エビのいる生活 〜ボナパルト再来〜

「エビのいる生活」は、2004年から飼いはじめたエビにまつわるシリーズです。

ebi

本気でやりだすと、どこまでもハマっていきそうなので、いかに手を抜いてテキトーに満足するかに苦心しています。

エビのいる生活

サケを飼う

 おそるべし大変転期の年2004年。最後まで油断がならなかった。
 世界をみても2004年は大変動、大災厄の年だった。国内でも10個の台風、大洪水、新潟と北海道の震災。この年もやっと終わるかと思った12月27日にも、インドネシアで歴史的な大津波が報じられた。
 僕個人にとっても大転換の2004年だったが、この大津波と同じ日、高校時代に熱狂したアクアリウムが16年ぶりに復活した。
 高校時代は熱帯魚ブリーダーになろうと真剣に思っていた。(特にディスカスという種類の魚だ) 周りがバイクとか騒いでいるときに、僕はひたすら熱帯魚だった。オートバイとかクルマに興味がないのかと訊かれたときも、逆になんで男の子たちがマシンにあんなに熱中するのか理解できなかった。

 何段にもタンク(水槽)を積める棚をつくり、それこそ部屋をタンクで埋めた。毎日の換水量は300リットルを越え、授業をサボって高校近くの熱帯魚屋に入り浸った。世話のために修学旅行もサボろうと思ったぐらいだ。正確に言うとサボっていたというより、真剣に人生を賭けて熱帯魚に打ち込んでいたのだ。

 卒業式の朝も日課の換水をした。当時、ディスカスブリーダーのあいだでは、すりおろしたニンニクを水槽に入れるのが流行していた。魚のエラを強くすると言われていた。そのとき、指についたニンニクを無意識でぺろっとやってしまった。すぐに激しく悔やんだ。ミルクを飲み、うがいをし、いろいろやったけど、電車に乗ったとき手遅れを知った。ある女の子に告白しようと思っていたのだが、ついにならなかった。
 熱帯魚をやめるのには勇気がいった。そもそも何事においても僕にとってはやめることにはすごくエネルギーを要する。同じことの反復、それも徹底した反復を好む性格ゆえか、変化を拒否し、失速させるのが難しい。やめられたのは、実家を離れたことが大きかったろう。アパート生活では本格的な飼育は難しい。ましてや居候の立場では。
 それでも結婚したときに、記念になけなしの金をはたき、トップブランドの最高峰の水槽を買った。120センチのキャビネットつき曲面ガラス水槽で、当時20万円もした。これはオートバイでいえば1800CCのゴールドウィングみたいなものだったが、アパート暮らしで維持できるようなものではない点も同じだ。水槽は撤去され、わが家では殿堂と呼ばれている実家のガレージで年月をかさねることになる。

サケを飼う アクアリウム復活のきっかけは「サケ」を11月から飼いはじめたことだった。小学校から娘が2個のイクラをもらってきた。タッパに入れておくと10日ほどで孵化した。一匹はタマゴから抜け出る途中で力尽きてしまったが、もう一匹はおなかに栄養袋をつけたまま元気に泳ぎまわっていた。僕は何時間も待った。同じように見えた2つのイクラだったが、ひとつは魚の形となって泳いでいるのに、もうひとつはいつまでも動かない。そしてこれまで僕は何も考えずにイクラを山盛りご飯にのっけって、ぞろぞろと食べていた。生きるということがよく分からなくなって、僕の頭は少し混乱していた。

