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小田原インプレッション 突き抜ける悦び

第一部 移住リポート

引越準備をはじめる 8/7

 引越し2週間前。本格的に準備をはじめた。
 ・ガス
 ・水道
 ・電気
 ・電話
 ・新聞
 以上が完了。電話だけで済んだ。簡単なものだ。新しい電話番号も決まった。
 これからやらないといけないこと。
 ・郵便局(郵便物の転送申込)
 ・引越屋の手配
 ・スイミングクラブの退会
 ・インターネットプロバイダの手続き
 ・会社の登記変更(本店の移転)
 ・市役所への退出届け
 ・小学校転校手続き
 ・現住居と駐車場の解約
 ・置き薬の解約と精算
 あとはなかったかな。

引越屋選定と通信環境構築にてこずる 8/8

 これまでほいほいと進んできた移住プロジェクト。
 引越屋の選定は3日目に突入してもまだ突破口見えず。粗大ごみの処理をみんないやがる。広告には「粗大ごみも、おまかせください!」なんて胸をどんとたたいている、いさましい絵なんかがついているのに、いざ電話すると、「うちでやると高くなるから、市にお願いした方がいいですよ」とか。

 モノを捨てるのにこれだけのエネルギーとコストがかかるのであれば、不法投棄も絶えないわけだし、ものを買うのも慎重になりそうだ。時代と環境を考えるとこれでいいのかもしれない。景気は悪くなるだろうけど。
 北海道旅芸人生活でも、最大の問題はゴミと洗濯だった。全国展開のコンビニチェーンが北海道を均質化すると思っていたが、無料でゴミを受け入れてくれるのはコンビニしかないのも現実。町によってはコンビニでさえ、「行政の指導により、一般ゴミのゴミ箱を撤去させていただいております」とあった。

 モノを食うとゴミがでる。お持ち帰りくださいというのは勝手な話で、それはどこか別のところで捨てろという意味でしかない。ましてや流浪の旅人はどこに持ち帰ればいいのか。もし北海道の自治体ぜんぶが今後そんな方向にむかっていくのなら、観光客はいっさい受け入れないことだ。有料化はいい。しかし「持ち帰り」の付け焼き刃看板はこの日本からなくすべきだ。
 通信環境もてこずった。不動産会社は光ファイバーのインターネットマンションにすると言っていたが、移住日が近づいてもぜんぜん埒があかない。けっきょく不動産会社(管理会社)に通信関係を委託されている会社の電話番号と担当を聞いた。すると「これから調査に入る段階で、そこから数か月はかかるだろう」とのこと。それじゃ、その調査って誰がやるのかと問えば、NTTの人だと言う。
 プロバイダに電話しても、最後は「NTTじゃないと分からない」
 で、NTTに電話。本局から小田原にまわされたものの、たらいまわしではなく整然と連携していく対応はみごと。
「お客さまのマンションに、Bフレッツの機械はすでに入ってますね。あとは部屋まで線を引く工事だけですみます」
 な、なんと、もう来てるんじゃないか! 調査とはなんだ調査とは。工事の段取り、通信機器の詳細、日程の詰めなど、じつにてきぱきと進めてくれた。NTT小田原、素晴らしい! おまけにプロバイダとのやりとりも代行してくれるという。NTT小田原第三受付、すごいぞ。これで第三受付なら、第二受付はもっとすごいのだろうか。第一受付に至っては首相とホットラインを持っているかもしれない。
「あー、おれ。こいずみ」
「かしこまりました。では本日3時までに」

 なんの話だっけ?
 不動産屋に状況を伝え、引越日の21日の前日に、事前立ち会いも兼ねて小田原に行くことになった。パソコンと自転車とドカティを先に小田原に搬入し(もちろんドゥカティは自走)、部屋の引き渡し立ち合い、光ケーブル工事、通信環境設定・・これで20日は終わるだろう。松戸にとんぼ返りして翌21日に引越業者とやりとり。

 そういや。TZR50はどうするんだ?

 引越屋のトラックとワイフのインプレッサが高速道路で小田原に向かっているあいだ、俺はあくせくと原付で都心抜けをして下道を行くのか・・考えただけで体中の毛穴が広がりそうだ。

引越手続き各種完了 8/12

 市役所への手続き、引越業者との打合せも含め、移住の各種手配はほぼ終わった。仕事と家事をやりながらなので、なかなかのハードスケジュールであった。
 引越業者との見積り・打合せに2時間半。いくつか見積りをとろうなんて思っていたが、2つ目でダウンした。最初の業者の見積りと後のとでは3倍近い値段の開きがあり、けっきょく徹底的に説明と手間をかけてくれた方に決めた。

