モロだしリニューアル作戦2005 突き抜ける悦び
第2段階 獣を公道に放つ

路上出撃(2段階1時限目)

2005/06/16

 路上出撃である。
 いよいよ路上に出るときは、さすがに、いいのかいいのか、獣を野に放つのかと思ったが、たずなを握った調教師が横にすわっているのだから、いいんでしょうね、何かあったら僕を止めてくださいと心で念じつつ、じりじりっとオリから出た。加速にもたつき、3速以上をまともに使うのははじめてなので、いちいち目で確認するが、そのたびにクルマはぐらっと左に寄る。あやしい動きに警戒したクルマらで背後は渋滞。いきなり獣むきだしだ。
 そうそう、カリメンなるものは教習原簿にホッチキス止めされていた。持ち出し禁止ということか。すでに「仮免許 練習中」のプレートもつくったというのに、がっかりだ。教官にたずねると、一応教習所としては推奨していないが、ゴールド免許だし(ほんとは失効ゴールドなのだが)、許可がおりないとも限らないから相談してみれば?とおしえてくれた。
 4速から減速するときにブレーキより先にクラッチを切ってしまい注意された。オートバイの感覚では4→3→2→1を、ばうーん、ばうん、ばうっ、ばぼ、と減速するが、しるるるる、る、と、4→1のクルマの感覚になかなか慣れず、エンストをおそれてついクラッチを切ってしまう。これは杞憂であり、4速でも低速でごりごり走るクルマのトルクには驚いた。
 発進時は、トロすぎ、とにかく加速せよ、もっと踏み込めと指導され、さすが所内のシミュレーション的なオートバイの教習と違って、クルマの路上教習は流れに乗る実戦を重視される。それにしても、よくあおられる。せちがらい世の中を感じた。
 免許取消で教習を受けていた暴力団のおじさんが、一般車にあおられて急ブレーキ。後ろのクルマを止めて、「おら、なんか文句あるんかこら」とはじまって、教官があわててとりなしたなんてこともあったらしい。
 後ろを気にしていると、ついついスピードがあがってきてしまう。うっかり70キロまでだしてしまった。
「ちょっとだしすぎだね。落しましょう」
「はひ」
 教習所にもどってくると、すぐ横で警察がネズミ捕りをしていた。せちがらい世の中を感じた路上初日だった。

市街地戦(2段階4時限目)

2005/06/17

 本日は市街地戦に突入。
 戦地に進軍する途中は法定速度(60キロ)道路で追越車線に進路変更しなければならない。高踏的なドカティでは160キロでクルマのあいだを縫って走っている場所だけに、60キロでどうやって進路変更したらいいのか想像もつかなかったが、案の定、右ウインカーをだした途端、後ろのクルマが俺を抜かしに加速してかかってきた。このむくつけ婆、いたいけな教習車がビビりながら右ウインカーだしてだんだから、加速して抜くこたあないだろうが、おかげで追越車線はずっと数珠つながりで入るタイミングを完全に逸してしまった。だいたい流れが100キロ近い追越車線に60キロ以内で車線変更するのはひどく難しいと思うのだが、さっきの唯一のチャンスを、あんにゃろう、今度見かけたら覚えときゃあ。
「あのねえ、そんな考え方だから入れてもらえないの」と教官。
「あれ、今、ぼく何か言いました?」
「この野郎、おぼえとけよって言ってましたね」
「あれ、そうですか」
 歳をとったのか、心の中で思っただけのつもりだったのに、尿漏れみたいに罵りが口から漏れてしまったみたいだ。
「このまま行ったら高速入っちゃうよ〜。どうすんの? 救急車も来てるねぇ」
 と、薄い横目で笑いながら俺に謎かけしてくる教官。この教官とは第1段階でも一度いっしょになったが、相性はかなりよくない。「三十路なんだから、もっと落ち着きなさい」と言ったあの教官である。さっきの暴言でさらに心証を悪くしてしまったようだ。
「ほらぁだめねえ」
 ブレーキとハンドルを奪われて、救急車をやりすごす。屈辱・・。
「ほらほら、このままだと高速行っちゃうよ〜」
 頭がだんだんぼぉっと白くなってきた。教官はねちねち何か言っているが、俺は肩で息をすんと出して、あごを引き、
「ガア逝きます」
「があ?」
 返事のかわりにギアを落としアクセルをガア踏み込み、ウインカー、前のクルマにベタづけから蜘蛛のように右に這いだしガガと空隙に潜り込みハザード2回・・要するにいつもみたいにやりゃあいいんだ、爽快。
 シートに深く沈みこんだ体勢から復帰しながら教官はくどくどくどくどくど言いはじめ、
「私だったら、あなたの前に出て、サイドブレーキ思いっきり引いて追突させてやりますよ。あなたが死んだところで私は何も痛くない」
「すんません」
 あとはひたすら、はい、と、すんません、をくり返した。頭が白いまま走りながら俺は汗びっしょりになっていた。これほど自分が気が短いと思わなかった。かなりショックだった。人生折り返してからは少しは大人になったと思っていたが、教官の言う通り、俺はかなり問題がある。