 少し大きめのタッパに移して1ヶ月、彼は何も食べないのに、元気に泳ぎまわっては横になって休むのをくり返していた。イクラのオレンジ色の部分がそのまま栄養袋としてエネルギー源となっている。この袋はやがて小さくなり、体内にとりこまれたあとはウキブクロとして活躍する。栄養袋も小さくなり、体格も稚魚のときの2倍ほどになった。半透明だった体はすっかりウロコにおおわれ、目つきや口もとも精悍になっている。タッパのままでは限界だと思い、もうずいぶんと久しぶりに熱帯魚屋に行った。
 どうやらこれがいけなかった。2時間にわたって僕の頭の中は台風のように激しい渦をまき、家族があきれ果てて外に出てしまってもなお物色をやめず、かなりマニアックな一式をそろえるに至った。

 一辺20センチの金魚鉢ぐらいのかわいらしいキューブ水槽。合わせた器具や生き物もすべてミニマムサイズ。この極小という制約の中でひとつの世界観をつくりあげる。昔、身に付けた技術と知識を、このペットボトル数本分の水の中に余すことなく注ぎ込む。マキシマムからミニマムへの転換。俳句みたいだ。そういえば1800CCのオートバイから自転車に乗り替えたやつがいたな。

 水槽設置から約5時間後、サケの呼吸が停止した。10分もたたぬうちにエビが亡き骸に群がり、半日で骨を残すだけになった。せっかく水槽を用意したのにと家族はショックを受けていたが、サケは自然の中で生きるべきものだと、じつは水槽に入れた瞬間に僕は気づいていた。

「サケがエビを食べちゃうって心配してたのに、エビがサケを食べちゃった」と、娘もちょっと涙ぐみ、家内は、毎日をたいじにしようね、と言った。
 水面を見ると、サケの腹にわずかに残っていたオレンジ色の栄養分の粒が、まるで生命の名残のように浮かんで漂っていた。

(2004//12/28)

ボナパルト再来

 水槽を設置して2ケ月目にして、おそれていたとおり、水槽が増殖した。

 20年もむかし、本気で熱帯魚ブリーダーになろうと思っていた高校時代の僕は、まさに部屋中を水槽で埋めつくし、熱帯魚の世話を人には任せられないという理由で修学旅行も行かないと主張していたぐらいだった。

 20年たっても人はそれほど変わらない。今、ひそかにまたブリーディングを狙っている。水槽はこれ以上は増やさないと誓ってはいるが、ブリーディングがうまくいかないのは水槽のせいだ、とか何とか理由をつけて自然と水槽が増えていく傾向に陥りやすいというのは、すでに経験上わかっている。

 何とか今の2基目の水槽で落ち着くといいのだが、ブリーディングがうまくいったらいったで、大量の稚魚育成用に水槽が増えていく落とし穴もあり油断禁物。癒しのためのアクアリウムなのに、水替えと水質管理に明け暮れ、家族にも見捨てられ、どこにも出かけられない毎日は、もはや何かを飼っているというより、飼われているという方が正しい。

 エルバ島を脱出したボナパルトのように、またひとつの脅威がもどってきた。今回のボナパルトはエビである。

2005/2/23

雪の朝の生死

ebi 三月四日。三月の雪としては10年ぶりの大雪の朝。ソイルの上に赤いエビの死骸がころがっていた。さいさきの悪い一日のはじまりだった。導入して20日になる赤エビで死者が出たのははじめてだ。
 初代の黒エビ10尾はすでに絶滅、二期生となる黒白シマのエビは5尾中生存しているのは2匹。第3期生となる赤エビは15尾を迎え入れていた。

 エビが死ぬときは前兆がある。魚のように水中を泳ぎまわる。エビを知らないやつなら、楽しそうとか、元気そう、と微笑んでしまうところだ。しかし、これはシュリンプ・ブリーダーがもっとも怖れる死のダンス。エビが泳ぎまわったら、数日中に死ぬ。そういえば、最近、妙なことに激しいケンカがたえなかった。エビがケンカしているところをほとんど見たことがなかったので不思議に思っていた。
 不慮の死の原因はほとんど水質によるものだ。一匹が死ぬということは死者がつづく可能性があった。他に倒れてたり、ダンスしているやつがいないか水槽中に目をこらした。他に死体はなかった。そのかわり、とんでもないものを見つけた。赤エビの一匹がおなかに何か黒いものを抱いている。

 抱卵!

