは強いが浜風がたえず吹いていて、むしろさわやかである。夜になると風向きが反対になり、山から海へと風が抜ける。けっきょく夏のあいだ、浜と城山にはさまれている土地がらか、エアコンは一度も使わなかった。
 海以外の方向は完全に山に囲まれている。西側は有名な箱根がそびえ、北は富士へとつづく山嶺、東は標高300mぐらいのゆるやかな丘陵である。これらにぐるりと囲まれた10km四方ほどの足柄平野をさらに分断して、酒匂川(さかわがわ)と早川に仕切られた平地が小田原である。
「フースイから見ても、すごいとこだね」
 最近、すっかり宗教家になった母親が東京から来訪したときに感心していた。当然である。豊臣秀吉の全国統一を最後まで阻んだ天下の名城、小田原城のお膝元。フースイなんて、もう徹底的に調べあげた上で築城しているはずだ。京都しかり、奈良しかり、鎌倉しかり。歴史に鍛え抜かれた町は地の気が強い。

天守閣と向かいあう寝室

 この1週間、7件の仕事を同時に進め、おまけに会社の決算月ということもあって、とにかくいつも追われている。朝刊が届いてから寝床につく日々。寝室は6畳のカーペット間。ここにふとんと寝袋をしいて二人が眠っている。俺はたいがい間に割り込んで眠る。フースイと同じで、両側を守られていないと落ち着いて眠れないのだ。
 娘が2歳ぐらいのときは、真ん中のポジションをめぐって壮絶な戦いなどあったものだが、たいがいは娘が泣きながら端っこに追いやられる結果になった。以来、真ん中は俺の定位置である。
 バルコニーつきのガラス戸からは小田原城天守閣が真正面に鎮座している。賃貸マンションの8階のこの部屋と、天守閣がだいたい同じ高さなので、狭い部屋だがなんとなく贅沢な感じがする。夜10時までは天守閣がライトアップされていて、灯のたえない東海道筋とあいまって幽玄な夜景となる。
 朝6時にはワイフと娘が起きだす。ふとんを片づけてしまうと、部屋にはワイフの小さな鏡台しかない。壁には、DUCATIとKawasakiの2本のレザースーツがかかっている。
 出すために前夜のうちにまとめたゴミ袋が玄関に置いてある

ODAWARAインプレッション2 ゴミ

 地方は概してそうであるが、小田原もゴミルールは厳しい。8種類の分別に最初は戸惑った。しかも松戸なら週2で回収してくれた不燃ゴミ類が、ものによっては月に1回、多いものでも、せいぜい月2回。大量に出るプラスチックトレーは皿やカップよりもきれいに洗ってから出す習慣がついた。そうしなければ匂いと虫でたいへんなことになる。
 生ゴミは週2回。45リットルの市指定袋を使い、名前を書く。やはり水切り、小袋に入れてしっかり口を閉めていかないと、夏場は悲惨なことになる。ルール違反のゴミは回収してくれないが、松戸のように残留ゴミが積み重なることはない。ちゃんと回収できない理由を紙に書いて貼っておいてくれる。
 牛乳パックを洗って開いて干したり、ペットボトルをキャップ、ラベル、本体にバラして分別するようになったのも小田原に来てからだ。モノを買うときに、真っ先にゴミのことを考えるようになった。処理が面倒くさいから買うのをやめたり、ゴミの出ない代替品で済ませたり。最初はたいへんだったが、じき慣れる。
 分別が細かいので、大型の分別ゴミ箱を買おうかと思ったが、これを捨てるときのことを考えると面倒くさくてやめた。
 集合住宅でもないかぎり集積スペースというものはなく、ゴミは無造作に路上、歩道の植え込みに置かれる。カラスよけのネットはないし、前夜から出す人も多い。確かに1ヶ月間、町中でカラスを見ていない。平和そのものである。人を襲うカラスだけでなく、大群のムクドリの糞害までもが深刻だった松戸は何だったんだろう。
 小田原はぎりぎりのところで近郊都市化の荒廃を免れている前線だということを感じる。しかし周囲では急速に高層マンションの建築が進み、駅ビルも整備された。近郊都市の道へ着々と歩んでいる。俺もまた移入組。新しい小田原の変化に異を唱える権利はない。カラスが人を襲うようになったら、小田原を去るときだろう。

酒匂川青少年サイクリングロード

 朝飯はコーンフレークで簡単に済ませ、風上の海側の部屋から箒(ほうき)で順ぐりに掃いていく。一日でホコリ、髪の毛がけっこう出るのに驚く。八時半、三機のPCを立ち上げ始業。
 午前中はこのままずっとデスクに向かっている。1時間に1回、海のひろがるバルコニーで煙草を吸う。最初のころは晴れて海が青いと気もそぞろになって仕事が手につかなかったが、最近はいい案配である。
 昼食はご飯をたいて卵をかけて食べるか、シラスで食べる。両方をかけるときもある。小田原はとにかくシラスが美味い。毎日食っても飽きない。
 食後は6km離れたスポーツクラブに自転車で泳ぎに行く。1.5kmから2kmを泳ぎ、もどってくるとちょうど1時間強である。アイヤーンマンはいたって効率がよい。雨のときはクルマで行く。こんなときぐらいしかクルマの運転の練習ができないので、雨は雨でよいが、時間は自転車よりも余計にかかる。
 今日は初期同化課程でやり残している3つの項目のうちのひとつを攻略することにした。