 市街地に入ってからは徹底的にやっつけられた。ブレーキを何度踏まれたことだろう。人がいるでしょ、減速だよ、あの人があなたの娘さんだったら同じことする? 自分のことしか考えない人だね。無人島走るんだったらあなたは上手く走れるだろうね。町はあたなにむいてないね。学生んときはスポーツ何やってた? 団体スポーツじゃないでしょ? 個人競技? ああ、やっぱり。ほらここ何キロ制限だと思ってんの。今の減速帯の意味分かってる? 速度規制が変わったんだよ。何も見てないね。横断歩道に人が待ってるよ。卒検だったら検定中止だよ今の。歩道からおばあちゃんの自転車が倒れてくるかもしれないでしょ。どうぞー、ほらどうぞー、そんなとこで譲らなくていいって、どうぞーってあなたに言ってんだよ、行きなさいって言ってんだよ、ミラー見てごらん、トラックが真後ろに来てるでしょ、ブレーキが急なの、へんなとこで譲から、譲るべきところでは譲らないくせにね。近いうちにあなたとは違反か事故で初心運転者講習で会いそうだね。あ、また、クラッチ荒いし。つながりを考えなよ。バイク、今は乗ってないの、え? 乗ってる? じゃ、ふつうそんなつなぎ方しないでしょ。全体を考えなきゃ、いつも全体を。中古車買っても損するよ。外見よくてもエンジンがボロとかね。あなたは外ヅラばっかりだ。全体を見なきゃ。あ、金持ちだから新車しか買わないか。サッカーでいうと、あなたはマエゾノだね。
 最後の方は、はぃ、と言ってうなずくのが精一杯だった。頭の中は真白を通りこしてハレーションを起こしている。所内にもどり停車までが自動的に動いていた。長かった終業のベルが鳴った。
「何もいやがらせしようと思って言ったわけじゃないから、くそーと思って、がんばってください」
「はぃ」
「ほんとは技術的には上手いと思いますよ。ただ自分のオゴリに気づいてください。ごめんなさいね、だいじょうぶ?」
 俺はハンドルから手を放すこともできずフロントガラスの先を見つめながら、はぃ、と言った。もしかしたら俺は泣いていたのかもしれない。

女鬼教官(路上強化鍛練170km)

2005/06/19

 土日はワイフのインプレッサ1.5iに「仮免許 運転中」のプレートをつけて自習をした。
 市街地を中心に二日間で170km走った。
 シフトチェンジ、車幅感覚、後退での車庫入れも、ちょびっとだけだが体が覚えてきた。苦手だった坂道発進実戦版にチャレンジしようと、早朝ならだいじょうぶだろうとふんで魔の加交差点に。しかし交差点に行き着く手前の交差点でもたつき、後ろのマジェスタにクラクションを鳴らされ、心拍が上がったまま加交差点に。サイドブレーキを引いて慎重にやったつもりが、大失敗、じつに下がった下がった。後ろのマジェスタ、びっくりしただろうなあ。ふぁふぁふぁ、ざまみそ。
 しかし、このあと、なんだか運転が荒くて散々だった。
 発着点にもどっての休み時間に、20分ほど教官役のワイフにこってり怒られた。怒られたというか、ほとんど人格否定の域に達していたが、ふだんならすぐに癇癪を起こしてちゃぶ台をひっくり返す俺も、今日ばかりはこうべをたれ、おとなしく聞いた。
「自分がクルマに乗るようになっても、やっぱりクルマに対する敵意が消えてないのよ」
 そういえばオートバイのツーリングで同行者によく同じことを言われたのを思いだす。
「誰もいないとゆっくり走るのに、クルマが見えだすと急にめちゃくちゃやりだすってのは、ふつう、逆じゃん?」

