モロだしリニューアル作戦2005 突き抜ける悦び
第1段階 オリの中の獣。

文士的高踏を捨て、自動車教習所視察

2005/06/1

 これまでの俺は長らく文士的高踏に甘たれて身をゆだねてきた。
 クルマの運転などは運転手にやらせておけばよろしい。この時代、免許はみんな持っているし、取引先の社長であれども絶佳の美女であれども、俺の前ではみな運転手である。というのも免許を持っていないというのはまことに高踏的な立場で、たとえば相手が合衆国大統領であっても俺とふたりになるや「ぼく、免許もってないんで」のひとことで運転手になってもらうことができたのである。
 なんてって、これまで安閑とのほほんしていたのだが、偏屈文士ならばそんな高踏さも愛嬌で許されるところもあるのだが、これが革命家となるとそうはいかない。
 ヴ・ナロード! 人民とともに、であり、世界愛への奉仕者であり闘士なんであるから、トラックのひとつふたつ運転できないと、ぜんぜんだめではないですか。
 革命家として生きるには、まずもって偏屈偏狭を叩き直す必要があると強く感じた先日のできごとについて。

たまごっちが肉体を滅ぼす

 たまごっちブーム再燃も三度目ぐらいだろうか。先日の学童保育所の集まりで親、子ども20人ばかりと酒席をもうけたとき、どの子もたまごっちにうち興じ、親たちもたまごっちの話題に白熱していた。中にあって俺はひとり高踏的に薄ら笑いを浮かべ端然としていると、あやや、わが娘もかたわらでいつの間に略奪してきたのか巻き寿司など喰いながら、ひとり高踏的に薄ら笑いを浮かべているではありませんか。俺は諭しました。
「餓鬼は餓鬼らしく餓鬼と遊んできんしゃい」
「だって、たまごっち持ってないんだもん」
 すると母親たちの視線がこちらに集まり、ぜひともたまごっちを与えるよう諭された。やっぱそうですよねー、そうします、と回答。それはほんとうにそう思ったからで、別に市原家において人民的な遊具娯楽を禁止しているわけではなくて、単に俺自身がたまごっちに朝から晩まで、そして晩から朝までドハマりにハマってしまう可能性の高さを危惧していただけなのである。
 前例が何度かあって、ドラクエのために高校3年の課程の3分の1を欠席し、肉体の限界に挑む無着陸連続操業のために口の中に最大6個の口内炎を患った。形を変えながら、大学時代も一度二度はそうなって、ほんとにゲエムをやりだすと延々とやめられないし、金はかからないし、もうこのまま一生これでいいんじゃないかという退廃的な気持ちに支配され、連日連夜、自らの肉体が朽ち果てるまでやめることができない。以来、テレビ、ゲエム類はすべて封じた。
 しかし娘が生まれてからも、一度だけ、このぐらいならだいじょうぶだろうと思ってはじめたソリティア(パソコンに最初からついている単純なトランプゲーム。何かの拍子に発見してしまったのだ)によってまるまる1週間を無駄にした。よく飽きないねえ、というより、眠らないでやりつづけてしんどくない? と首をかしげる健常者のワイフには到底理解できないだろうが、俺にとってゲエム、テレビの類はそのぐらい中毒性の高い麻薬なのである。
「たまごっちなんて子どもっぽいし、ほしくない」
 と娘に言われたときには、その屈折した大人ぶり(子どもっぽいって、お前は子どもじゃないか!)に驚愕した。父親が偏屈偏狭ならば小学二年にして娘まで偏屈偏狭。これはいかんと思い、
「たまごっちいいと思うなあ。おとーさん、ほしいんだけどなあ」
「じゃ、おとーさん買えば」
 ぬぐぐ。