 じつは小田原に来てから、まだサイクリングロードを走っていない。江戸川の流れる松戸はサイクリングロード天国だった。河口から利根川合流地点まで全線50kmにわたって中断のない舗装サイクリングロードがあった。しかし山に囲まれている小田原では立地的に難しいしねとあきらめて、山岳登坂にうつつを抜かしていた。ところが先日、相模原に住んでいるいる友人から酒匂川沿いにサイクリングロードがあるらしいと聞いたので調べてみると、「酒匂川青少年サイクリングロード」という9kmの専用道路が地図にのっていた。
 青少年サイクリングロードといっても、中年排除規制とかしているわけではないだろう。しかし一応、青少年を見たら道を譲った方がいいのかなと思いながら、スウィミング用具を背中のバックパックに入れて、折畳み自転車GAAPで出立。
 入口が分からなかったので、適当に酒匂川の土手に出てみると、未舗装の道があった。折畳みながら前後サスペンション、ディスクブレーキ装備のGAAPはダートにも強く、探索にもってこいである。途中、酒匂川に流れ込む支川に阻まれて土手を離脱するも、夏には蛍が乱舞するという小川の水のきれいなこと。これが海からたかだか数キロ。山に囲まれた海の町ならではである。
 鮎釣りの太公望が点々と立つ酒匂川の清流に沿って彼岸花が赤く染め上げる土手。なだらかな丘陵を見ながら、ときどき松並木のあいだをくぐり抜けるのも、街道の情緒である。
 サイクリングロードの終点では、両側に山がせまり、酒匂川は早くも渓谷の顔をみせはじめている。時間があれば足柄峠にまで足をのばせる好ポイントだが、プールに行く途中の寄り道であることを思いだし、もと来た道をもどった。
 プールで1.5km泳いで帰ろうとしたら、競泳水着を着た女の人が、すごいわぁと声をかけてきた。3キロぐらい? いえ、1.5。
「いっきに泳いでましたよね? なんかやってるんですか?」
「いえ、なんとなく」
 帰りの自転車では国道1号線に出たところで、箱根に向かうらしきロードレーサー2機を発見。猛追し、くっついて走った。最後に時速44キロで抜き去り、逃げ込むように家にゴール。これから箱根登坂をするらしき2機は、あほなやっちゃという目でこっちを見て去った。
 全走行50.1km

ODAWARAインプレッション3 スポーツ環境

 スポーツクラブでナンバーワンは、鴨宮の巨大モールダイナシティ内にあるダイドースポーツクラブ。豊富なメニューと自由度の高さで突出。月額1万円。定額制なので徹底的に駆使する向きにはリーズナブルといえる。カラテ、アロマヨーガ、気功、太極拳、ヒップホップダンスのスクール、ジム、スウィミングスクールも使いたい放題。スタッフの質と量がきわめて充実しており、首都圏の過当競争で疲弊しきったスポーツクラブにはない手厚いケアに注目だ。
 フリースウィムは月額5000円程度が相場で複数ある。夏場限定だが、御幸浜の海水プールは長水路2本で1日250円。すいているので、じっくり泳ぎたい向きには絶好の鍛練場。また、砂浜の海水浴場も隣接しているので、波と戦って泳ぎたいアイヤーンな向きにも充実のポイントである。

 箱根へとつづく国道1号線は、平日からマラソン、自転車、オートバイがたえず通る。自転車ヒルクライマーの鍛練メッカともいえる箱根旧街道のほか、周辺には石垣山、南足柄広域農道、足柄峠と交通量の少ない好鍛練コースが点在。ただ市内の道路は狭く、歩道の整備が遅れているためサイクリングには難あり。

 大型オートバイには、箱根ターンパイクまで2km。箱根新道もそこそこよい。その先は伊豆スカイラインなどオートバイのユートピア。路面状況は今ひとつながら、こっそり激走したい向きには、南足柄広域農道全線10km、やまゆりライン全線10kmが好スポット。ただし案内人がいないと迷いやすい。

やまゆりライン 9/30

 サイクリングロードの開拓のミッションが遂行され、小田原との初期同化課程で残すところはあとふたつとなった。
 たった今届いた朝刊によれば天気も良好。このまま徹夜して残るミッションを手がけてしまおうか。国土地理院発行の2万5千分の1の小田原地図を広げると、攻略済みのマークでほぼ埋まっている。
 南足柄広域農道、ダイナシティ、シティモールクレッセ、ヤマダ電機、ドライバーズスタンド、早川漁港、ビーバートザン、ダイソー、小田原百貨店、石垣山一夜城、真鶴、コスモ石油(小田原にはコスモ石油が少ない)・・どれもこの地図を片手にわくわくしながら乗りこんだランドマークたちだ。
 地図の右の方に目を向ける。密度の高い西側1000m級の等高線と異なり、300m級のなだらかな丘陵地帯が広がる中で、誘いかけるような魅惑的なロードラインが身をよじるように中井町を抜けて秦野市へとつづいている。ターンパイクを小ぶりにしたようなクロソイドカーブ。日本中のせこい広域農道を走りまくってきたバトルツアラーの経験が囁く。三ツ星。
 もっとも期待していただけに足を踏み入れるのが遅れたのかもしれない。ラインを指でなぞっていくと、見るたびに胸を熱くさせる文字列にあたった。
 やまゆりライン。
 うっとりしていると、いつの間にか眠ってしまった。