 最初の水槽を設置してから三ケ月。ついにブリーディングの第一歩を踏みだしたってわけだ。何度も水槽を見た。抱卵個体がでてきたということは、エビに適した水になってきたということである。一匹が抱卵するということは、後につづくやつがでてくる可能性が高いのだ。

 しかし同時に同じ水で死者もでている。いい水なのか悪い水なのか? とにかくこれからはエビのストレスを低減させるよう努力しよう。ストレスを受けると、持っている卵を落とす「脱卵」の怖れがある。目下、エビストレスの最大の要因は、無遠慮なる同居人・・つまりうちの幼ない娘である。

 娘には抱卵の事実はかたく秘しておく。そして、これからは「脱卵」の不安と戦う毎日がはじまる。

2005/3/4

意外な伏兵

 三日前、エビの抱卵を発見したばかりだったが、今度はなんと魚(アフリカン・ランプアイ)の赤ちゃんを娘が発見。
「お父ちゃん、ちっちゃい魚がいる」
「あほな」
「ほんとだよ。ほら」
 確かに毛先ほどの小さな魚が泳いでいる。水槽の中をよく見まわすと、浮き草の根に透き通った卵を数個見つけた。春なのだ。

 一週間後。

 魚の赤ちゃんが4尾に増えていた。春を感じた。

 卵を抱いたエビが2尾に増えていた。春を感じた。

2005/3/7

子どもが殖えすぎだ

 エビが抱卵して約1ケ月がたつが、その後、別の一匹が抱卵した事件をのぞけば育児手帳に新たな動きはない。この間、第2期越冬隊のうち1尾、第3期越冬隊の1尾が死亡。2期隊員はこれで全5尾中、残ったのは1尾。3期隊は15尾中10尾程度。
 エビは寿命が短く、早く繁殖を成功させないと、また補充兵を入れなければならなくなる。
 一方、まったく期待していないというのに、アフリカンランプアイという魚の子どもは5匹になった。ほったらかしにしているのに、いつの間にか増えている。これはこれで困りものだが、春だしね。むう。

2005/3/27

エビは死に魚は殖え、イカは塩辛

 エビの死骸が毎日のようにでてくる。
 抱卵した2尾も数日前までは元気だったが、今は姿を確認できていない。ふつうだったらもう生まれていてもいいころなのに、抱卵して1ケ月以上たっているし、うちの水槽の何かがエビとうまくかみ合っていないようだ。
 一方で、魚の方はその後も増えつづけ、子どもの数は7尾。エビが主役で魚は脇役だったが、こうなってくると魚の方がかわいくなってくる。子どもは親と違ってよく慣れていて、無邪気さがたまらない。

2005/4/20

敗北宣言

ebi エビが抱卵してから約1ケ月以上たったが、元気な子エビの姿を見ることもないまま、親エビのおなかに抱かれていた卵もどこかに消えてしまった。事実を認めることを先延ばしにしてきたが、今日、公式に敗北宣言を行なうことにした。

 気持ちの切り替えもかねて、4ケ月たった1号水槽をリセット。水槽のリセットとは、底床を含めてすべて入れ替えを行なうことだ。失恋したあとに髪をばっさり切るとか、競馬で大負けしたあとに坂川に飛び込む行動心理に似ている。

 リセットは、大型水槽だと完全に1日仕事だが、10cm四方のキューブ型水槽は30分程度で終了。底床は、より粒子の細かいパウダータイプのアクアソイルを使用。2号水槽内でエビにむしられ、すっかり根無し草となり水中を漂う哀れなキューバグラスという植物を、ピンセットで大昔の田植えみたいに一本一本植えつけたが、パウダーに対しては根つきも良好。以前は植えては抜けてのくり返しで、じつに根気の求められる作業に何度も髪の毛をむしりながら発狂寸前までのぼりつめたものだが、今や作業は鼻歌まじりだ。田植えというより植毛に近いかもしれない。ワイフは「机の上の畑」と呼ぶ。なかなかうまい物言いだと思った。