飛行機に乗れない

 高踏の法衣を捨てて生きていくというのは、俺にとって皇国天皇の人間宣言みたいなものだ。しかし今こそ高踏的偏屈偏狭を矯正しようと思う。
・クルマを運転できない(免許がない)
・飛行機に乗れない
 このふたつはたいていの人が眉をひそめる。
「イチハラってどんなやつだっけ?」
「あのクルマに乗れない飛行機に乗れないの偏屈な男」
「ああ、あいつね、あの偏狭な男ね」
 といった会話は実際、取引先のあいだで交わされているそうである。先日までは、20年来の千葉県民でありながらディズニーランドに行ったことがないというのも偏狭偏屈項目の上位に入っていたが、これは娘と行って解消。このときほどつまらなさそうな娘の表情ははじめて見た。
 革命家ならば飛行機に乗れないのはよろしくないが、飛行機は人民船どころか、窓が開かない起居もできない、で、まったくもって奴隷船である。ファストクラスならばよさそうだが、金がないし、第一、国内線にはファストクラスはないと聞いた。
 しかし、今はもう、ヴ・ナロード! 人民の中へ! であるから、奴隷船を忌諱するファストクラス的な高踏高慢を捨てよう。でもやっぱり飛行機だけは、どうも人間としてやってはいかんのではないか、人間は空を飛んではいかんのではないか、いくらなんでもやりすぎなんではないか、という気がして、神が鳥だけに許した大空を爆音を上げて大手を振って飛ぶあの傲慢な姿、その傲慢さと裏腹にあのちっぽけな金属筒の中に何百人という人民が肩を寄せひしめきあっているのだと思うと、大地にいながら悲愴な思いにとらわれてやまないのである。
 先日抜いたばかりの小指の頭ほどもある親知らずの歯に軽くキスをする。
 神さま、この問題についてはいつかお導きください。

やりやすい方から

 飛行機の方はとりあえず神さんに委任しておくとして、まず取り組むべきはクルマの方である。
 行動こそ革命家の身上、さっそく自動車教習所に高踏的ドカティで視察に行ってきた。大型オートバイやスクーターがわらわら走っているのが目に入った。15年前に教習所に通ったときはどちらもなかった。時代の流れを感じた。しかも、スクーターやらで教習しているのはほへらほへらの男たちで、大型オートバイをぶわんぶわんやっているのは3人が3人ともうら若き乙女たちだった。時代の流れを感じた。
 ちょちょい待ち、高踏的貴族的なオートバイなど眺めている場合ではないのでした。人民の四輪車に目を向けると、ほわりほわり走っていて、じつに牧歌的な光景。しかし同時に巨大な恐怖が俺を襲う。告白します。
 高踏的貴族的なオートバイ一本でこれまでやってきたのは、じつは高踏的な理由だけではなくて、一番の要因は断固としてクルマが恐い。ほんとうに恐い。
 くり返しみる悪夢の筆頭が、クルマを運転している夢である。夢の中でいつも俺は無免許運転で、どきどきして汗びっしょりである。いくどかの試練を越え、最後は必ずどかんクラッシュ。いつもきまってアクセルとブレーキがどちらか迷って混乱するのだ。知らない女に誘惑されて早漏、というのもしばしばみる悪夢のひとつだが、これはパンツが汚れることをのぞけばある種の甘美さがある分、クルマの夢より精神的なダメージは小さい。
 バックの恐怖というのもある。後ろ向きに進むということをやったことがないだけに、どうしてもバックが恐い。ゴールドウィングという1800CCのオートバイにはバックギヤがついていて、使ってみたらいきなり駐車場のパイロンをなぎ倒した。バックは鬼門。
 じっとしていられないので渋滞が恐い。交通強者になって人を傷つけるのが恐い。オートバイは馬の延長みたいなイメージだからいいが、クルマは昔見たアニメのロボットみたいに人間が内部に乗り込むというイメージが恐い。
 ほわりほわりと進む教習所のクルマを見ているうちに、さまざまな恐怖と面倒くささにうち砕かれそうになった。中型二輪教習のときも卒業検定で放擲逃亡、一年後にゼロから再教習。限定解除のときも、事前審査に2回落ちて放擲、一年後に再度チャレンジで一発合格・・つまり過去は悪例ばかりだ。放擲せずほんとにクルマに乗れるようになるのか。夢にまでみる恐怖を克服できるのか。
 ヴ・ナロード!
 ポケットからお守りの親知らずの歯を取りだし、そっとキスした。
 ちょっと勇気がわいた。人肉喰ってスーパー戦士になったんだし、と自分に言い聞かせながら世界への愛を思った。俺は人民のために、このほわりほわりと動く四つタイヤに乗るのだ。親知らずにキス。
 視察の予定が、勢いあまって入校手続きをしてしまった。入校式と一限目の実技教習は明日である。