 午前中は機銃掃射のようなメールと電話に襲われた。会社の期末日でもある。
 気晴らしにバルコニーに立った。くわえ煙草でふとんと寝袋を干す。9月なかばすぎから、海の色がエメラルドを溶かしたような淡い色あいになっている。海の表情は、ほんとうに毎日違う。色や輝き、波やうねりといった要素だけでなく、伊豆大島、真鶴半島、はるか遠方に見えたり隠れたりする奇妙な形の山や島の影、それを遮る靄(もや)や海霧といった脇役たちが多彩な役を演じわける。
 特に早朝の海の表情はワイフのお気に入りだ。午前中は太陽の角度のせいだろう、ダイヤをちりばめたように何千もの光輝が海原を眩惑する。そしてそれらは午後にはきれいに消えて、あとは溶け残った絵の具だまりのような群青がどこまでも広がっている。
 午前11時半前。スウィミング用具をバックパックに背負い、TZR50Rのエンジンを呼びさました。やまゆりラインに向けてレーシングサウンドを奏でてすべりだす。原付で10分もかからず、やまゆりラインの起点近辺に着いた。ナタでを振り下ろすようにクラッチをスパッスパッとミートさせギヤを2段落とし、右折待ちのトラックの右側から抜け出て県道交差点をパッパラパララーと駆けあがり、もうやまゆりラインは目前、と思ったら、道路端に停まっている白のゴールドウィング1500のおっちゃんが、こっちをすごい形相で見るや、手を大きく上下させて速度を落とせと合図。すぐ先でネズミ捕りをやっていた。
 あとで追いついてきたゴールドウィングに感謝の合図。
「あぶないとこだったねぇ」
 と、おっちゃん。いっしょに、やまゆりラインに入った。
 1500CCのオートバイと原付オートバイのコンビが進む。まさかこのおっちゃんも、助けてやった原付パインパインのアンちゃんが、ついぞ前年には、おっちゃんのより大きい1800ccのゴールドウィングでごりんごりんやっていたとは思いもよらないだろう。
 やまゆりラインは抜け道として使うクルマが多いらしく、大型車も含めて交通量は多めだが、路面とコーナーの感じはまずまずよい。二輪車ツーリングマップルでオススメルートになっている県道を組み合わせて探査済みの南足柄広域農道を連結させれば、小一時間の小田原周回サーキットができそうだ。連結部分をもう少しブラッシュアップする必要はあるが、いずれは平日の夕方からでも、レザースーツでチョロっとDUCATIで散歩できるルートが組み上がるだろう。TZR50Rで種まきし、DUCATIで刈り取る。農耕の喜びである。
 この日は少し探索が過ぎて、1.5kmのスウィムを終えて家にもどると2時になっていた。デスクワーク再開。

ODAWARAインプレッション4 交通事情

 小田原の交通事情をひとことで述べるなら、新興のメガマートに囲まれて、すっかりヒマになってしまった雑貨屋といったところか。
 俺自身、松戸に住んでいたころから何十回も通りかかっているのに、小田原はいつも素通り地帯だった。というのも、西湘バイパス、小田原厚木道路、東名高速と国道246という超級のバイパスルートらがほぼ並走する位置にあり、よほど意識して小田原に降り立とうと思わないかぎり、知らぬうちに通過してしまう構造になっている。周囲には、箱根、伊豆を筆頭に、ヤビツ峠、富士、丹沢といった華やかなスポットが多いこともあり、ますます小田原は通過されやすいポイントである。
 これが幸いしてか、地元人にとっての主要道である国道1号線が渋滞するところは今のところ見たことがない。箱根あたりだと、休日の国道1号線はチャリの這い出るすきまもないほどに渋滞するし、伊豆方面からの帰途ルートである国道135号もまた休日渋滞ルートだが、小田原から西湘バイパス、小田原厚木道路へとさばけてしまうので、市内には渋滞が及ぶことはない。
 ただ、小田原横断ルートがバイパスの競演であるのに比して、南北をつなぐルートは貧弱というしかない。国道255を中心に分かりにくい県道がいくつかあるだけで、交通量は多い。ただ、ちょっと遠まわり、というか、うねうねしすぎていて距離が長くなることをいとわなければ、西側の南足柄広域農道、東側のやまゆりラインといった広域農道を使えば気持ちよく抜けられる。距離や時間よりも胸のすくような歓喜を求めるオートバイ乗りおよびチャリダーには、うってつけのルートである。
 なお、TZR50Rで探索活動をしているときに、たまたま、お宝ルートを発見した。単に舗装林道を思いつきで走っていただけなのだが、地図にもナビにものっていない道のわりには、やけに抜け道顔の地元車が多く通る。何度か踏査と、地図上の突き合わせを行なった結果、これが国道1号箱根渋滞区間の抜け道(箱根裏街道のさらに裏を通っている)になっていることを発見した。久野林道という。これさえあれば伊豆・箱根の帰りも怖くない。ただし、この道が意味を持つのは小田原市民だけだろう。抜け出る場所が、かなりマニアックな小田原市街地なので、遠来のドライバーやライダーには意味がない。さっさとバイパスルートを使った方が早いに決まっているからである。