 いろいろ勉強にもなった。うちは荷物が少ないと思っていたが、実際には業務系の書類や機材だけでもそうとうな量になっていたことや、古い冷蔵庫は引越でだめになる確率がひじょうに高いのに、処分代は1万円を越える。いっそのこと引越前に買い替えて電気屋に引き取ってもらうのが合理的、とか。
「それにしても、おもしろいものがいろいろある家ですねえ」
「そうスカ?」
 営業マンが言うには、いろんな家を見てきたが、本年度では、うちがベスト・オモロイ・オブ・ザ・イヤーとのことだった。部屋の中の自転車と室内走行用ローラーを見るや、くわっと肩をめぐらせ、
「お仕事はケーリンですか?」
「うーん、まあそんなもんかなぁ」
 体張って食ってるという意味では。しかし、このところ、水泳、ランニング、自転車と鍛練が手薄である。

古い冷蔵庫を撤去 8/15

 小田原移住まで1週間を切った。20年近く住んだ松戸での最後の1週間である。
 今日は新しい冷蔵庫が届いた。引越の際に古い冷蔵庫を処分することで移送リスクを避け、高額な処分費を抑えるというのは引越社におしえてもらった良案。サイズは大幅に小さくした。今は大型冷蔵庫は20万以上する。10分の1の値段のものだから、ほとんど単身者用の冷蔵庫なんだろう。
 さて古い冷蔵庫を撤去すると、9年のあいだに堆積したホコリが排熱で燻(いぶ)され、ゴキブリの骸(むくろ)が胞子に包まれて黒々と死屍累々、じつに凄惨な状況になっていた。呆然と眺めること数分。眺めていてもどうにもならない。雑巾と心中するつもりで攻撃開始。今日は60回目の終戦記念日。

地震予知的中で引越支持率アップ? 8/16

 なんだか自分だけ逃げだすような感じで後ろめたい気がして黙っていたが、今回の突然の移住の要因に地震への強い怖れがあった。2005年に入ってから家族には「もうぼく、限界かも」と訴えつづけてきた。移住を初夏に決め、おんぼろアパルトメントをこよなく愛する俺だったが、今回に限っては鉄骨造と築年数の浅さにこだわった。不動産屋にも地震に関することをあれこれ訊いて、今回の物件を決めた。
 俺にはなぜか地震をおおざっぱに予知する力があるらしく、それはたぶんミミズとかネズミが電磁波のゆがみなんかを感じて「なんだか耳いたくねすか?」とか言いあって騒いでいるのと同じ原始レベルの野生センサーにすぎないとは思うが、昨晩はひどく疲れていたにもかかわらず、ほとんどまともに眠れなかった。娘も同じだったようで、ほぼ一晩中、足をぐいぐい突っ張ってきたり、むにゃむにゃ寝言を言ったりしていて、なんとなく逃げだしたいような衝動に襲われ、でも明け方にうとうとして。起きたら、すぐにワイフに言った。
「やばいわこれ」
「なに?」
「地震。間にあわないかも」
「くる?」
「なんか眠れんかったし」
 今まで、地震の夢というかたちで予見していたので、なんだか自分でも嘘くさいなあと思っていたが、今回は意味もなく眠れないぐらいだったし、これって地殻の変動で電磁波とかが、うにょーってなって、俺の繊細にして野卑なる脳波に干渉して、ミミズだったらとりあえずわーって方向も考えず逃げだすところを、ミミズよりは少しばかり階層のある脳がために、地震の夢みたいな映像になって、つまり直感的には地震だわって分かってて、でもせっかくの直感を左脳パルスの妨害で不感症みたいになってしまっているのが、今回に関しては眠れないぐらい脳波乱されているわけだから、こりゃそうとういかんことになっとんのかなあとか、つらつら布団の中で考えていた。
 昼直前、法務局に昼休み前の駆け込み電話をして、会社登記変更のあれこれを訊いていた。娘は隣で友だちと電話していた。強い揺れがきて、がんがらがっしゃーんと物が落ちる音がした。娘が電話を切った。俺も予知のことがあるので、電話を切ろうと思ったが、法務局の男は、
「株主総会の決議をしていただいて、議事録を松戸用の申請書に添付していただきます。(がしゃーん、ぐらぐら) 小田原用にはOCRの登記用紙がありますので、印鑑登録といっしょに(水槽からたぷたぷ水がこぼれる・・俺はもう上の空)・・」
 あまりの冷静ぶりにたまりかねて、
「あのぅ、地震、すごくないスカ?」
「ああ、こちらの建物はだいじょうぶです」
 そんなはずはないのだが、法務局だけあって、揺らいではいけないのだろう。
「ちょっと、ウチ、やばそう」
 娘が目で逃げようと言っている。
「それじゃ、あとでまた電話してください」
 ありがとうって表に出たら、路駐のクルマがゆっさゆっさ揺れていた。
 部屋にもどると、ワイフから電話があった。余震を警戒していたが、とりあえず数時間たった今も特に動きはない。この程度で終わってくれるならありがたいことだが、俺の中の野生は、まだ逃げろと言っている。・・と思っていたが、夕刊の一面にM6.7、宮城で震度6弱とあった。今回の予知はこれで「済」マークかもしれないが、やっぱり俺の中の山羊飼いはホルンみたいな笛を鳴らしつづけている。