入校式と性格テスト

2005/06/02

 今日は自動車教習所の入校式。
 みきわめとか、修了検定、仮免許、ディスカッション、卒業検定、効果測定・・そんな複雑な免許取得までのフローを聞いているうちに、早くも放擲(ほうてき)したくなってきた。
 つづいて適性検査という性格テストをやった。
 15年前にやったのとあまり問題は変わっていなかったが、自分の回答が180度変化したものもあった。最たるものは、
「誰もいない直線道路でスピードをだせば、気持ちがすかっとすると思いますか?」
 15年前は「いつもそう思う」だったのが、今回は「ぜんぜんそう思わない」に転向。
「いつも目立ちたいと思いますか?」
 「いつもそう思う」が、今回は「どちらともいえない」
「他人の運転を見て、よくあれで運転免許がとれたものだと思うことがありますか?」
 「いつもそう思う」が、「まったく思わない」に。
 こんな調子で、いくつかの問題に対して15年のあいだに大きな変化が見られた。はっきりいうと、じじくさくなっている。明らかな退行である。
 若さの特権である自分勝手さが影をひそめ、おっさんの特権である慎重さが票をのばした。マザーテレサがこのテストを受けたらどうなるのかなと一瞬思った。
 
 つづいて第一時間目の技能教習。模擬運転機械に乗った。アクセルとブレーキとクラッチの位置と足の使い方、ステアリングのまわし方を教わった。アクセルが右で、ブレーキが真ん中、クラッチが左。とっさに間違わないだろうか。アクセルが右でブレーキが左で・・違うってば。
 教習のときは、毎回免許を見せなければならない。大型二輪のゴールド免許は、青春時代にさんざん当局から逃げまくって獲得したものだが、35歳の俺はもう逃げも隠れもしない。免許を裏表して見た教官は言った。
「このトシまで、何やってたの?」
「どうも眠ってたみたいです」

はじめてクルマを運転(1段階2時限目)

2005/06/02

 35歳にして、はじめてクルマを運転した。
 オートバイは地球10周分ぐらい走ったので、クラッチ感覚は問題なし。しかしカーブがまったくだめ。つい体を倒して済ませようとしてしまう。ハンドルをくるくるまわすという感覚がない。くるくるまわそうとすると手がもつれる。手を気にすると足が混乱する。
 車幅感覚がゼロ。ぶつけてみないことにはどこまで行けるのか想像できない。カーブでアクセルを踏んで曲がろうとして叱責された。
 3時間乗ったが、「ハンドル操作」「速度の調節」の項目に著しく問題ありの模様。
 次は坂道発進と後退をやるらしい。
 免許をとってもクルマで楽しく遊ぼうとか、具体的なイメージが皆無のため、モチベーションがわかない。が、せめてハンドル操作を体に覚え込ませようと、家の中ではいつもハンドルをくるくるまわす踊りをやっている。

車幅感覚の神が降臨(1段階5時限目)

2005/06/02

 この週末は、家の中でもひたすらハンドルくるくる踊りを行なってきたし、冷蔵庫にリポビタンDを取りに行くときだって、運転席のイメージ、右寄りを歩き、曲がるときはハンドルくるくる、冷蔵庫の前ではバックで車庫入れ。
「おとーさんって、ほんと、テッテーテキだからねえ」
 と、あきれ顔の家族を尻目にリポDを取りだすや、冷蔵庫の扉を10cm手前でいったん止め、ばたむと閉め、ドアロックの真似、シート調節、ミラー、ベルトとしゃかしゃかやり、エンジンかけてファイト一発リポビタンD!

 どうやらこれが効を奏し、本日5時限目の教習では、乗車から走りだしまでは体が自動的に動いた。苦手だったハンドルくるくるも何とかできるようになってきて、前輪と後輪をイメージした車幅感覚もなかなかいい感じ。なんといっても、せまいアパートの中で日がな夜もすがら走ってきたのだから、教習所の道路がでっかく見える。

 初教習の坂道発進、鬼門のバックも問題なし。
 時間が大量にあまったからといって、内緒でクランク、S字、狭路走行までやっちゃいましょうということになった。
「こ、こんなとこ、つっこむんですか?」
 S字の前でビビる俺に、教官は、
「いいのいいの。つっかえちゃってさ、切り返しでバックする練習なんだから」
「うしし。では」
 と、ハンドルくるくるくる。なんだ、アパート内イメージ走行よりも広いし、ラインが教本にでている青い線で見える、車幅感覚の神が突如、俺の中に降臨したかのように、わおおん、いけるいけるいけちゃうではないですかーっと、そのままクランク、狭路まで通過。
「あらら、切り返しの練習のつもりが、いっちゃいましたねえ」
「い、いっちゃいました」
 背もたれに汗びっしょり。さて次回はオートマ教習。オートマってどうやって乗るんだ?