 鉄道に目を向けると、これだけのイナカなのに新幹線が止まる。僥倖である。平塚の方がよほどビッグなのに。
 また、ここは新宿と並ぶ小田急の本拠地(小田急というぐらいだから、小田原急行ってことだと勝手に思ってます)。JR東海道線も、東京発の列車もたいていは小田原までは一本でいく。「小田原行」というのをよく見る。
 何が言いたいかというと、わりと便利だよということだけじゃなくて、俺のような節度のない酒徒にとって、終電で寝過ごす心配が少ないというのは、かなりだいじなことなのだ。車内で目が覚める。もぬけの殻の車内のいやな雰囲気。ホームの向うの闇が濃い。あぁ、またやっちまったかというけだるさと、やるせなさ。俺はどこまで馬鹿なんだと思いつつ、ホームに降り立つ。蛍光灯に白く浮かび上がった駅名を、なかば投げやりに見ると、小田原。嗚呼、小田原。アポロ13号生還せり、の心境だ。神の慈悲に跪(ひざまず)く。神様、俺はもう二度と馬鹿酒を飲みません。

まご茶漬け

 午後のワークをしていると娘が小学校から帰ってきた。
 公文塾まで送り、彼女が勉強をしているあいだ、マラソンで漁港と小田原百貨店(食品スーパーである)で買い物をすませた。今晩の夕食はまぐろのまご茶漬け。小田原はとにかくマグロとアジとキンメとシラスが安い。安いということは旨い。最近は、娘が料理を積極的に手伝うようになった。しかし今日はあまりに時間がなく、まご茶漬けと味噌汁。包丁を使いたくてしかたがない娘は不平を言う。米は今日から新米。調理場には、全国、いや世界各地で選び抜いた調味料がならぶ。だし醤油は創味。ただし味噌汁では、だしの素は使わない。四国仕込みの、いりこダシ。味噌はゴールドウィングで昨年買い付けに行った鹿沼味噌。わかめは銘柄指定の徳島産。バトルツアーの成果の集成である。
 料理に関して俺は、素材8割、タイミング2割という信条を持っている。料理の腕はこの2つに尽きる。センスとか何とか料理に必要と言われる技術は、この2つのために費やされるためにある。

ODAWARAインプレッション5 消費生活

 小田原駅前に百貨店、大型スーパーが林立し、郊外にはロビンソン百貨店、イトーヨーカドーを中心としたモール「ダイナシティ」。このすぐ近くにもうひとつのショッピングモール「シティモールクレスト」があり、一般向けの小田原食品市場が道をはさんで向かいにある。不足を感じるのは、充実した熱帯魚屋がないぐらいか。よく探せばあるのかもしれない。
 スーパーマーケットでは、小田原百貨店(スーパー)、ヤオマサといったチェーン店で地元の食材が手に入る。食材に関しては全体的に松戸よりも物価が高い。以前の食費の1.5倍ぐらいになった。しかし新鮮で美味いものが多いので、料理と食事が楽しみが増えたのも事実である。
 飲食店は異常に多い。しかも老舗やそれに準じるレベルの店が多いのは旧来の街道筋という土地柄だろう。行ってみたい店をまわっていくだけで1年はかかりそうだ。

終電が遅れる

 ワイフからメエルがあり、帰りは終電になりそうだとのことだった。新幹線の終電だと11時過ぎぐらいに小田原着だが、東海道線だと1時30分着というのがある。もしかしたら新幹線は無理かも、と書いてあった。
 彼女の仕事が遅いときは、たいがい駅までクルマで迎えに行く。これも主夫の務めである。同じ務めをもつ主婦たちのクルマでロータリーはいっぱいになる。この日、どうにか新幹線終電に間に合ったワイフだったが、山手線の人身事故の影響で大幅に遅れたので、小田原に着いたときは零時をまわっていた。

ODAWARAインプレッション6 通勤

 都内への通勤は悪くない。東京駅方面へは新幹線と東海道線、新宿駅方面には小田急線がある。新幹線だと37分、東海道線と小田急ロマンスカーはだいたい同じ時間で1時間半。通勤時間帯は新幹線は10分に1本、通常時間帯で30分に1本で不便は感じない。JRで乗車券は東京まで1500円ぐらい。新幹線だと自由席特急券とあわせて3000円強。定期だと1ヶ月7万円程度。
 通勤費が高額であるが、都内へ新幹線通勤をする移入者に対しては市から補助金がでるほか、駅前の駐車場を格安で利用できる。ワイフによると、行きも帰りも自由席で100%すわれるし、駅までの通勤路もお堀端のきれいなペイヴメントで、通勤ストレスは皆無だという。

富士スピードウェイでチャリ100kmマラソン 10/1

 午前3時半まで仕事をして就寝。
 5時半、携帯電話で目が覚めた。
「いまどこですか?」
「あわわ寝坊でし。ごめんなし」
 ワイフと娘を叩き起こし、インプレッサ1.5にORBEAオルカを積み込み富士スピードウェイにむけて出発。この日、サーキットを22周する自転車100kmマラソンにNKロケッツのメンバーといっしょに出場することになっていて、その試走が午前6時からだった。

 下道で35km程度。7時前に富士スピードウェイ着。
 F1規格にリニューアルされたばかりの壮大なサーキットでの自転車レース。試走してみると、前半は長い下りで、ペダルを漕がなくても60km/h近くでる。その分、後半は勾配8%の厳しい上り坂。同じ試走で走る人たちの脚力も機材も半端じゃなくレベルが高い。
「なんか、みんなのゼッケン、ぼくらのとちゃいませんか」
「タテとヨコと、ふたつついてるし」
 俺たちのゼッケンはひとつだ。
「ゼッケンにスポンサーの名前入ってる」
 俺たちのゼッケンには「フレンドシップ・サイクリング」とある。
「フレンドシップとも書いてないし。フレンドじゃないんでしょか」
 フレンドではなかった。彼らは実業団。そもそも11時スタートのレースで試走が午前6時からというのがおかしいと思っていたが、この日は実業団のレースが併催されていて、彼らの試走に混じってもいいですよ、という意味だったのだ。