 一方、期待もしていなかった魚(アフリカンランプアイ)の方はまだまだ殖えつづけている。赤ちゃん魚も順調に成長。また新たな卵をひとつ発見したので、リセットした1号水槽に入れた。さだめし保育所というところか。

2005/5/2

奇跡のエビ

ebi 2ケ月あまりのあいだ、まったく水替えをしていないにもかかわらず、コケが生えない。そのかわり水草が繁茂し、ジャングルの様相。水中では場所がなくなり、水面上にまで伸びている。水の状態はひじょうにいい。小さなアクアリウムの中で完全なバランスが実現した。

 その一方で、このところの高温のために1ケ月ぐらい前にエビが全滅。ビーシュリンプというエビは高温に弱く、30度を越えると「ゲームオーバー」という定説がある。これを避けるために、エビマニアはさまざまな方策を駆使して夏を乗り切ろうとするのだ。そのひとつの方法に、水槽専用送風機がある。最近のエビブームにのって、この手の商品は夏場の売れ筋商品となっていて、各社から高性能低価格なモデルが売りだされている。ただ、もはやエビが全滅したわが家には関係ない。6月後半、梅雨の中晴れの夏日に水温は連日34度を記録していた。完全にゲームオーバーである。
 エビのいない水槽は気楽だ。アフリカン・ランプアイの子どもたちも大きくなり、水草のジャングルも夏らしい。コケが生えてくると殺伐としてくるが、水質が安定しているので2ケ月たっても美しさを保っている。
 7月末から北海道大冒険旅行に出るので、そのあいだに留守役のワイフでも最低限の世話ができるように水槽内の状態を留守練習モードに変更することにした。
 娘といっしょに水草を徹底的にカットし、半分の換水。
 コケ抑止剤3ml、アマゾンエキス1ml、水草育成剤15ml、中和剤10mlを新しい水に投入してのセッティング。二酸化炭素供給ボンベを新しいものに交換。合わせて軽くフィルター掃除もした。廃棄した水草は、まとめると子ども用のバレーボールぐらいの量になった。
 こうして水草を整理したことで水面を露出させ、ワイフでもエサをやりやすいようにした。あとは2週間ほどかけてエサやりと照明コントロールの日課訓練を施す。照明は昼間は通常灯のみ、夜間に植物育成ハロゲン灯を点灯。夜間点灯の理由は水温上昇を抑えるためだ。
 ワイフに講習しているとき、水槽の中で赤いものが泳いでいるのが見えて、目を疑った。死滅したはずのたった一尾のエビの生き残りだった。
 あの超高温をどうやって生き延びたのか? エビのエサも1ケ月以上与えていない。15尾の同期生たちの中で、たったひとり、特別な遺伝子を持っているやつがいたということか。エビの専門雑誌を見ても、34度を乗り切ったという報告は見あたらない。
 いじらしかった。俺はもう何が何でもこいつだけは守ってやろうという気になっていた。覚束ない運転でペットショップに行き、水温冷却用送風機を買ってきた。なんだか勇気のわいた日曜だった。

2005/7/23

赤ちゃん7尾

ebi 水槽のヒーターとフィルターが壊れた。急きょ、ホームセンターで買ってきたやつで間に合わしたが、能力が低いのか水質の悪化が早い。さらに冬の長い日ざしと海の照り返しが午前中いっぱい部屋じゅうに差し込むせいか、3日もすれば水が緑色ににごってくる。あたたかいのはいいが、水槽には直射日光はよくないのだ。
 繁茂した水草(マヤカとラージリーフハイグロフィラ)とアオコとでジャングル状態だったのを、根こそぎ剪定、すっきりさせた。
 すると水面近くを3mmぐらいのアフリカン・ランプアイ(小型熱帯魚)の赤ちゃんが、あっちでおろおろ、こっちでおろおろ。数えたら、7尾もいた。
 人間から見たら状態がよくないように思えても、こいつらにとっては違うんだなあ。
 それに7尾も。
 春なんだ。