オートマに乗る(1段階7時限目)

2005/06/08

 はじめてオートマに乗った。なんともチンラクな乗り物だ。狭路を中心に練習したが、昨日、車幅感覚の神が降臨したので問題なし。オートマ車終了。
 つづいてマニュアル車にもどって狭路。これも問題なし。坂道問題なし。
 ・・と思いッきゃ、教官に、
「おたく、大型バイクとって15年たってんだ。どうしたの急に?」
「あ、あの、なんというか、風のきまぐれというか、いや、そんなんじゃなくて、ほんとは生活とか、革命とか・・」
「ほら前! ちゃんと前見てないとバイクひいちゃうぞ」
「すんません」
「で、どこで免許とったの?」(どの教官も必ずこれを訊く。教官マニュアルにあるんだろうか?)
「限定解除だったんで、なんというか、試験場っていうんですか?」
「でさ、おたく、バイクぶいぶいやってんでしょ」
「えっ? ええっ?」
 知らないふりをして、ちらと駐輪場の高踏的ドカティを見やる。隠して入れたつもりが、真っ赤でツンとあがったケツがちらと見えている。
「あのね、運転荒いの。イニシャルDじゃないんだから、そんな気合入れてギヤ変えなくていいの」
「りょ、りょうかいです」
「だからー、気合入ってるって。三十路(みそじ)もなかばなんだから、もっと落ち着きなさい」
「落ち着き落ち着き」と言いつつ、かえってあたふたする。慣れないことをやろうとすると、とたんにすべてのプログラムがおかしくなり、ハンドルくるくるも混乱、クラッチとブレーキを混乱、ギヤをローに入れ忘れて二速発進・・と、もう無茶苦茶。
「じーちゃんになった気で、あーだるいなーって感じでやるといいんだけどさ」
 じ、じーちゃんですね。了解。じーちゃん、じーちゃん、と。
「だからぁ、気合入ってるってば!」
 教官の声にいらだちが混じる。
 じーちゃんじーちゃん、ほへへ〜、わしゃあムラ一番の頑固じじい・・がこん。
 がこん?
「あ〜あ〜、後輪ぶつかっちゃった」
「あのぅ、やっぱじいちゃんやめていいすか?」
「おたく、若いねえ」
 と、嫌みを言われつつ、イニシャルDにもどったら動揺はおさまった。終了まぎわに、
「まー、ほんとは別に問題はないんだけどね、やっぱ無駄をなくした方がいいでしょ」
 おりゃああ・・問題ないなら慣れないことやらせないでけろ。じいちゃんはじいちゃんでも、しゃっちょこばってるじいちゃんだっているんだもの。と、やや落胆気味の本日の教習であった。

交通ルールにのっとる(1段階9時限目)

2005/06/09

 自動車教習第1段階も大詰め。今日は交通ルールにのっとった運転。ミラーや目視での確認の練習である。じつはこのとき、はじめてルームミラーを使った。使ったというか、ルームミラーだとこんなふうに後ろの景色が見えるのか、と実感。オートバイにないものだけに、うほほ、こりゃ便利だわと感激。オートバイ40万キロの癖で、目視確認は自動的にわきでてくるのだが、ルームミラーを見る習慣がないので、これを体に擦り込まなければならない。