最後の資源ゴミ。スラム化せよ松戸 8/17

 今日は松戸最後の資源ゴミの日。
 ここ半年ぐらい、ゴミ集積所がすごいことになっている。中国人、イラン人(っぽい人たち)、フィリピン人と、周辺のアパルトメントが次々と外国人に占領されつつあるが、国ごとのブローカーでも介在しているのか、アパルトメントごとに居住人の国籍が違うのがおもしろい。と、おもしろがっている場合ではなくて、ゴミ集積所のモラールが激しく崩壊しつつあるのを感じる。日本語が読めても分かりにくい分別ルールについていけないのは、いたしかたない気もするが、収集車がルール違反のゴミを無視して放置するものだから、古いゴミに新しいルール違反のゴミがかさなり、それがまた無視されて、日に日に累々と積もっている。そうするとおもしろいことに、誰もが最低限のルールも無視しはじめ、通行人はぽんぽんムキミのゴミを捨てていくし、ますます収集員は意地になって業務放棄、ああ、こうして街はゴミからスラム化していくんだなあと殺伐たる気持ちになってしまい、ついにヤケを起こしていらなくなった女房なんかも捨てだすやつもではじめるかもしれない。
 松戸市清掃課に電話をし、有料で引き取ってもらうことにした。ゴミの品目、材質を細かく訊かれるが、例えばラックなんかは金属と木材と樹脂の混成製品だから返答も難しい。
「金属と木材とどっちが多いですか?」
「えーっと、それは重さの話ですかね。それとも容積? 面積?」
 重さを計るならバラさないといけないし、いったいこいつは何を言ってるんだと思っていたら、
「バラせるようでしたら、資源ゴミでふうつに出してもらっていいですよ」
「はあ、それがうちの集積所、すごいことになってて、これで引越の粗大ゴミまで出したら、マジでスラム化しちゃいますよほんとに」
 けっきょく木製ゴミということで決着がつき、一枚1000円の処理券を4枚買った。
 しかし、収集車が去ったあと、100%木材の本棚以外の3つのラックはそっくりそのまま置いてある。個数と品目まで細かく申請して、置く場所、名前も書いてルール通りに4000円も払って街のスラム化を少しでも防止しようという俺の気持ちを踏みにじるこの態度に完全に頭に来た。こうなりゃ発つ鳥、あとは糞まみれ、戦争だ戦争、ごみ戦争だとか、かなり本気で思ったが、けっきょくクルマにゴミを積み込み、せまい路地を迷いながらクリーンセンターまで持っていった。
 最初にクルマごと重さを計量し、積んだゴミをぴゃんぴゃんと棄てたら、また計量し、差分の重さの料金を払う便利なシステムで、320円だった。
 人なんかあてにしないで、最初からこうすればよかった。が、やっぱり革命は必要だ。

最後のプール、最後の散髪 8/19

 昨晩は松戸在住フィリッピン人のおばちゃんの誕生日だったので、上野での仕事関係の飲みから終電で帰ってきたあと、乱痴気騒ぎで朝まで飲み明かしてしまった。
 ふらふらであったが、本日、松戸での業務の最終日。プールも最終日で1.5kmスウィムし、なんとか朝九時に始業。ドカティで法務局一往復、TZR50でまた法務局一往復。強烈な猛暑でれろれろになりながらも、午後4時30分、法人の定款変更(住所変更)が完了。
 あらためて、わが会社の業務内容(登記上では「会社の目的」)を読み直して失笑。

1 国内および国際付加価値通信網による電気通信事業
2 コンピュータによる情報処理事業
3 国内および国際付加価値通信網による情報提供サービス事業
4 付加価値通信網設備の販売、賃貸、設置およびメンテナンス
5 前各号に関連する機器及びソフトウェアの販売、賃貸、設置、およびメンテナンス、ならびにこれらに関連するコンサルティングサービスの提供
6 前各号に関連する経営コンサルティング業
7 前各号に関連する市場調査、宣伝および広告業
8 書籍、雑誌、ビデオパッケージ等の企画、制作、出版および販売
9 テレビ、ラジオ番組の企画、制作業務
10 インターネットホームページの企画、制作業務
11 インターネットによる番組放送事業
12 商品企画、開発コンサルティング事業
13 日用品雑貨、自動車、同部品の販売および輸出入
14 労働者派遣事業
15 貨物自動車運送業
16 前各号に関する顧客の仲介、斡旋業務
17 前各号に付帯し、または関連する一切の業務

 実際には10番しかやっていないが、1、4、7、11などを見るとライブドアばりの会社になってもだいじょうぶなようになっている。13はオークション時代を先取りしているし、14の人材派遣事業を入れているのはなかなかイカしてる。もっとイカしてるのは、15の貨物自動車運送業だ。いざとなったらバイク急便でもやったるというフレッシュな意気込みが感じられる。17もすごい。「関連する一切の業務」ってなんじゃそりゃ。なんでもありありではないか。