 実業団のレース、全日本ユースレースとが行なわれ、そのあとにわれわれのフレンドシップな100kmマラソンがスタート。300台以上の自転車がひしめく。危険防止のため、競輪のように先導車がついてのローリングスタート。先導車から白いフラッグが振られたときにスタートとなるが、いつ旗が振られるかは分からない。およそ2kmを時速35km/h前後でじりじり走る。下りが終わり、いよいよ上りにさしかかろうという直角コーナーで、スタート前だというのにいきなり多重クラッシュ。俺の隣のやつが巻き込まれたが、ぎりぎり回避。もう超ラッキーと、どきどきしていると、白旗が振られているではないか。このタイミングで振るから、てっきりスタートやり直しの合図かと思っていたら、周りがどんどん加速。マジですかマジですかと坂を上る。先頭集団を維持して2周目に。

 5周目にさしかかるメインストレート、前が開けた。知らないうちに押し出されて先頭に立った。2秒後、抜かれた。

 30.2km地点まで先頭集団に食いついていたのだが、ここがヘヴィスモーカーの悲しみ、坂をのぼりきりメインストレートに入った途端、ふくらはぎ硬直。スポーツ選手ふうにいえば肉離れだが、スモーカーの本音でいうところでは、
「いてててー。あし、つったー」
 と、1kmのロングストレートをまったく漕ぐことができないまま慣性だけで走行。ほとんど止まりそうな速度で痛みに耐える。しかもピット入口は過ぎたばかり。オフィシャルに頼んで、何が何でもとりあえずピットに入れさせてもらおうと思ったが、下り坂になってしまい、やむなく惰性で走りつづけた。
 そのまま何とかだましだまし走り、徐々に足の調子ももどってきた。
 しかし今度は70kmを経過したところで猛烈な空腹。補給食を入れるべきポケットには煙草とウィダーインゼリーがひとつ。しかもスタート前に半分飲んじゃってる。しぼりだすように残り半分を胃に流し込むが焼け石に水。
 残り2周のところで、恐れていたハンガーノック。もう動けない。気力だけ、というが、動かないものは動かない。残りのスポーツドリンクをすべて胃に入れる。甘味が腹にしみて美味い。
 食いたい食いたい食いたいを連発しながら、頭のなかは食べることだけで、あと2周、とにかく2周で食えると力走。人生でここまで食い物を切望したのははじめての経験だ。
 最後のストレート。おとーしゃーん、がんばれーと娘の声援に、スタンディングでスパート・・するも、いち、に、三回こいでおわり、あとは惰性でゴールラインを抜けた。
 ああやっと食える、やっと、やっと。と思って、よろよろとピットから駐車場に行くが、誰もいない。む、無料配布のチョコバナナがあったはずだと、ヨロヨロと大会本部テントに行くと、あったはずのチョコバナナのテントがない。
「あ、あの・・チョコばな」
「ごめんね。終わったよ」
 駐車場にもどった。クルマの鍵は閉まっている。金もない。タイヤによりかかってポケットを探ると煙草がでてきた。一服すると、そのまま気を失なった。
 おとーしゃん、おとーしゃん。暗闇の遠くから声がする。ああ戻らねば、娘が呼んでいる、と目を開けた。
「食い物。とにかく食い物・・」
 大会が終ったあとで、NKロケッツ女子部キャプテンのみみちゃんに言われた。
「マドカちゃんの声がすると、どこにいても、ぜったい反応するんだよね」
 どんな状況、どんなに多くの声のなかでも、娘の声に忠実に反応して加速する父の条件反射に驚いていた様子だった。

小田原農道探索の面目躍如 9時間経過

 100kmマラソンのあとは、この日の最大の耐久レースとなることが予想される「小田原ナイト・アルコール耐久」に向け、NKロケッツのチーム6名が3台のクルマで富士スピードウェイをあとにした。
 休日ということもあり、国道246号は交通量が多く、この先の渋滞が予想される。すかさず右折。ここからは原チャリTZR50Rによる探索の成果である南足柄広域農道。ほとんど他車に会うこともなく、ひたすらワインディングロードを進む。ここをはじめて走るワイフは大喜び。嬉々として右に左にハンドルをまわす。
「富士スピードウェイと勘違いしてるんじゃないかと思いましたよ」
 いっしょに走ったNKロケッツキャプテンが、あとでそう言っていた。
「後ろから見てて、ぜんぜんブレーキ踏まないんだもん」
「横で、ブレーキ踏むなぁって言う人がいるから」とワイフ。
「イチハラさん、寝てなかったんですか?」
「らんらんとしてましたよ、このひと」
 らんらんとしていた俺はほんとは運転を変わってもらいたかったのだが、彼女があまりに楽しそうだったので言いそびれてしまったのだ。そのかわり、鬱憤(うっぷん)を罵声に変えて飛ばした。ブレーキ踏むなぁ〜踏むのはアクセル、踏んだままツッこむんじゃぁ。トランクに積んだ自転車ががっこがっこいっている。ぼこぼこである。娘はぐっすり眠っている。小学2年生の女の子ではあるが、クルマ酔いは無縁である。北海道バトルツアーで鍛えられたのだ。(俺は今でもクルマ酔いする)