 若いころのような敵意は霧散したと思っていただけに、がっくり。やっぱ俺ってだめみたい。ぜんぜん大人になってない。
「とにかく、クルマの人だってほとんどあたたかく見てくれてるんだから、後ろなんかあんまし気にせずにカリメンらしく走りなよ」
 ルームミラーにクルマが見えると心拍が上がり、アクセルを踏み込む、が、当然オートバイのときのように視界から消えはしないからずっと心拍とアクセル開度は上がりつづけるという、苦しい胸のうちを開陳すると、
「むぅ、ほとんど心の病」
 しかし自分で気づかなかった問題に意識的になれただけでも、大きな効果があった。ミラーにクルマが見えると抑えているつもりでもアクセルが開き気味になり、操作が荒くなる。
「ほらほらほら」
「あ、いかん」
 こんなことを延々とくり返し、次第に周囲にクルマがいても心拍数をかなり抑えることができるようになった。じつにメンタルなトレーニングである。これに慣れてくると、俄然、動きがしなやかになり、運転に統合性がみられるようになってきた。
 苦手だった坂道発進も、ヒールアンドトゥーで解決。どうも俺にはこれが合っているみたいで、1mmも下がらず発進できるようになった。ただ教習でこれを使っていいのかどうかは分からない。
「うん。朝からすれば別人みたい」
 と、ワイフも満足そうだ。
 クルマに乗るということは、大人になるということなのだと知った鍛練の週末だった。

自主経路設定(2段階7時限目)