 今回は司法書士への報酬をケチって自分でやってみたが、思ったより簡単といえば簡単だったが、楽かといえばそうでもない感じだった。けっきょく松戸市への免許税が3万、小田原市への免許税が3万。代表取締役の住所変更で1万。計7万もの出費で大ショックである。
 担当が先日の地震のときに電話にでてくれた人で、クールなナイスガイだった。先方も、こちらが小田原への移転を言うと、
「あ、地震のかたですね」
 俺が女だったら惚れそうな好男子である。目がうっとりしてしまった。部下への指示の出し方も、電話での応対も、丁寧でスマートでとてもいい。比すれば俺はじつに粗野粗忽。やはり粗暴はいかん。反省しよう。まずこのボウボウの無精ヒゲを正そうと、最後の散髪屋へ行った。
「今日はどんなふうに?」
「軍人みたいにしてください」
 どうも俺はスマートにはなれなさそうである。いたしかたなし。
 俺の頭が徐々に軍人っぽくなってきたころ、隣の席に高校生1年生ぐらいの男の子がすわった。最近は男子も美容室を使うせいか、そういえばここ数年、若いやつを見たことない。俺がはじめてこの散髪屋の入口をくぐったときも、ちょうどこのぐらいの年齢だった。以来20年、人生前半のハイライトとともにあった松戸。
 夜には古い友人らとひさびさに飲むことになっている。

引越前日の苛酷なる滅罪ゲーム 8/20

 前の晩はオートバイ仲間ら6人で午前3時ごろまで飲んだ。
 今回の送別会の段取りの悪さについて同じKawasaki乗りの高崎君が酔漢たちにひどく叱られて気の毒だったので、彼にも滅罪のチャンスを与えてやろうという仏心で罰ゲームを課してやることとし、散会後はうちにワゴン車で来てもらい、TZR50を積載し、そのまま小田原にいっしょに来てもらった。なんたる苛酷さ、ここまで滅罪していれば彼の株はかえって上がるというものだ。まこと仏心である。
 俺はワイフの運転するインプレッサの助手席で大イビキ。仏心である。
 午前8時すぎ、小田原着。

 引越前日ではあるが、この日はオートバイをはじめ、自転車や業務機材一式を小田原に持ち込み、現地にて物件の入居前チェック、電話とインターネット、ガスの工事を行なった。俺はひたすらおろおろするか煙草を吸っているだけで、こういうときは突っ立ているだけ邪魔。高崎君は、じつにきびきび動き、業者に指示を飛ばしている。誰もが彼を入居人の主と思っていたようであった。

 入植地のすぐ隣に創業400有余年という定食屋があったので食す。茶ソバ、赤だし、マグロ丼のセットで800円。ほんとですか。高崎君は小田原城の見える部屋で死体のように不動状態だったので、この店の名物だというアジ天定食を持ち帰りにした。
 午後4時、松戸にトンボ帰り。高崎君はさらなる浄罪に突き進もうとでもいうのか、帰りがけに都内の会社に立ち寄って仕事をしていくというから、まこと稀有に滅私な男である。謝謝。


出発前、轟沈する高崎君

 

引越本番 8/21

 午前8時前に引越屋が来た。あれよあれよという間に搬出終了し、10時前には出発。見送りにドカティ仲間の上野氏と、小学校PTA仲間のはるみちゃんが来てくれた。
 ワイフは先に熱帯魚入りの水槽を積載したインプレッサで出発した。俺は不動産屋に鍵を返却しに行ったあと、ドカティで小田原をめざす。昼前、小田原着。午後3時には搬入が終了し、午後4時までにはほぼ箱出しを完了。

 チャリ2台で漁港にむけて散策。途中、文学通りなる閑静な通りを抜け、10分ほどで漁港に着いた。魚市場に併設されたお魚センターは朝は早いが店じまいも早い。俺たちが一件の寿司屋に入るのを見るや、客はもういないと踏んだのか、まわりの店はすべて暖簾をしまいはじめた。近海物が好きな俺にとってはたまらない魚ばかり。アジがやはり美味い。
 北海道に行ったときも、カニ、ウニ、イクラよりも、スーパーで売っているようなイカ、ホタテの方に感激したものだが、庶民的な近海物大衆魚こそ、かえって美味いものを探すのが難しいかもしれない。
 こうなってくるとやはり地元のスーパーをのぞいてみなければ気がすまなくなってきた。家から数分のところ、国道1号線の裏手に青物通りという旧街道がいちだんとひなびたような奥深い通りを発見。北海道で鍛えられた嗅覚がうなる。虚飾にとらわれぬヤレた雰囲気、それでいながら地元の根強い支持に支えられた感じがする。
 野菜コーナーは松戸とあまり変わらぬ。そりゃそうだ。ネギは群馬だし、ナス、キュウリは千葉、埼玉産。輸送費の分なのか、いくぶん小田原の方が高い。
 期待の鮮魚コーナー。いきなりキマシタ! マグロが安い。アジも小田原産。身が厚い刺し身が8尾分入って350円。しかも美味かった。キズモノのキンメダイ開きが2尾で150円。キズモノでも味は同じ、美味かった。あとは舞阪産のシラスが美味かった。