小田原ナイト探索の面目躍如 11時間経過

 家に着くと日暮れ間近だった。急いで3人分の自転車ジャージを洗濯し、海側のバルコニーに干す。
 そして本日の耐久第二部の小田原ナイトへくりだした。男3人、女2人、女児1人の6人で、ぜんぜんおしゃれじゃない「おしゃれ横丁」にある海鮮居酒屋へ。
 たまたま隣の席に、東京から輪行で小田原を経由し箱根越えをしてきた3人のチャリダーがいて、自転車談義に花が咲いた。箱根駅伝のランナーと自転車とどっちが速いかの話題になり、彼らは2時間半かけて芦ノ湖まで上ったという。駅伝が50分ぐらいだったから、やはりマラソンの方が速いようだ。
「でも下りなら負けませんよね」
「んだんだ」
 駅伝のルートとは違うが、旧街道の方はどうかと訊ねると、勾配がきついから上ったことはないそうだ。どのくらいで上るのかと訊かれ、43分と答えると驚いていた。(酔っぱらって間違ったタイムを言っていた。箱根湯本〜芦ノ湖では46分が正しい)
「でも、気合入った人には、ばびゅーんってブッちぎられちゃいますよ」
 今日の富士スピードウェイで、後半、さんざん実業団にブッちぎられたのを思いだしながら言った。結局、トップには3周か4周かラップされた。大差である。今日の酒は苦くてじつに身にしみる。酒の肴は辛酸にかぎる。

 宴もタケナワで6時間経過。もはやどのぐらい飲んだか覚えていない。
 二次会は本町へ移動。駅前は序の口。たかだか100年ぐらいの歴史。駅から10分ぐらい離れているが、ここ本町の飲み屋街である宮通りは戦国時代からの由緒正しい盛り場である。しかし酔っ払いすぎたのか、探索の成果を思い出せない。裏通りの裏、そのさらに裏の猫道みたいな路地を抜けたところにある店の場所が思いだせない。娘とワイフは離脱し、家で待機し後方支援にまわり、残る4名はばらばらに別れてマラソンで店を探す。
 この店、ここ数日はスーパーに行くついでに毎日娘と場所を確認していたはずだった。しかし酔っぱらうと、まったく分からない。狭い一角なので、あっちの通りで宮さまが走っているのを見たと思ったら、こんどはこっちの通りで走っているのを見たり、夜の繁華街で俺たち何をやってるんだ??
「しっかし、ほんと、みんなノリがいいなぁ」
 と、ぜえぜえ息を切らせながら感嘆の声をあげると、NKロケッツキャプテンの奥方であり、トライアスリートでもある、みみちゃんが毅然と言い放った。
「わが家では、誘われた飲み会は断らないという家訓があるんです」

 どうにか目的の店を見つけたが、すでに暖簾はしまわれていた。宮通りの店じまいは早い。近くに一軒、暖簾のでている居酒屋を見つけて突撃。あらためてビールの乾杯からやり直した。しかしここで思わぬ番狂わせが発生。アルコール耐久の部で第1シードの宮さまが、まさかの眠りこけリタイア。みみちゃんに連れられ、うちに回収された。
 残ったキャプテンと俺は三次会のナイトパブに向かった。さすが誘われた飲み会は断らない家訓。しかしこの時点で午前2時半をまわり、フィリッピンパブ「マリポーザ」は閉店。オープン記念2000円の看板に誘われ、新規の店で歌を歌いまくり、女の子に触りまくって午前4時。
「アフターなんて、どうお?」
「このあとミーティングなんですぅ」
「ありゃま。んじゃ、キャプテン、うちらもそろそろ出立しますか」
 うなずくキャプテン。さすが断らぬ家訓を持つ九州の男である。
「え〜、どっか行くのぉ?」
「仙石原にススキなぞ観賞しに」
「酔っぱらってんじゃーん」
「あいや、チャリだし」
 冷静に考えれば、同じ飲酒運転、クルマの方が安全だったかもしれない。

ODAWARAインプレッション7 ナイトライフ

 2回しか俳諧していないが、小田原ナイトというなら駅周辺ではなく、歴史ある盛り場「宮通り」に行くべきだ。日本、フィリピン、韓国が多く、意外なことに中国系はあまり見ない。さびれた場末感が夜風に心地よい。フィリピンなら4000円から、日本は5000円、韓国は1万円ぐらい。韓国は高いし、顔が通じないので地元の飲み屋のマスターでさえ行かないという。健全なスナックが多いようで、ここではフーゾクは見かけない。呼び込みもほとんどない分、はじめて行くときはかえって入りにくいかもしれない。総じて閉店時間が早く、クルマで乗りつける地元民が多い。コアな世界は、やはり地元に根をはらないと難しい。ほぼ常連で固まっていて、他所者は歌を歌っても相手にされず、やや寂しい。