2005/06/21

 今の自動車教習は「自主経路設定」なるものが3時間ある。
 目的地が設定されていて、そこまで自分でルートを選ぶというものだ。教官は基本的に何も口出ししない。
 週末に6パターンの自主経路を2回ずつ練習しておいたので、ルートを間違うことはなかった。ワイフの指導にもとづいた週末鍛練によって、敗残の兵のごとく内省していた俺は、みごと人格改造に成功したらしく、教官も絶賛の思いやり運転に徹することができた。スムーズにいきすぎて時間がたくさんあまりそうだったところ教官が、
「ちょっと遊んでいくかい?」
 とっさにうなずきながら、ゲームセンターとか行くわけじゃないよなぁと考えていたら、クルマがびゅんびゅん来る長い上りの坂道で路肩に止まれと言う。え? え? ここに停まんですか。そう、停まって。
「よし。では、ブレーキを離しなさい」
「え? ブレーキ離すんですか?」
 ミラーを見ると、びゅわんびゅわんクルマがきている。クラッチを半クラッチにしようとすると、
「だめだめ。クラッチ切って、ブレーキ離すの。はい」
 と言われてブレーキリリース。もちろん後ろに、がー下がりはじめる。
「はい、ブレーキ! 今、3秒。いち、に、さん、て数えたね。3秒でこれだけしか下がらないんだよ」
 なるほど1mも下がっていない。
「教習生はあわててるし、今どきの若い教官たちときたら、ああしろこうしろうるさいから、生徒も坂道になるとみんなロボットみたいになっちゃうだろ? 自分では、うわっ下がったと思っても、実際にはたいしたことないんだ。3秒もブレーキ離して、たったこれだけしか下がらないんだから、坂道発進とか思わずに、ふつうにゆっくり発進しても、別にだいじょうぶなのよ。そこを慌てるからおかしなことになる」
「なるほど」
「だろ? じゃ、今度は、ブレーキ離して、どーんと落したらクラッチでキャッチしてみろ。いいか、ミットでボールを受けるみたいに、下がったクルマをクラッチでキャッチするんだ」
 ブレーキを離す。いち、に、さん、でキャッチ。
「そうだ! よくできた。じゃ、もう一回」
 いち、に、さん、キャッチ。
「よーし。ほんじゃ、キャッチしたらちょっとだけ前に動いて1mmだけクラッチを抜いてみろ。いいか1mmだけだぞ」
 いち、に、さん、でキャッチ。ゆっくり前進しはじめたところでアクセルそのままでクラッチを1mm踏む。するとブレーキを使っていないのに、クルマは坂の途中でぴたりと静止。
「よし、じゃあ1mmクラッチ上げて」
 ゆるゆると前進。
「よし、1mm踏んで」
 ぴたと停止。
「よし上げて」
 ゆるゆる前進。
「よし、これが坂道での断続クラッチってやつだ。渋滞してるときなんか、これを知ってると楽だぞぉ」
 横をクルマが何台も通りすぎていく。あやしい動きの教習車にかなり警戒しているらしく、みな、こちらをのぞき込みながら遠巻きに徐行で抜いていく。
「なんか、坂道発進できないでおろおろしているふうに思われてるみたい」
「そう! そこだよ、君。のろのろあやしい動きをすれば相手は警戒して減速する。へただと思わせれば、向こうから止まってくれる。これを合法的なる走行妨害と言うわけ、わははは。まさに路上はテクニックの宝庫なんだなあ」
 このあと教官とふたりですっかり合法的走行妨害にうち興じることになり、至るところで、俺でさえ「え? こんなとこでやっちゃって、いいんですか?」という思うような意味不明の減速を試せと指示され、そのたびにビビり顔で譲ってくれる対向ドライバーを見て爆笑するのであった。
「いいか、こっちが減速したら、相手も気持ち悪いもんなんだ。俺は電車の中で化粧くさい女がいると、頭の上から爪先までじろーりじろーり見るんだな。そうすると、女は向こうから逃げていくよ。わはは」
 教官はハゲ頭を揺らすと、おっ! と言って、俺に減速を指示した。また、合法的走行妨害の実践演習かと思ったら、路肩を高校の制服を着た兄ちゃんが自転車でふらふら走っている。携帯を見ながら乗っていた。
「よし、こいつと並んで走れ。ええい、もっと寄せろ。ぴったり並んで走れ。頭をもっと出す。相手にこっちのボンネットを見せつけるんだ」
「え、やっちゃうんですか?」
「やっちゃうんじゃない、待つんだ。ぴたっと並走して、じとーっとな」
 最初はメールに夢中になっていた兄ちゃんも、真横をのろのろとクルマが走っているのが気になりだしたらしく、ちらちらとこちらを見る。教官はにやにやしながら窓に肘をかけている。ついに兄ちゃんは根負けして携帯を胸ポケットにしまうと、歩道に入った。
「やったー! ほら、これで君は自分の手をよごさずに自転車をやりすごせたわけだ! わははは」
 このあと俺もだんだん自信がでてきて、「魔の加交差点」に行かせてほしいと頼んだ。先日、坂道発進失敗でマジェスタにぶつかりそうになったところだ。折りよいタイミングで、坂のいちばんきついところ、つまり信号待ちの先頭で信号が赤になり、
「よほほほ、いいタイミングでゲームスタートだぞ。よし信号待ちのあいだにもうちょっと遊ぶか」
 後ろにクルマがいるというのに、ここでも教官はブレーキを離せ、クラッチでキャッチしろの練習を指示。そして、ブレーキを踏んだままクラッチをゆっくり離してみろ、回転が下がったな、ではアクセルに踏み替えろ、クラッチそのままで、思いっきりアクセルふかせ、ばおおおー、「もっと思いっきり!」でベタ踏み、ばおおおおーー!
「どうだ? クラッチを一定にしとけば、進まねえだろ? 要するに失敗してアクセルを少々どかんと踏んだところで、クラッチさえできてればビビるなってことだよ。お、信号青になったぞ。本番だ。進め!」
 すいーんとオートマのように発進。感激した俺は、
「先生、今、ブレーキ踏んでました?」
「いんや、おりゃぁ、何もしとらんよ」
「ぜんぜん下がんなかったです」
「だろう? まさに路上というのはテクニックの宝庫なんだなぁ」
 発着点にもどってもまだ時間があった。
「よし、じゃ、もうちょっと遊ぼ」
 このあと、話は「お前はハンドルを握っていて地球の重力を感じるか?」というところから50億年の壮大な宇宙の歴史へと言及が及び、教官の個人史の中で、自動車整備士2級や法律学科を卒業したことに触れつつ、クルマの構造的な話、道交法の成立とその意味と博物学的に話は広がった。
「あらら、時間すぎちゃった。ごめんね」
 と、ちょっと急いで教習所にもどる。最後の最後、教習所への入口のところで非常ブレーキを踏まれた。
「ほら。自転車。せっかく巻き込み確認やったのにねー、じつにうまいタイミングでどっからか自転車が出てくるだろ? ここはな、教習所の回し者をしこんでるんだ。教習生をワナに落として一回百円。あの自転車の女はアカデミー女優賞モノだな、タイミングばっちりだ。ということで、卒検のときとか、ここは気をつけましょう」
 そう言うと教官は、「はい。この時間は大成功!」