 この日は波音を聞きながら深夜までインターネット、電話、コンピューター、シネマテレビの配線を行なった。設定がうまくいかず、インターネット、電話が使えないまま。明日、サポートセンターに聞いてみるしかなさそうだ。

小田原市民となり、プールを探す 8/22

 ワイフと自転車で市役所に行く。

・異動届
・国民健康保険
・国民年金
・児童扶養手当

 以上の手続きを完了。ごみ収集についての説明を受ける。
 燃えるゴミは週2回。松戸より1回減った。ゴミだしのときには袋に名前を書くらしい。
 ペットボトルは月に2回。ペットボトルは厳密にペットボトルだけをまとめておかねばならない。
 プラスチックゴミは月に2回。スーパーで買い物をした際に大量にでる肉や魚のトレー類もこれにあたる。松戸では週に2回。これが2週間に1回になってしまうわけだから、そうとうにきつそうだ。
 市役所での手続きを終えたあと、スウィミングプールを探して走った。家から近い順の候補は以下の通り。

1、市営プール・・
家から200m。屋外長水路2本。うち一本は大人専用。会員登録必要なし。250円。最高の条件だが、夏季しか営業していない。

2、神奈中(かなうち)スイミングスクール・・
家から1km。屋内プール。平日は会員スクールしかないので、フリースイムは実質上、土曜夜と日曜のみ。1050円。

3、スポーツプラザホウトク・・
家から8km。屋内長水路。フリースイムコースは月〜日の全日10:00〜22:00利用可で月4725円。

 これらを下見して走った。途中、勾配13%の一直線の長坂越えをしたあたりから、疲れのためかワイフが無口になった。交通量が多いのに道が狭く、自転車だと気を遣う。スポーツプラザホウトクは足柄平野に湧き上がる湧水をふんだんに使ったプール。確かに周辺を走っていると、網の目のようにはりめぐされた道路わきの水路に、潤沢な水が早瀬となって流れている。フリースイムもあり値段も手ごろでほぼ文句なしだが、片道8kmの道路事情が最悪で、自転車やマラソンでは間違いなく轢(ひ)かれる。通う場合にはTZR50(原付)が主体になりそうだ。
 この日のうちに、インターネット接続、電話回線、ホームシアター等の接続もすべて無事完了。

 夜は近辺をワイフと逍遥。東海道筋なので夜も情緒深い。瓦屋根の商家が立ち並ぶなかをビール片手に歩いていくと、300mぐらいのところにビデオレンタル屋を発見。「ビデオは楽しい家のレジャー」という看板の情緒に誘われて扉をくぐれば、アダルト色のきわめて強い店だった。店主のおやじもかなりあやしい。
 身分証明書も松戸のままなのに、昨日引越してきたのだと言うと問題なく会員にしてくれた。カードも貸し出し票もすべて手書き。「楽しい家のレジャー」という小田原スタイルに従って充実のアダルトを借りるのが風趣というものだが、自分で再配線したホームシアターのテストもしたかったので、ドルビー5.1サラウンドの「シャークテイル」を借りた。

 

都内に初出勤 8/23

 ワイフは早朝から新宿へ初出勤。俺も昼前に都下浅草橋へ初出動である。
 新幹線を使ったら、あっという間だった。40分弱。ただし往復で8000円近くかかった。
 それに行きと帰りで新幹線の切符代が800円ほど違う。行きの切符は「のぞみ」と印字してあった。しかし乗ったのは、こだま号。帰りの切符は「こだま」と印字。停車駅数も所要時間もかわらないのに、印字の違いで800円なんだろうか。
 今後のことを考えると、回数券を買った方がいいかもしれない。しかしこだまの回数券を買うと、ひかりに乗れなくなるのかな。ひかりも何本かは小田原に止まる。たまたま乗ろうとしたのがひかりだったら、もう一本待たなければならないのはいやだなあ。

 小田原を出るときは晴れていたのに、都内は雨。あわてて傘を買ったがずぶ濡れ。帰りは新横浜あたりで大豪雨。しかし小田原に着くと雨など降った気配もなし。傘を持つ俺は馬鹿みたいだ。駅近くの小田急OXというスーパーに寄ってみた。アジが福岡産なのをはじめ、小田原色ゼロ。しかも高い。ありえねーを連発しながら傘を持った俺の買い物カゴはカラのまま。惣菜コーナーは時間帯のせいかすべて半額。けっきょくこれらを買い集めた。いとむなし。
 ワイフは夜九時過ぎに退社して小田急ロマンスカーを試してみようとしたらしいが、全席指定のロマンスカーはすでに予約でいっぱい。あきらめて新幹線に乗ろうとすると、大雨で30分の遅れとのこと。朝がたは「NO PROBREM!」というタイトルのメールを送ってきた彼女だが、やはり少し疲れたようだった。