 教官と雑談をしながら練習。いや、ほとんど雑談だけで終わった。オートバイの話になると熱が入ってアクセルに力がこもってくるが、列島弾道のくだりあたりから教官が「こいつぁそうとうのキチガイだ」と思ったのか、口数が少なくなってきた。指示もなく、けっきょくほとんどの時間を雑談しながらの外周で終わった。教官は教習原簿にぺたぺたハンコを押しながら、
「いやぁ、なんか話をしているだけになっちゃってすみません」
 と恐縮しているが、雑談をしながら運転するというマルチタスクの練習は、運転を行なう脳内指令系統を意識の潜在下に沈着させることであって、貴重な体験であった。できれば雑談をしながら坂道発進、雑談をしながら狭路通過などもやっておけばよかったと、あとから思った。
 つづいての時間も同じ。
「やることないねえ」と言われたので、走りながら、ぼーっとフロントガラスから空を見上げる。
 オートバイと違ってクルマは、なんというか、乗っていて、ぐっとくるものがない。わくわくしない。だんだん退屈になってきたし、先は長いし、へたをするとまた逃亡しないとも限らない。やっぱこういうことは強力なモチベーションがないとね。
 あ〜あ、モチベーションねえ、まずは安直にうら若き女を横に乗せてドライブ、なんかこの歳になるとぱっとしませんなあ、そもそもうら若き女がどこにいるんだ?
 シフトの位置を確認しようと左手をのばすと、間違えてレバーを通り越して教官の手に触れた。ぎょっとする教官の目と目が合う。はっ、すみません。へんな妄想をしていたらこれだ。クルマに自転車積んでいって遠くで山岳トレーニング・・そんなんならクルマなんか乗らずに最初から全行程自転車で行きたいよなあ・・なんてまたフロントガラスから空を見あげていたら、ハラショー、ひらめき一閃!
 北海道いこ。
 「西へ」のスローガンとともに西方への移住を決意してから、なんとなく北海道や東北にももう行けないなあと漠然と思っていたが、北海道未体験の妻や娘にも悪いなあと後ろ髪ひかれるところはあったし、今年の夏は最後のチャンス。東北・北海道を自転車積んで。俺の運転するクルマでラストラン。助手席には娘。週末は飛行機でかけつける家内と現地合流だろう。
 おおん。なんかこう急にやる気がわいてきました。
「先生! 狭路と発着点やらしてくだし」
「あー、もういいんじゃない? コース違うし」
 しぶしぶ合意をとりつけ、先ほど思いついた雑談教習を実践。これはなかなか難しい。が、今やモチベーションの男。雑談坂道発進では少し後退したが、体が自然とリカバーした。いい感じです。雑談教習! モチベーション教習!

「夏休みにさ、クルマで大冒険旅行をするぞ」
 学童保育所に迎えに行った帰りに宣言すると、娘は、へー、おとーさんが運転するの? と言って笑った。

無線教習のはずが(1段階11時限目)

2005/06/10

 今日の教習は雨。課題は無線教習、踏切、見通しの悪い交差点。
 しかしいきなり教官が横にすわっている。
「あのぅ、無線教習って聞いたんですけんど」
 教官は何やら意味のよく分からない説明をして、「ほんじゃまあ、行きましょうか」と教習開始。無線教習でひとりで乗るものと思っていた俺は、前夜から厳しいイメージトレーニングをかさねていただけに少し落胆。何十枚とコピーした教習所内コース図を走行軌跡の赤ペンで真っ赤赤に染め上げ、しかもただのイメージトレーニングではなくって、教習コースを北海道の大地にかさねあわせるという、きわめて難易度の高いものだ。
「ああ、いいなあ北海道のクランク」
「ややっ、次は北海道の坂道発進」
「いやぁ雄大だな、北海道の踏切」
 こんな調子で、幻覚まがいのものが現れるまで北海道写真とコース図を交互に睨み、特殊なイメージで脳内を浄化していただけに、モチベーションは鼻息荒く綱を断ち切らんとする闘牛のごとく、ふんっふんっぶるるっ。
 というわけで、クルマにばたむと乗るや、気持ちは完全にホッカイドー、雨の北海道。オートバイでは何度行ってもいつも雨に打たれていた北海道、それが、当然のことながら雨に濡れない北海道もあったのだ。これ素直に感激。
「な、なんでそこで窓あけんの! 雨入るでしょが」
「あ、すみません」
 長年雨に打たれてきたせいか、濡れないと罰があたりそうな気がして落ち着かない。気持ちを紛らわせるため、先日考案した雑談教習に積極的にいそしむ。ドカティの話題で雑談クランク、BMWの話題で雑談坂道発進。教官は軽く右膝を打ち、
「いいですよぉ、じつにスムーズですよぉ」
 と、うんうんとうなずいている。ワイフのゼファー750の話で雑談踏切。ちょうど昨年の今ごろ乗っていたゴールドウィング1800の話をしつつ雑談S字。思考とは別のところで、下半身が勝手に動いている。うんうん。
 とはいっても、まだクルマめに押し出されている感覚が9割だが、1割だけとはいえ、こいつコマしたるという余裕がでてきた。このコマしたるという感覚が5割を越えてこないと、道具というやつは使用者の言うことをきかないものだ。オートバイだとイテコマしたる感が9割を越えると手足のように動くようになるが、1割の怖れを残しておかないと、どかん! とか、すってん! とか、ぢょぎり、となってしまうから注意が必要だ。
「はい、では今日はここまで。明日はみきわめですね。まあ、こんな感じでいつも通りやってください」
 教習が終わったときには、雨が上がっていた。週明けには仮免許が手もとにあるかもしれないと思うと、またしても北海道な気分が高揚してきた。
 そうだ! 仮免許で北海道一周したやつっているんだろうか?