駐停車(2段階10時限目)

2005/06/23

 今日からしばらくは梅雨の中晴れになるらしい。そういえばもう6月も終盤なんだなあと慨嘆。
 本日の教習は駐停車。
 所内でやるのかと思ったら、二人一組になって、3kmほど離れた運動公園まで行き、巨大な駐車場で実践教習。自主経路設定といい、ほんとに今の教習はよくできている。

 運動公園駐車場では、昼寝おサボりの営業車がけっこう停まっていた。オートマでの教習なので、相方は大学生の女の子。最初は端っこのクルマのいないところで基本を学ぶ。教え方がほんとに上手いので、女の子も俺もすぐにできるようになった。
 次は昼寝サボりの営業車たちの間に入る練習。いきなり目の前に教習車がじりじりとバックで迫り、薄めを開けた営業マンのぎょっとした顔。ぶつけられてはかなわぬと、あわてて逃げだすクルマも。なんともほのぼのとした教習だった。

 教習の帰りはTZR50Rでパイーンペイーンとやりながら懐かしさを噛みしめる。教習をやっている最中の初心が、はじめてエンジンのついた乗り物で公道に出たころをいやが応にも思いださせてやまない。TZR50で公道を走ったときの感激と興奮。早朝から乗りまわしたものだ。
 信号待ちのとき、ふと尻ポケットから取りだして免許を見た。教習のときは毎時間提示しなければならないので、すぐに出せるよう入れている。原付免許の取得日が記されていた。7月27日。
 初心とはいいものだ。なぜかいつしか人は初心を忘れる。
 免許を尻ポケットにもどしながら思った。いい機会だ、俺の中にもう一度、初心を刻みなおそう。TZR50Rのエギゾーストノート(排気音)が心地よく響いた。
 梅雨の中晴れ。
 北海道には梅雨がないんだっけ。からっと晴れてんのかなあ、やっぱ。

危険予測ディスカッション(1段階11時限目)

2005/06/24

 危険予測セット教習は、3人が一台のオートマ車に乗り、互いの運転をチェックし、セットになった学科でディスカッションするというものである。大学生の男の子とおばちゃんを後ろに乗せ、最初の乗車の俺。特に問題なく終わった。おばちゃんの運転はやっぱおばちゃんだった。大学生の運転はやはり大学生だった。
 ディスカッションでは、見通しの悪い交差点でなかなかクルマが切れず、そこへ歩行者がやってきたのでバックをして通したり、徹底して相手を先に通す作戦の俺の運転に対して、おばちゃんが異論の矢を立てた。要するにトロすぎるという意見だ。確かに、おばちゃんは自転車、歩行者をとりあえず抜きにかかるポリシーで運転しているようだった。
 確かに俺は三人の中でいちばん慎重だった。自信がないし、怖いんです、ごめんなさい、と思っていたら、おばちゃんは教官に叱責されていた。しかしまあ、北海道くんだりでちんたら走ってたら、煽られるんだろうなあ。