おとー。
きんき(※編者注・「きんめだい」の勘違い)の干物食べた?
第一回目の通勤レポートです。
所要時間はTTL約1時間(早!)でほぼ新松戸からと同じ。
7時3分の新幹線で8時10分ころオペラシティにつきました。
でも新幹線はもちろんのこと東京から新宿までの快速も座れて
ついでに新宿から初台までも座れるという全て座ってこれるので
大幅に読書なり仕事時間に使えそうです。全く問題なし。ストレスなし。
駅までのお堀端を歩くルートは実にすがすがしく快適。
あの時間でも同じように都内まで新幹線で通ってる人が結構いることが
わかりました。ちなみに隣の高級マンションから出てきた外人夫婦と一緒に
歩いてきたよ。
今日の帰りはロマンスカーで帰ってみようかな。
打ち合わせがんばってね。

海水浴、のはずが海水プール 8/24

 早朝、オルベアORCA号を小田原初出動させ、国道1号線を西進した。石橋山一夜城跡に向かう山道があったので入ってみたが、2kmほどのぼったところで通行止め。もどり、今度は国道1号旧道へ。オートバイでも一度も行ったことがない道。自転車でも見落としそうになった。いい感じでのぼっていったが、猿沢橋というところで雨足が強まり退却。
 小田原駅前にもどり、一方通行の多い駅周辺を探査。というのも、まもなく娘がワイフ方の祖父母とともに駅に降り立つことになっているので、クルマでお迎えができるように下見をしておくというわけである。前日から娘と祖父母は箱根の温泉で一泊していたが、あとで聞いたところによると、俺は自転車で彼らの宿の前を通っていたらしい。
 娘にとっては物件の下見をした5月以来、はじめての正式の入城となる。かなり気に入ったようだ。

 午後は娘と水着姿で道を歩いて海水浴場に行った。台風が近づいていて波が高く遊泳禁止だったので波打ちぎわで遊んだあとに、すぐ横に併設されている市営プールに行った。幼児用プール、子ども用50m長水路、大人用50m長水路の三つのプールがある。うちのベランダから見えるのは大人用のプールだと分かった。大人用ではおじさんがひとり平泳ぎをしているほかは、プールサイドにギャラリーが5、6人いるぐらい。とりあえず1500m泳いだが、はじめての屋外プール、はじめての長水路にちょっと戸惑った。おまけにプールのくせに海水だった。温水プール育ちの軟弱な意地を見せんとムキになって泳いでいたが、監視員がメガホンを手に「休憩時間でーす」と俺に言いつづけたのに一心不乱に泳ぎ切ってしまい、娘もそうとう恥ずかしかったそうだ。それを聞いた俺ももちろん恥ずかしかった。そしてふたりしてびちょびちょの水着のまま道を歩いて家に帰った。

「おとーさん、恥ずかしくない?」
「なにいうか、これぞオダワラ」

 ●チャリ走行20km
 ●スウィム1.5km
 ●マラソン4km

告白しよう 8/25

 台風直撃だ。海辺の台風はすさまじい。狂喜乱舞する俺。
 気圧の低下が俺の脳波を乱す。乱れた俺の脳波は、しごくまっとうに正しい。嘘臭い左脳から解き放たれて躍動する。だから告白しよう。小田原に来て5日しかたっていないが。
 わが家にテレビをつけた。自分の家でテレビがつくのはおそらく10年ぶりぐらいだろう。7歳になるまでわが娘マドカは、テレビをみることも、友だちの家で遊ぶことも、たまごっちをすることも、自分の好きな髪形をすることも、何の自由もない異常な一家で過ごす運命に縛られてきた。気の毒なことである。

 カミングアウト1。
  俺は根底においては暴力父、暴力夫である。さいわいにもマドカは俺とちがってわりと性格がきちっとしているので、彼女に対して叱咤の鉄拳を乱発することはなかったが、人さまの子どもが傍若無人、傲岸不遜にふるまっているのを目撃すると、しばしば制裁をふるいたい衝動に駆られるときがある。暴力といっても、熱湯をかけたりとか煙草の火を押しつけるとかじゃなくて、げんこつ一筋だが。一度やったらオオゴトになった。親とかその仲間たちの方がうるさかったりするので、疲れた。次にやるときは、子どもではなく親の方から先にげんこつを食らわせておいた方がさわやかでいいかもしれないと思っている。
 ここで自分が間違っている可能性も考えた方がいいよなどという安易な発想に陥ると、団塊世代地獄に足を突っ込むことになる。オヤジというのはまず怖れられる存在であることが第一。あたりまえだ。それがなければオヤジなんている意味がない。怖くないオヤジの増殖がこの世をおかしくしている。頭の悪い俺にはそれぐらいのことしか分からないが、少なくともそれだけは直球ストライクだと思っている。
 で、なんでテレビなのかというと、これから娘は、7歳にして完全な自由を手にしていただこうと思ったわけだ。俺とワイフは今後もテレビ禁止だ。ワイフには悪いが俺と連れ添っている以上、つきあってもらう。ただ、娘には完全無欠なるチャンネル権を与える。ひとりでいるときは、好き勝手にしてよいと託宣しておいた。
「なんで?」
 当然、娘はいぶかる。生まれてからの習慣が急激に変わることのインパクトを想像してほしい。俺は答える。
「ここが小田原だからだ」
 彼女にとってみれば生まれ育った場所がとつぜん変わったこと以上の衝撃はない。論理が崩れていようが、小田原というキーワードは、今、あらゆる論理を凌駕するのである。どんなに気のきいた説明も、子どもの前では嘘くさくなる。俺はそれが嫌いだ。論理を無視してストレートに言えばいいのだ。小田原だからだ。
 といったところで、カミングアウト2。