みきわめる(1段階13時限目)

2005/06/11

 雨の土曜日午前8時30分。第1段階最終時限の「みきわめ」の今日は、なかばレジャー感覚のワイフと娘がきゃっきゃっと言いながらついてきた。
「おとーさんがクルマ運転してるんだってー。嘘みたいー、見てみたいー」
「ホント運転できんのー?」
「ほんまやて」
「きゃー」
「こわーい」
「あのなぁ」
 ついさっきまで、娘の第3次尿検査の話題でシビアな一家になっていたばかりなのにである。潜血と蛋白が2度にわたって検出され、このあと病院に精密検査にいく予定になっている。
「どんな結果になっても、北海道は行こう」
「うん。もしこの子に何かあっても、腎臓4つはあるしね」
 じ、じんぞう4つって、まさか俺のも数に入ってんのかな。なんてシビアな表情になっていた矢先だったが、予定外のギャラリーに緊張してきた。縁石にでも乗り上げようものなら、きゃー乗り上げたー、きゃーカッコわるー、きゃーきゃー、なんてことになりかねない。
 みきわめ開始。発着点にもどるごとに娘が手を振って待っている。
「娘さん?」
「はあ」
「奥さんは免許もってるんだ。何乗ってんの?」
 ちょうど教習所横にうちのインプレッサが停っているのが見えていたので、あれですと指さすと、
「へえ。マニュアルだ。奥さん、走り屋とか?」
「どうなんでしょう」
「イチハラさんもあれ乗ってんの?」
 乗ってるって、今、ワタクシは乗るための免許のために教習をしているのですが、どうもワタクシが一身上の都合でこうして教習をしていると教官は勘違いしているようで、つまり免許取り消しになったのだと思われているみたいだったので、やだなぁ取り消しじゃないですよ、と言うと、
「あ、そうなの」
 こうしてなごやかに第1段階みきわめの時間が終わった。明日は修了検定である。

踏切でスピン(修了検定)

2005/06/12

 コースは当日発表。オートバイの試験と違って、横で教官が指示をしてくれるのでぜんぜん楽である。同じ日に修了検定を受けるのは、オートマ車20人、マニュアル車5人ぐらい。俺は先発隊。のぞむところでごわす。
 さて走りだし。安全確認抜かりなし、完璧なスタート、完璧な進行、クランク、坂道、S字も危なげなし・・というところで、ちょっと色気をだして職人技を披瀝せんとS字の出口を思いっきり小回りしてやろうと左に切ったハンドルをいったんもどし、いっきにまた左に切る、うくく、うまく行きましたよ、後ろに同乗している受験者も顔がビビってるし、うくくうくく、はっ!
 左に出していたウインカーが切れとるではないですか。職人芸のためにハンドルをもどしたとき、ウインカーが自動キャンセルされてしまったのだ。何かをこちょこちょ書き込む試験官。くっそ〜、くやしいです実に慚愧の念にたえないでありますなんて思っていたら、
「お、おい、そこ左折だよ」
 あっちゃー! 交差点まで10mを切っている。とっさに、
「あ、もう一周まわります」
 と宣言して直進。一周余計にまわって左折。歳のせいか、集中力がこのへんであやしくなり、失敗のことが頭をぐるぐるまわる。