 そうそう。北海道への出発日を7月末あたりに決めた。娘と俺の二人で自転車とテントをクルマに積んでの貧乏旅行。4、5日かけてちんたら北海道上陸し、ちんたら時計周りで道東をめざし、週末に世帯主のワイフと合流することにした。彼女はすでに行きと帰りの飛行機を予約。オホーツク紋別空港とかいう空港だ。
 ワイフと合流しての初日だけは旅館を予約。7月末の土曜日にもかかわらず、サロマ湖畔の温泉の予約がとれて驚いた。さすが穴場の道東。しかし最大の問題は、俺の運転でほんとに到達できるのだろうか。しかし飛行機も旅館もとったんだし、もうやるしかない。

方向転換(2段階14時限目)

2005/06/25

 方向転換の教習は要するに車庫入れである。
 実戦上、とてもたいせつな技術なので練習にも身が入った。しかしあきれるほどへたくそだ。技術云々より頭が悪くて嫌になる。何度言われても、すぐに目安を忘れる。細かいことを覚えることができないから、徹底的に体に覚え込ませるしかない不幸な生い立ちなんである。
 とにかく車庫入れをマスターしないことには、娘との北海道貧乏旅行でたいへん困ったことになるだろう。じつは娘は、先日の第3次精密検査で3度、尿に高い潜血反応がでた。その他にも、尿蛋白、コルステロール、カルシウムが過多との閾値にあった。微妙なラインではあるが、「安心してください」とは言い切れない状態だと医師は言った。怖いのは腎炎の可能性を否定できないことである。透析の苦痛は想像を絶する。親族血族を調べても、腎炎、尿結石の該当者はいない。なぜ突然娘に、と思うが、誰かが言っていたように親というものは子どもの運命に対して、ちょうどPKを受けて立つゴールキーパーみたいに、ただ両手を広げて立っているしかない。あがいてもあがかなくても結局は、運命のボールが右に行くか左に行くかを待つしかないのだ。カルシウム制限、コルステロール対策、そして毎月の検査。今やれることはそれぐらい。
 だからどんな運命が待っているにせよ、今回の北海道大冒険旅行は敢行するしかないと思っている。そもそも小学生のくせにコルステロールが高いなんて、完全に現代病である。俺たち70年生れだって戦後に比べればけっして貧しい時代じゃなかったかもしれないが、いつも腹をすかせていたし、給食代をもらうのも気がひけたものだ。何を食べたい? と訊いても、「べつに〜」とこたえる娘をふだんから見ていて、一度、貧乏の辛酸をなめさせたいと思っていた。ハンゴウで炊いたご飯に塩を振りかけるだけでも、野外で自分でつくって食べればどれだけ美味いか。貧乏の美味さを共有してみたいと思っているのだ。
 So、そのためには、まず地元のスパーマーケットの駐車場にクルマを停められるようにならねば。
「ごめん、ここクルマいるから、別の探すわ」
 とかいってうろうろしているうちに、あったあった誰もいない駐車場と思って入ったら閉店だったりして、その日は食うものもなく、キャンプ場もクルマとクルマの間に停めることができず、むなしく路上にてひもじい車中泊。これでは貧乏の味どころか、飢餓海峡。車庫入れの猛特訓が必要だ。

縦列駐車(2段階15時限目)

2005/06/26

 卒業検定で、この縦列駐車か昨日の方向転換(車庫入れ)が検定項目に含まれていると聞いて愕然とした。ワイフの話では卒検は路上でちょろちょろっと走るだけと聞いていて安閑としていたのだが、昔と今はだいぶ検定や教習も変わってしまったようである。
「こんな難しいの、おばちゃんたちもやっちゃうんですか?」
「そ〜だよ〜」と教官。
「めちゃ落ちません?」
「どうかな、だいたい卒検は合格率92パーセントぐらいだからねえ」
 落ちたら恥ずかしいなあ。でも、おばちゃんたちは延長教習でみっちり仕込まれてるから合格率も高いのだろう。いわば、上手くもないのに何となくすれすれラインでみきわめを通過してしまうような俺みたいな人間が残りの8パーセントになるのだろうか。練習であれこれ言われてやっとこさできる程度なのに、本番で緊張しつつびしっとうまくいくわけがない。
 楽しいことを考えよう。
 免許をとったらまずやってみたいこと。
 チャリを積んで筑波山のふもとに行き、そこからクルマを降りてヒルクライムアタック。だくだくの汗を下山で飛ばし、まったり疲れて帰ってくる。
 社員の青山君に、クルマもイチハラさんにとってはチャリンコのパーツのひとつなんですよね、と言われたが、当たっているかもしれない。チャリのこと、北海道のことを考えると、憂鬱なクルマの運転も少し元気がでてくる。