耐久クライマックスにむけ、箱根へ 22時間経過

 パブで歌いすぎて、がらがらの声。飲みはじめてから9時間半、レースに出発してからだとすでに22時間が経過していた。しかし本戦はここからなのである。
 うちで半乾きのジャージに着替え、チャリを国道1号線に据えた。
「んじゃ行きますか」
 キャプテンとふたり、夜の東海道を西に進む。四車線道路の真ん中を走ったり、もうむちゃくちゃ。箱根口を過ぎ、6kmほどで旧街道の入口に。いよいよ激坂箱根越えだ。
 伝統ある温泉宿があるうちは電灯があってまだよかった。やがて箱根神社を過ぎ、本格的な山岳路に入っていくと、まるで漆黒の闇、まるで何も見えない。
「えいやー」
「ほいっ」
「ほいっ」
「ほいっ」
「えいやー」
 と、高校の部活ばりにキャプテンと声をかけあう。お互いの位置確認および生存確認はこれしか方法がない。しらふでも勾配でよろよろするのに、酔っぱらってるんじゃまっすぐ走れるわけがない。
「えいやー」
「ほいっ」
 かしゃあーん。
 かしゃん? 夜の尾根尾根に響きわたる金属音。引き返すと、キャプテン落車。
 気を取り直して前進をつづけたが、勾配10%の直線坂が延々とつづく難所で、道幅いっぱいに蛇行をしながら上っていると、勢いあまってではなく、勢いなくなって失速、転倒。ポケットに入れていた携帯が道わきの草むらにすっ飛んで行って見つからない。たまに通るドリフト族のクルマのライトの明かりをたよりに、どうにか発掘した。

最大の難所、七曲り 23時間経過

 七曲りは箱根のドリフト族たちにはメジャーなスポットである。サタデーナイトにフィーバーしていることは、じゅうぶんに予想できたはずであった。しかし俺たちは酔っぱらっていた。
 最初は遠くで聞こえていた半狂乱のタイヤの軋み、甲高く凶暴な排気音が徐々に大きくなってきて、やがて焼け焦げたようなゴムの匂いが鼻をつくようになった。
 コーナーを真横になって飛びだしてくるクルマ。そのまま一度もグリップを回復しないままストレートを横向きに進んで次のコーナーに入っていく。芸術的だ。はじめて見た! キャプテンによるとハチロクというクルマらしい。他にも5台ほどがドリフトの饗宴をくりひろげていた。
「これ、やっぱ走れないっすよね?」
 歩道が途切れていた。見ると歩行者用の石段が上につづいている。このあたりは旧街道のさらに旧道、つまり江戸時代からのオリジナルの道があって、歩行者用の散策(登山)路になっている。天下の険、入り鉄砲に出女の箱根旧道の石段をチャリをかついで上るふたり。しかも酔っ払いである。
 どうにか石段の上まで来たが、アスファルト道路に合流したところで歩道が途切れている。ちょうどカーブの奥で、ドリフトマシンがいちばん派手に滑空しているポイント。
「そこ、いちばん危ないですよ」
 進むに進めずチャリを持ったまま立ち尽くす俺にキャプテンが言った。自転車を放置し、あわてて石段の下に身をひそめる。ちょうど203高地のトーチカみたいになっていて、顔を出すと、ガードレールの下の隙間から路面の目線でドリフトを観戦できた。ゴムの破片が飛んでくる。半端じゃない迫力だ。30分ばかり見ていただろうか。
 ドリフト族の折り返しポイントが20メートルぐらい先だということが分かった。あとちょっと進めば安全ゾーンだが、この20メートルを駆け抜けるタイミングがなかなか見つからない。
 やっと走りの激しい連中が山を下りはじめ、ちょっとビギナーみたいのが増えてきた。この入れ替わりのタイミングを逃してなるかと、近づいてくる音、遠ざかる音を頼りに、だるまさんが転んだ状態で、危険ゾーンを駆け抜けることに成功。
 空は明るくなりはじめ、峠の茶屋、お玉が池を通過し、芦ノ湖着。
 タイム、計測不能。

ODAWARAインプレッション8 治安と警察

 首都圏から移住してみると小田原の治安はすこぶるよい。小学校も開放的で、閉鎖的になる一方のベッドタウンの学校とは対照的である。歩いていた警察官に訊ねてみても、
「たまに空き巣があるぐらいですかねえ」
 確かに新聞の神奈川県版を見ても、この6週間で全国紙規模の凶悪事件は4件ほどあったが、いずれも県央地区で、小田原ではまだ見たことがない。
 道を歩いている人の表情もやわらかく、眉間にしわを寄せて歩く人が少ないのが新鮮だった。(首都圏ではなぜあんなにみんな険しい表情で歩くのだろう?)
 また、湘南ナンバーの地元車は親切というかのんびりしていて、松戸ではひっきりなしだったクラクションの応酬も耳にしない。一回だけ嫌がらせ的にクラクションを鳴らされた。休日の国道1号線、横浜ナンバーのクルマだから地元車ではない。土地がら、特に休日は他地域他県からの流入車が多く、これらはけっしてマナーがいいとは言えない。自転車に乗っていて幅寄せされたり、危ないと思ったりするのは、たいていよそのナンバー車である。
 ただ、交通死亡事故は尋常でなく多く、取締りも厳しい。目の前の西湘バイパスでは毎日、覆面パトカーの捕り物を目撃できる。早朝から深夜まで時間帯は関係ないようだ。国道1号、255号の地元路線も白バイ、パンダによる取締りを日々目撃する。やまゆりライン入口ではネズミ捕りもあった。