 晩酌をはじめた。これまで旅のあいだをのぞいて、自分からひとり好きこのんで酒を飲んだことはない。ひとりで飲むのはフラれたときに決まっている。それ以外のことは酒に頼らずともやっていける。女のことだけは、酒なしにはどうもだめだ。それが、小田原に来てから好きこのんでひとり勝手に酒を飲んでいる。旧街道を歩いていても、気づけば片手にビール。今晩も台風が来たってことで、とりあえずワイン。小田原に来てから毎晩、ところかまわず晩酌である。
 ほんとうは今晩、松戸にむけて出発の予定だった。深夜の下道を走り、明日金曜日には松戸法務局、学童、不動産屋・・残務を片づける予定だった。それに先日のじゅうぶんにして過剰なる贖罪にもかかわらず、同日午後6時から高崎君があらためて送別会を主催してくれるというし、翌土曜日午後10時からは筑波サーキットで開催される12時間耐久チャリンコレースのスターティングチャリダーのオーダーもきている。
 しかし娘は38度の熱をだして寝ているし、なんだか台風も直撃。新幹線のすれ違いなみの轟音がこの建物を席巻している。出発は遅らせるしかないが、行くことにはかわりない。熱をだしているのに娘を連れて行くのかと難じるワイフに怒鳴りつけた。
「こちとら戦争なんだぜ。ビジネスマンは自分の仕事やってればええの。子どもが熱だろうが脱腸だろが膀胱炎だろが、俺はやっぱ連れていくしかねんだわ。スタインベック。怒りのブドウ。分かる? インプレッサなんてまだ雨漏りしないしエンジン壊れないからいいよ。北海道で熱だしたらどうしてた? 走るしかないだろう? 行くしかないんだよ。それが気に入らないなら仕事やめて主婦になれやマジ」
 家のことは兼業主夫にまかせてほしい。ちょっと無茶やるかもしれんけど。

台風一過。台風といっしょに松戸へ 8/26

 夜来の暴風雨は早朝には上がって凪のように静かだった。ただ、海がコーヒー牛乳みたいな色になっている。
 インプレッサにORBEAオルカ号とまだ熱の下がらない娘を積みこみ、ワイフを新幹線ホーム近くまで送り、そのまま松戸へ。

 午前8時40分。松戸法務局で会社移転登記の最後の仕上げを行った。
「小田原は台風すごかったですか?」
「かなり。海がもうこんな・・」
「こっちはちょろちょろでしたよ」
 地震以来、超クールなこの法務局の担当の人とも顔なじみになった。
 小学校の学童に寄り、忘れ物の弁当箱を回収し、指導員の先生に新しい住所と連絡先を伝えた。午前9時10分。このあとスバルのディーラーに行き、北海道大冒険旅行で壊れたフォグランプの修理を依頼。部品はすでに入っていたが、4時間ぐらいかかるというので代車を頼むと、担当の美女が笑顔で持ってきたのがWRX・Sti。初心者なんでもうちょっとボロい代車にしてもらおうかとも思ったが、
「ガソリンあると思いますので、ドライブを堪能してきてください」
 と、なんともさわやかな笑顔につられ、よっしゃ、ブツけたら買い取る覚悟で乗ったるかと気合を入れると娘がクールに、
「だいじょうぶ? おとーさん、ぜったいブツけるよ」
「わーっとる、わーっとるって」
 さて、Sti。ビビりすぎてしょっぱなエンストした以外は、じつに快適だった。インプレッサ1.5と操作系は同じで、パワーがある分、思い通りきびきび動くし、ギヤの入りもいい。これは総じて安全なクルマだと思った。なんだか1.5にもどるのが怖いぐらいだ。
 このあともう少し乗りまわして、不動産屋の立ち退き立ち会いを終えたら、午後6時からは高崎君主催のリベンジ送別会に行く。が、場所ってどこだ?