2006/3/1

20年来の憧れ、エーハイム1

ebi 熱帯魚ブリーダーをめざして高校生のときに憧れたドイツ製のプロ用フィルター(水質浄化装置)、エーハイム。
 緑のボディに緑のパイプ、そして赤のロゴ。見るだけで心拍が高まった。
 2006年3月。やっと手に入れた。
 新型機種がフルセットで5000円ちょっとである。難しい操作や知識もいらない。昔はボディだけで2万円、その他にも濾材であるエーハイメックが2万円、スターター、クッションなども別途必要になる。高校生には高値の花だった。
 鉄道マニアを唸らせる機関車の重連のように、エーハイムも連結させることができる。最強の憧れだが、現在の36センチの小さな水槽に対しては明らかにオーバースペック。スーパー・オーバースペック。はっきり言うとやりすぎ。
 エーハイムのために水槽を大きくしたくなっている。
 本末転倒。
 本来は水槽を大きくした結果、しかたなくフィルターを大きくするのだ。
 徹底して道具の使い方を間違っている。
 でも・・感激・・。

2006/3/2

赤ちゃん大量行方不明?

 エーハイムを稼働させてからというもの、にごった水はぐんぐん透明度を増し、アオコも消え、良質の日本酒のような美しい水になってきている。さすがエーハイム! 20年のあこがれ!
 水質に自信が持てるようになってきたので、エビを入れる。昨年の第三期導入エビが夏に全滅してから、エビのいる生活といいつつエビがいない状態だった。1尾80円程度の日本産、ミナミヌマエビを6尾投入。活気がでてきたと思っていたら、あれ?
 アフリカン・ランプアイの赤ちゃんがおりません・・。
 7尾いたはずが、先に生まれてわりと大きくなっていた赤ちゃん以外は皆目見あたらず。
 強力なエーハイムに吸い込まれてしまったのだろうか? 済んだ水が合わなかったんだろうか?

2006/3/3

サザエ石巻貝による地震予知

サザエ石巻貝 死んだと思って水槽内に2ヶ月近く放置していたサザエ石巻貝が、この朝、突如、動きだして家族は驚愕。
 じつはこの貝、ひっくり返ると自分で起き上がれない。たまたま物陰でひっくり返っていたために発見が遅れ、救出したものの、再度ひっくり返ったまま2ヶ月近くが経過。すっかり死んだものと思っていた。
 死人が蘇るというのは、古来、不吉な予兆の代表格である。
 他の元気だった4匹の石巻貝も、水面からはるか上のガラス壁までよじ登っている。
 以前、この不思議な行動の翌日に地震が起こる前例があったので、今回予想される地震はかなり大きいのではないかと、家族に警報をだした。
 深夜、小田原で震度4。
 朝がたも1匹がまだ水面上に避難をつづけていたので、余震を警戒。
 午前7時に震度2。
 この貝は現在もまだ水中にもどろうとしない。

2006/4/21

エーハイムのチカラ

 エビ水槽にエーハイム外部式フィルターを導入して3ヶ月半。
 じつはこの間、一度も水槽に手を入れなかった。水草がちょっとジャングルの様相になっているものの、コケはまったく見当たらない!
 エサやり、照明のオンオフなど、管理は100パーセント、小学3年生の娘がやっているから、僕にとっては完全なるメンテナンスフリー。素晴らしい。
 しかし今回は彼女の強い要望で、ひさびさに水槽に手を入れた。
 といっても水替えおよびフィルター掃除はせず、もっぱら水草の整理(間引きというかトリミングというか)のみ。
 エーハイムのおかげで、30センチの小さなアクアリウムの中で、永久循環的なバランスが保たれている。