立体駐車場(2段階16時限目)

2005/06/27

 教習項目「駐停車・特別」のこの時間は、2時間連続の実技教習で、なんと実際のお店の立体駐車場に行く。ありがたいことだ。北海道に行くにはフェリーに乗らねばならぬ。だから立体駐車場はフェリーへの乗船練習である。
 大きな船に乗ったことのない娘が、まんまろに目を見開いてわーわー言っているところなんかを想像すると、突き上げるようにモチベーションがわいてくる。
 細い階段を上がって2等船室の広間に荷物を降ろしたら、デッキに上がろう。出港を見届け、ゆっくり船の中の展望風呂に行く。波にあわせて湯船の湯が揺れる。娘は小学2年生になるというのに、健康センターなどでは、まだいっしょに男風呂に入っている。いい加減からだも大きいので、娘はよくても、周りの男たちがぎょっとした顔をするので恥ずかしい。しかしもうこれもほんとうに最後だろう。
 駐停車のときは、オートマ車で2人一組での教習だたが、今回は1人でマニュアル車に乗る。高島屋の立体駐車場をめざして渋滞路を進み、通っていた高校の横を通った。なぜかこのタイミングで、
「イチハラさんはこのへんに住んでるの?」
「これ、ぼくの通ってた高校です」
「あ〜、そうなの」
 俺の顔に何か懐かしさみたいなものが浮かんでいたのだろうか。
 高島屋の立体駐車場の入口では警備員がきちんと誘導してくれたし、駐車券も渡してくれたので楽だった。3階までぐるぐる上り、車庫入れの練習を数回。
「ほんじゃお茶でも飲みましょうか」
 と教官に促され、クルマを降りてエレベーターに。
 待合室みたいなところで教官がジュースをおごってくれた。煙草を一服しながら、偶然にも北海道の話になる。教官は先週、仲間と2泊3日で行ってきたのだった。
「やっぱ、アレですか?」
「ああ、一年に一度の抜きツアーだ」
 そんな感じで、国道16号の方をまわって帰ってきた。少し時間があまったので、縦列駐車の練習をやらせてもらった。

高速教習(2段階18時限目)

2005/06/28

 北海道へのアプローチとして、まず仙台あたりまでは深夜の高速道路移動で行こうと思っている。オートバイのときは下道で仙台まではさんざん行った。往復で考えたら2〜30通りぐらいのルートを使ったはずだ。荒れた林道に入り込んでしまって引き返したなんてこともあった。数多くの名(迷?)ルートがあるが、険阻な夜道をクルマで無事通過できるだけの技量的な自信がない。
 仙台から先も、しばらくは素直に主要国道を通ろうと思う。考えてみたら以前は、紆余曲折のリアスルートとか山岳ルートばかり狙い打ちしていたので、まともに仙台以北の主要国道を走ったことがない。大型トラックが行き交うぐらいのカーブなんかを通りながら、少しずつハンドル操作を覚えていこう。
 高速教習はふたり一組で行なった。
 流山インターチェンジから常磐高速に入り、水戸方面に進む。合流にむけてめいっぱい踏み込むがあまり加速しない。オートバイならカーブの後半から開けはじめ、ツナギなら左膝を擦る。合流車線の右端めいっぱいまでハングオンのまま開けつづけ、バンクしたまま外側にはらむように走行車線、第二走行車線、追い越し車線と加速しつづけ(つまり右に移動するのに左バンクしているということである)、オートバイが直立するときには200キロを越えている。しかし恐怖感はクルマの方が大きい。80キロでもすごいスピード感である。視線が低いせいだろうか。少しのハンドル操作で左右に触れる。まっすぐ走ろうと思うと体がかたくなって、かえって左右にふらふらする。なかなか難しい。クルマはとにかく自信がない。ゆっくり行くことがたいせつだ。

みきわめ(2段階19時限目)