 踏切。

 この教習所の踏切は小高い丘のようで、左折をしながら半クラッチで坂道を微速前進し、停止線のところでサイドブレーキ、左右を確認しての坂道発進となり、じつは最大の難所。ちょっと苦手意識もあったが、サイドブレーキを解除した途端、ががーっと後退、ブレーキを踏まなきゃいけないはずが、間違えてアクセルを踏み込み、ブレーキと混乱してクラッチをめいっぱい踏み込んだものだから、エンジンがブバウォーーンと唸りを上げ、後退速度加速。あちゃー検定中止だこりゃあ!と混乱のまま回復運転、おいクラッチ踏んでたらあかんではないかとクラッチをぽんと戻したら、がっくん、きょきょっ! きょきょってホイルスピンの音? 試験官と後部座席の受験生の頭部がぐわんぐわんと振子みたいになる。うれしそうな顔を押し隠す受験生、渋い顔の教官。むむ、踏切前の急加速なんて明確に危険行為じゃないでしょうか、即検定中止のはずが、そのまま坂を下りながら見通しの悪い交差点通過、右折ウインカーのまま右折レーンに入り一時停止と、体制に入るや、
「きみきみ、ここは左折だよ」
 もうやけっぱちのラ・マンチャの男、確認もせずに強引にウインカーを右から左に、勢いあまってライト点灯、右折レーンから強引に横切って左折レーンに、車体は斜めのまま一時停止、もうあとは知るかと、ばぼーと加速、外周へ。
 しかし待て、ここは大人、クサらず行こうと冷静を保ちつつ、発着点に確実に停車。停車措置を丁寧に行い、安全確認、降車。クサってない、うん、大人だなあ俺って、とここで気を抜いてしまったのか、ばたむっ!とドアをぶん投げて閉めてしまった。あちゃー、やっぱクサっとるではないか。

 こんな感じで発表までの1時間半はクサりまくり、図書館で借りた「変身放火論」という書物を読みクサった。
「はい、発表します。最初、あなたね。うん、やっぱり踏切ね。ちょっと後退が大きかったね。あとS字とクランクのあと、ウインカー切れちゃったね。うん、結果からいうと、合格です」
 うなだれてうなずいていた俺はそこで、はあ、と間抜けな顔をあげた。
 試験官は残りの二人の講評に入っている。二人は課題を無事クリヤーしていたが、安全確認のことでかなりくどくどと注意されていた。「で、ふたりも結果からいうとぎりぎり合格です」

 今日の合格は、東大合格、限定解除一回目合格を含めて人生の驚愕事件トップ3入り間違いなしだ。いずれも合否のある試験であり、予想もしない結果という点で共通している。本番にだけ滅法強いラ・マンチャの男は健在だった。それにしても毎回実感するのは、人生、あきらめてはあかん、クサってはあかん、ということである。

 家に帰って報告。すでに試験終了直後に電話でダメだったと失敗内容を伝えてワイフに大笑いされていたので、合格の報に新たな爆笑。
「それって落ちる人いないんじゃないの?」
「よっぽど前半がカンペキだったんだね。崩れるまでは」
 気が早いと言われそうだが、でもほんとうに気の早い俺はさっそく「仮免許 練習中」のプレートを2枚つくった。これをつけてワイフでもちょんと横に添えたら、合法的に北海道を一周ドライブだってできるのだ。「仮免でチャレン! 北海道一周4400km」
 いいアイデア発生。かちゃかちゃかちゃ。できあがった新しいプレートは、

「仮免許 北海道一周中」

 「練習中」じゃなんか気合感じられないし、こっちの方がいい。祝福感に満ちている。ん、でも字数の関係でかなり上下のバランスが悪い。プレートは寸法が決まってるし、しゃあにゃあ。かちゃかちゃかちゃ。

 うんうん。北海道っぽいですよ、ぐっと北海道っぽいですよ。字数も「練習中」と同じだし、実弾演習ですよ、ガトリング弾、ばんばんぶっ放しますですよ。気合入ってますね、これは。
 次の第2段階はカリメン発行後になるので、わずかなあいだだが教習生活もお休みである。

NEXT

「夜明けは唐突に、そして思いもかけずやってくるものなんだ」

本邦初の園芸ハードボイルドロマン。漂う男の心の闇を救うのは、いったいだれなのか。


ある回転寿司の一家

2001年の突き抜けエッセーで読者人気が一番高かった小品。

読んだが最後。今晩の夕食は、回転寿司だ!


エイプリルフール
の誓い

月曜日という曜日は、2002年においては僕が32歳になる曜日である。次の4月1日月曜日は、世界中の人にとっては毎年やってくる「嘘をつく日」だが、僕にとっては真剣に32歳になる日なのだ。
だからこれから4月1日までの残り2週間は、仕事も何もうっちゃって、ただひたすら32歳をどういう年にするか真剣に考えなければならないと、せつに思っている。(本文より)……はたして彼のいきつく誓いとは?

※ご意見・ご感想・励まし・叱責のおたよりは、こちら
chiihiro@bunbun.com