 3ヶ月前に購入した、ミナミヌマエビ6尾とサザエイシマキ貝5ひきのうち目視できるところでは、エビは2尾、イシマキ貝は2ひきが生存。アフリカンランプアイも6尾以上が生存。水槽内で生まれた2世代目も含めて1年半経過。

 エーハイムの欠点として、水流が強く、小型水槽にはむかない。
 うちではハイドロ・テラリウム用のティラポイントという排水分岐を使い、水流を5つに分散。
 それでも水流のせいか、多産だったアフリカンランプアイの出産はこの3ヶ月、一度も確認されていない。
 3部屋をぶち抜いて1ルームにした家具もないガランとした部屋では、毎日、小川のような水音が響いている。今はもう慣れたが、最初は夜中にふと水道が壊れたのかと錯覚して何度もとび起きた。
 うちの部屋に泊まった人はみんな、やっぱり夜中に水音にびっくりするそうだ。

エーハイム
※左下の円筒形のものがエーハイム

2006/6/16

7ヶ月水替えナシ! おおっ! こどもがいる!

水槽
※ジャングルのような水槽。7ヶ月ノーメンテ

 エーハイムを導入して7ヶ月間、まったく水替えなし。水質的にはまだまだいけそうだったが、植物が生い茂ってジャングル。水面をはるかに凌駕して天高く伸びたラージリーフハイグロフィラの先端は上の蛍光灯にまで達し、やむなく手を入れることにした。

 あわせて今回はミナミヌマエビ6尾とサザエイシマキ貝5尾、そして数種の水草を追加。

 水替えをしていると、既存のミナミヌマエビが数尾生きていることを確認。もともと透明のエビだが、どす黒い濃緑の無気味で野性味あふれるエビに変化していた。よく見ると、腹に抱卵している。それだけでなく、なんかちびっこくてどす黒いやつらが歩いている。知らないうちに生まれて育っていたのだ。

 エーハイムフィルターの掃除は控えた。換水とフィルター掃除を同時に行なうと、水質が急激に変化するからだ。
 7ヶ月間ノーメンテナンスのフィルターがどうなっているかは、水質が安定したら開陳しよう。

水槽
※メンテナンス後の水槽。水草が整理された。

2006/10/13

口腔の砂漠と暗黒生命体

 午前5時。僕はハマちゃんとビールを飲みながら枕を並べて寝転がっていた。
 ハマちゃんとはじめて会ったのは11時間前である。会ってから11時間、彼と僕は酒を飲みつづけ、そのあいだに彼は33歳から34歳になり、僕は携帯電話をなくした。
 エーハイムのかなでる清流のような水音が響く部屋で、その日、飲み会に行く前にフィルター掃除をした話をした。エーハイムフィルターを導入してから8ヶ月近くたつ。その間、水替えをしたのはじつに1回のみ、フィルター掃除は今回がはじめてだった。ドイツのうみだした、じつに優秀なフィルター。
 分解も簡単だった。風呂場で炉材をとりだし、本体容器に残った水をざあっと捨てたときのことである。
 排水溝に吸い込まれていく水の流れを、ぴんっぴんっと十数尾の小さな生命体が踊るのが見え、踊りながら排水溝に消えた。一瞬のできごとだった。ちょっとエビみたいにも見えたが、見なかったことにした。誰だって、暗く密封されたフィルターの底で人知れず繁殖していた生命体のことを想像したくはない。
「あれって、やっぱりエビだったんでしょうか」
「エビです」ハマちゃんは、きっぱり言った。
「でも、あんなところでエビが生きられるでしょうか」
「エビです」
「そうか。エビか」
「はい」
「流してかわいそうなことしちゃったな」
「海に帰ってますよ。だいじょうぶ」
 ハマちゃんがどうしてエビについてそんなにも確信をもてるのか僕には検討がつかなかったが、おかげでなんだか安心して、そのまま眠った。
 日がのぼるとハマちゃんは、「口腔が砂漠です」と言い、東京に帰っていった。