仙石原をまわって帰還 28時間30分経過

 芦ノ湖で小休止をとったあと、ゆるやかに上ったり下ったりをくりかえしながら湖畔東岸を走り仙石原へ。午前7時、折しも山の稜線からこぼれ出てきた朝日が斜面のススキの穂波に照り映え、一面が銀のさざ波になった。25時間以上が経過しているが、さわやかな秋風に目も冴えた。

 ここからは、ほとんど下りだけの行程。途中、コンビニの駐車場で一時間ほど眠って時間調整。午前九時に早川漁港で、家族や宮さまたちと合流する段取になっていた。
 下り行程では一般車よりはスピードはでるが、疲労で感覚が麻痺していることも考慮し、追い越しはせず、おとなしく車列の後ろについて走った。40分で早川漁港着。ほどなくインプレッサに乗った一行が到着した。
 漁港の定食屋でゆっくりと朝食をとり、午前10時帰還。28時間30分の長い耐久の一日が終わった。

ODAWARAインプレッション9 来訪客、宿泊客

 賃貸で入っているマンションは、海が見え、街道筋に面し、旧来の盛り場である宮通りのそばという歴史的好立地にめぐまれていることもあるが、移住して以来、週末は6週間連続で宿泊客を迎え、ほとんどの人が小田原の魅力に触れ、再来を約して帰っていった。
 年齢層、趣味等に関係なく、小田原という町はいろんな顔で来訪客をもてなすことのできる広さと深みを持っている。また、1回だけでなく、くり返し滞在することで魅力が増すようにも思う。
 人を迎える愉しみがあることもまた、小田原に住む大きな魅力だ。

初期同化のラストミッション 10/2

 小田原への初期同化ミッション項目も残すところ最後のひとつとなった。
 文学の町、小田原。北原白秋、三好達治・・近代文学の立役者たちが魅了され住んだ町。この町の図書館に行ってブンガクしちゃうというのが最後のミッションだ。
 図書館は小田原城内に静かにたたずんでいた。ちょうど城内公園で演じられる能舞台の準備が進んでいた。
 建物はよくいえば歴史を感じさせ、ふつうにいえば古くてすえた匂いがたちこめていた。司書のおじさんは怖そうだったが、話してみるととても親切で書物に対する深い愛情を感じた。
 文学の町なので充実した蔵書を期待していたが、残念ながらここだけは大きく期待はずれで、ほとんど気をひく書物は置いていなかった。いまだ図書カードで管理されている書物も多く、検索から予約まですべて自宅からインターネットでできた松戸とは比較のしようがないほど遅れている。俺が好きな周縁系の書物は高価で買えないものが多く、今まではほとんど図書館に頼ってきた。およそ書評にあがるぐらいの書物なら、松戸ならほぼ100パーセント、図書館で手にすることができただけに残念だ。
 館内に人はまばらで、そういえば20年前は松戸図書館もそうだったなと懐かしくなった。不況といわれるようになったころからだろうか、図書館は人であふれるようになった。同一のベストセラー本を何十冊も用意するようになり、予約が200にも300にもふくれあがり、図書館もずいぶん奇妙なことになってきたもんだと思ったものだ。ある意味、ここは健全な姿なのかもしれない。「ダヴィンチコード」の予約待ち数がナンバーワンというところは同じだったが、数は5分の1ぐらいだった。
 この日はカードをつくって帰った。

ODAWARAインプレッション10 ひと

 駅ロータリーの小さな歩行者用信号。
 車道は一方通行で数歩で渡れる程度の横断歩道、ロータリーなので見晴らしはよく、こちらに来るクルマはいない。が、俺はじっと青になるのを待っている。同じく信号待ちをしている人たちも、のんびり待っている。
 小田原の町と人とは、すべてこの光景に凝縮されている。

 一ヶ月前。千葉県松戸市新松戸駅前。
 赤信号の歩道を当然の権利といわばかりに渡る男、女。若いのも老いたのも、自転車もいる。いかんせん数が多いのでクルマも遠慮がちである。不機嫌そうに大股で歩く若い女がクルマの方をにらむ。いい加減頭にきたのか、けたたましくクラクションが鳴る。
 俺はここはなるべく通らないようにしていたが、たまにオートバイで通らなければならないときは、ヒロシマに原爆を落とす気持ちで突っ走る。俺が殺すんじゃない、信号が殺すのだ。
 そして、仕事帰りにこの信号を歩行者として渡るときは、みけんにしわを寄せて赤信号を黙殺する。
 ここでは矛盾がもはや矛盾ではない。不機嫌の連鎖と衝動だけだ。

 小田原に移住して、最初に東京に行ったときのこと。駅にむかって、この信号にさしかかった。数人の人が信号待ちをしていたが、俺は何も意識しないまま自動的に赤信号を渡っていた。
 無意識なだけに、二歩目にして、あれっと違和感を感じた。追随してくるはずの人たちがひとりもいない。赤信号を渡りおえたとき、後ろから視線を感じながら、なんか俺ってすごーくワルいやつではないか、という気になった。はからずも、おのれのセコさがきわだって、じつに忸怩たる思いだった。
 ワイフに話すと、やはり同じことを痛感したと言っていた。
 そんなわけで、今日も俺はちょっとにやけながら青信号になるのを待っている。

(小田原インプレッション終 2005年11月)

 

ODAWARAインプレッション メニュー

1. 土地と気候

2. ゴミ

3. スポーツ環境

4. 交通事情

5. 消費生活

6. 通勤

7. ナイトライフ

8. 治安と警察

9. 来訪客、宿泊客

10. ひと