筑波サーキット12時間耐久チャリレース 8/28

 スタートは夜10時。
 今回で筑波サーキットでの耐久レースは3回目の参戦。前回は350チームのほぼ最後尾からのスタートであったが、SEMAS(*脚注)・Aチームの森井店長に引っ張ってもらい、先頭集団にくらいつくというアグレッシブな経験ができた。えらい速度差でしゅらしゅらと他車をかわしながら抜けていく森井店長の後光に隠れてくっついていくのが精一杯。今回も180チーム中145番手からの後方スタート。ただし今度はSEMASの援護はない。
 レース前夜はカワサキ乗り高崎君の主催での二度目の送別会。いつもの流れで朝まで飲んだ。俺が松戸の実家にもどったのはなぜか朝9時過ぎである。午後2時まで睡眠をとり、一家で筑波サーキットへと赴いた。

 実業団鉄人部NKロケッツは、今年から2チーム体制でのぞむ。社内で着実にメンバーの輪が広がっているのを感じる。充実のサポート体制で、仮眠所(テントとタープ4張り)、炊事場、食糧供給にスキなし。
 NKロケッツのチームキャプテンNAKAGAWAの指示でスターティングライダーの密命を受けた二日酔いの俺は、気合と笑いの大放出を胸に秘め145番手スタート。スタート直後に前方で落車。数台がまきこまれたが、ぎりぎり回避。しかしここでまた数台に抜かれ、いきなりやる気を失いかけたが、ここは気合と祈り。うまいこと後方発先頭狙いの2機にまぜてもらい、3機でローテーションを組みながら130機を抜く感覚はほとんどビデオゲーム。3周目の第一コーナー裏でトップ集団を捕捉。しかし少し距離がある。3機目からダンシングで抜け出る。もちろん引っ張るだけの足はないが、出るだけ出といたらあとはこのプロっぽい2機が何とかしてくれるやろね、なんて思ってるあいだに、すぐに2機が俺を抜き去り、ぐんぐんぐんぐん引っ張ってくれ、先頭集団捕捉。
 先頭集団のペースは前回の8耐よりは実質平均で5kmほど遅い。走っていても遅いと分かる。12時間の長丁場。ここで足を使っては馬鹿まるだしと、誰もが牽制モードで先頭を引っ張りたがらないのだ。気合と笑いを胸に秘めた伏兵にとっては最大のチャンス。3位位置をキープしてチャンスをうかがう。場内アナウンスでNKロケッツの名前が響きわたる。メインスタンドでの爆笑の波紋が俺を後押しする。
 5周目メインスタンド前、いっきに先頭に踊り出て笑いのカミカゼにならんとしたが、笑いに徹しきれない俺の弱さ。ついこのままの位置をキープした方がという誘惑に負け。
 6周目、このままの位置で終わったほうがというさらなる軟弱な誘惑に負け、ピットにラスト1周のサイン。刹那、先頭集団に動揺が走るのが分かった。ピットが早すぎる。勝つためには、ほどよく先頭集団が協力しあってペースを引き上げ、できるだけ長く周回をかさねることが必要だ。なのに、いきなり輪を乱す俺。
 先頭を引っ張っていた鉄フレームの足もとに元気がない。二番目も後続も牽制。第二ヘヤピンの立ち上がりから、またカマしてしまいました無限無責任ダッシュでトップ奪取、というとカッコいいけど、ほんとは、あんた最後なんだからちょっと引っ張ってよ、って感じで、無理やり先頭をやらされた感じ。まもなく抜かれる。5秒天下? 10秒天下? 先頭集団から脱力した3機が俺といっしょにピットインした。
 2走行目、3走行目と、みるみる足が棒になっていき、ペースダウン。以前なら9周から11周はまわっていたのに、ちょこちょこっと走ったらもう限界。ごめんなせえ、チームメイトのみんな。最後はロボットみたいになっていた。

 行程も半分以上を終え、夜が明ける。
 オートバイの世界ではもはや全国区となってメディアにも取り上げられるようになったオートボーイJS鴻巣社長率いる陣営が応援、というかヒヤカシに来訪。大人げたっぷりにスポーツドリンクを差し入れてくれたが、気を遣わずに次回からはどーんとビールを差し入れてほしいものである。

 朝がた、一時は雨に降られながらも午前10時、アンカーを務めたパンターニ遠藤が総合41位でゴールイン。夏の情感たっぷりのウィニングランのセレモニー。ほんと、この瞬間、今年の夏もよかったなぁって走馬灯。
 解散後はもうひとつのチームでアンカーを務めた宮川氏と相模大野で厳しい肝臓トレーニングを敢行し、小田急ロマンスカーの終電を逃し、急行で爆睡。
 目が覚めると、車内にはほとんど人がいなくて、携帯から何から床にブチまけていた。拾い集めてあわててホームに立つと、一陣の涼風に駅表示板の「おだわら」の文字。おだわらって、なんだぁ〜、おだわらおだわら、思えば遠くに来たもんだぁなんて浸っているうちに、ここが新しいマイホームタウンなんだという実感がじわじわと・・。つくづく終点の駅でよかった。
 
●レース全走行:81.4km
●走行時間:2時間10分3秒
●平均時速:37.5km/h
●最高速度:52.00km/h


(写真は左から、アンカーの宮川、同じくアンカーの遠藤。撮影:中川キャプテン)

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