2006/12/13

1年ぶりの水替え&3年ぶりのリセット

 水槽の水替えは1年+1週間ぶりである。フィルター掃除は9ヶ月ぶり。
 じつに非道な飼い方である。
 その間、エサもやらず(娘がやっていたようだが)、植物は伸びるに任せ、ときどき足し水をするぐらいであった。まさに自然循環。

 植物でジャングルの様相であるが、サザエイシマキ貝のおかげでコケは少ない。今回の掃除もまた、娘から再三要求されてのものである。

 中途半端なことをせず、思い切って、リセットを行なった。
 水槽を設置以来、一度もリセットは行なっていなかったから3年ぶりである。引越しのときでさえ、水槽に底砂と魚らが入ったまま移動した。
 リセットとは、底砂をすべて入れ替える作業なので大がかりである。魚をよそに避難させる必要もある。
 網をもった娘は、うれしそうに魚すくいをやっていた。子どもにとってみれば金魚すくいみたいな感覚なのだろう。

 結果、生存者は以下のように判明。

 アフリカンランプアイ・・3尾(すべて第二世代・オス。8尾減)
 ミナミヌマエビ・・11尾(殖えている・・5尾増)
 サザエイシマキ貝・・1体(4体減)

アフリカンランプアイ

 ビーシュリンプとちがって、ミナミヌマエビはたいへん丈夫で、コケとり、老廃物掃除など、仕事熱心であることが分かった。

2007/10/22

ど根性エビ

 ああ、ハマちゃん、きみは正しかった。
 以前、フィルター掃除をしたとき、捨てた水が排水溝へと流れていくあいだに何かぴちぴちと跳躍するものを見た。暗いフィルターの底に閉じ込められて生きていける生物、あれは何だったのか?
「エビです」
 話を聞いたハマちゃんは断言した。

 あれから9ヶ月。
 再びフィルターを開けるときが来た。娘が網を持って構え、万全の体勢である。
 フィルターの底の汚泥をそっと浚(さら)うと・・(俳優・柳生さんの声で↓)
 いました・・エビです・・まっしろな、ち〜さなエビです。
 洞窟の奥底で生きる生物みたいに、目がないとかそんなことはなくて、五体満足のエビが4尾いた。
「生まれてからずっとここだったから、きっとつらくなかったよね」
 と、娘も興奮していた。

 水槽の中にいるミナミヌマエビが生んだ赤ちゃんたちが成長したものだと思われるが、水槽の中の連中に比べると、どれも色がまっしろで細身だった。この4尾の雪のように白い体を見ていると、外界のエビたちは汚れて堕落しているように思える。

ど根性エビ 生まれてからずっと、暗く狭くエサもなく、誰にも気づかれずフィルターの底で生きてきた彼らは、初めて見る光あふれる外界はどのように映るのだろう。

 ラージリーフハイグロの葉のまぶしい緑。
 流木の古樽のような匂い。
 葉先についた酸素の気泡の輝き。

 とつぜん強い刺激を受けて死んでしまうのではなないかと少し心配したが、帰還兵の四尾は今も元気にしている。
 ただ、早くも身は太り、色が汚れてきた。

2007/10/23

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著者紹介

市原千尋画像

市原 千尋
Chihiro Ichihara

1970年香川県生れ。文学ゆかりの町、小田原に移住して3年目。趣味はフライフィッシングとオートバイク。芥川賞を本気でめざすが執筆ははかどらず、このところアイロンがけ(エキストリーム・アイロニング)に興味を持ちはじめた37歳。