2005/06/29

 「仮免許 練習中」のプレートをつけて、インプレッサ・ラリー嘘レプリカ車でけっきょく300キロ近く市街地を走った。路地に入ってしまい、ビビったことも数度。そんなときに限って、教官役のワイフは眠っていたりする。
「まあ、眠れるぐらいになったら合格でしょ」
 とワイフの言うように、少しは北海道を走っている自分がイメージができるようになってきた。インプレッサも徐々に北海道仕様に仕上げて気分をもりたてていこう。
 昨年(2004年)からWRC(ワールドラリー)が北海道で行なわれるようになった。六連星インプレッサが北海道を走るならラリーウィングは必需品であるとの主張に、ワイフはボーナスをはたいて中古のSTi用純正ウィングを買ってきた。装着するときに、純正の六連星のロゴをはがしてもらい、かわりにコロナビールのロゴを貼ってもらった。
 次に電源を確保すべく、インバーターを装着。家庭用コンセントで140Wまでの機器を車内で使えるようになる。パソコン、携帯電話、デジタル一眼レフキャメラの充電が可能なはずだ。これでモバイルオフィス(移動オフィス)として最低限の仕事はできるはずだ。ヴァケイションではない。あくまで今回の北海道は日常の延長であり、来るべき渡世人ライフの実験でもある。
 スピードをだすつもりはないが、取締対策レーダーも新調しようかと思う。今使っているものは、もう何年もオートバイに実装してきたものなので、スイッチ類が馬鹿になってきている。
 それにしてもクルマを運転するというのは、何と憂鬱なものだろう。自習にも身が入らなくなってきた。もうこんなもんでいいか、という感じもある。

 教習としては最後の時間である第2段階のみきわめ。
 路上運転については教官から特に注意はなかった。もっとも300kmも自習したのだ。が、所内での車庫入れが一発で決まらない。ぶつかったり、縁石に触れたりはしないが、あやふやなやり方でおぼつかない。何度か練習をさせてもらったが、いまひとつ。縦列駐車は儀式みたいなもので問題なし。卒業検定では車庫入れが鬼門になりそうだが、まあ何とかなるのではないかと思っている。
 北海道出発まで1ケ月を切った今いちばん考えるのは、免許をとることよりも、そのあとの短期間の運転トレーニングにあると思う。俺の場合、他のクルマの動きに対して、どこまで自分を冷静に保ち、自分の技量にみあった運転(つまり法定速度運転)に徹することができるかだ。クルマに対する敵意とワイフは言ったが、正確には違う。世の中の無神経に対する怒り、だ。悪は意識的だし少数だ。しかし無神経は、ときとして善人の皮をかぶり、最悪なことにそこら中に蔓延している。
 先日のプールでの喧嘩で俺がいちばん愕然としたのは、自分の無神経を自覚できる可能性は絶望的な確率でしかないということだった。無神経は犯罪ではない。だからなお気づきにくい。へたをすると一生気づかない。しかし人は確実に死ぬ。プールでの無神経で人は死なないが、クルマを運転するということは、つまりそういうことだ。クルマの免許をとったら、俺は加害者側、無神経側に加わる可能性を覚悟しなければならない。それは小さな銀の星をひっそり守ってきた俺にとって、否定しがたい自己矛盾を抱えることでもある。
 すべての教習課程は終わった。明日は卒業検定である。

つづきを読む


エイプリルフール
の誓い

月曜日という曜日は、2002年においては僕が32歳になる曜日である。次の4月1日月曜日は、世界中の人にとっては毎年やってくる「嘘をつく日」だが、僕にとっては真剣に32歳になる日なのだ。
だからこれから4月1日までの残り2週間は、仕事も何もうっちゃって、ただひたすら32歳をどういう年にするか真剣に考えなければならないと、せつに思っている。(本文より)……はたして彼のいきつく誓いとは?


ある回転寿司の一家

2001年の突き抜けエッセーで読者人気が一番高かった小品。

読んだが最後。今晩の夕食は、回転寿司だ!

「夜明けは唐突に、そして思いもかけずやってくるものなんだ」

本邦初の園芸ハードボイルドロマン。漂う男の心の闇を救うのは、いったいだれなのか。

 

※ご意見・ご感想・励まし・叱責のおたよりは、こちら
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