ボナパルト再来
水槽を設置して2ケ月目にして、おそれていたとおり、水槽が増殖した。
20年前、本気で熱帯魚ブリーダーになろうと思っていた高校時代の僕は、まさに部屋中を水槽で埋めつくし、熱帯魚の世話を人には任せられないという理由で修学旅行も行かないと主張していたぐらいだった。
20年たっても人はそれほど変わらない。今、ひそかにまたブリーディングを狙っている。水槽はこれ以上は増やさないと誓ってはいるが、ブリーディングがうまくいかないのは水槽のせいだ、とか何とか理由をつけて自然と水槽が増えていく傾向に陥りやすいというのは、すでに経験上わかっている。
何とか今の2基目の水槽で落ち着くといいのだが、ブリーディングがうまくいったらいったで、大量の稚魚育成用に水槽が増えていく落とし穴もあり油断禁物。癒しのためのアクアリウムなのに、水替えと水質管理に明け暮れ、家族にも見捨てられ、どこにも出かけられない毎日は、もはや何かを飼っているというより、飼われているという方が正しい。
エルバ島を脱出したボナパルトのように、またひとつの脅威がもどってきた。今回のボナパルトはエビである。
2005/02/23
エビ抱卵
●水槽が増殖(3月1日)
エビのブリーディングをめざしての2基目の水槽。設置1週間後の2月14日に15匹の赤いエビを通販で買って投入。赤いのがうじゃうじゃいると、ちょっと気持ち悪いが愛着もひとしおで、好物の桜エビが食えなくなりそうだ。
●雪の朝の生死(3月4日)
三月四日。三月の雪としては10年ぶりの大雪の朝。赤いエビの死骸がころがっていた。さいさきの悪い一日のはじまりだった。導入して20日になる赤エビで死者が出たのははじめてだ。初代の黒エビ10尾はすでに絶滅、二期生となる黒白シマのエビは5尾中生存しているのは2匹。15尾の三期生赤エビでの死者ははじめてだった。
エビが死ぬときは前兆がある。魚のように水中を泳ぎまわる。エビを知らないやつなら、楽しそうとか、元気そう、と微笑んでしまうところだが、これはエビブリーダーが死ぬほど怖れる死のダンス。エビが泳ぎまわったら、数日中に死ぬ。そういえば、最近、妙なことに激しいケンカがたえなかった。エビがケンカしているところをほとんど見たことがなかったので不思議に思っていた。
不慮の死の原因はほとんど水質によるものだ。一匹が死ぬということは死者がつづく可能性があった。俺は他に倒れてたり、ダンスしているやつがいないか水槽中に目をこらした。他に死体はなかった。そのかわり、とんでもないものを見つけた。赤エビの一匹がおなかに何か黒いものを抱いている。
抱卵!
最初の水槽を設置してから三ケ月。ついにブリーディングの第一歩を踏みだしたってわけだ。うれしくて何度も水槽を見てしまう。抱卵個体がでてきたということは、エビに適した水になってきたということである。一匹が抱卵するということは、後につづくやつがでてくる可能性が高いのだ。
しかし同時に同じ水で死者もでている。いい水なのか悪い水なのか? とにかくこれからはエビのストレスを低減させるよう努力しよう。ストレスを受けると、持っている卵を落とす「脱卵」の怖れがある。目下、エビストレスの最大の要因は、無遠慮なガキ、つまりうちの娘である。娘には抱卵の事実はかたく秘してく。そして、これからは「脱卵」の不安と戦う毎日がはじまる。
2005/03/04
意外な伏兵
三日前、エビの抱卵を発見したばかりだったが、今度はなんと魚(アフリカン・ランプアイ)の赤ちゃんを娘が発見。
「お父ちゃん、ちっちゃい魚がいる」
「あほな」
「ほんとだよ。ほら」
わが目を疑ったが、確かに毛先ほどの小さな魚が泳いでいる。水槽の中をよく見まわすと、浮き草の根に透き通った卵を数個見つけた。春なのだ。
2005/03/07
新たな生命が、春。
魚の赤ちゃんが4尾に増えていた。春を感じた。
卵を抱いたエビが2尾に増えていた。春を感じた。
2005/3/16
子どもが増えすぎだ
エビが抱卵して約1ケ月がたつが、その後、別の一匹が抱卵した事件をのぞけば育児手帳に新たな動きはない。この間、第2期越冬隊のうち1尾、第3期越冬隊の1尾が死亡。2期隊員はこれで全5尾中、残ったのは1尾。3期隊は15尾中10尾程度。
エビは寿命が短く、早く繁殖を成功させないと、また補充兵を入れなければならなくなる。
一方、まったく期待していないというのに、アフリカンランプアイという魚の子どもは5匹になった。ほったらかしにしているのに、いつの間にか増えている。これはこれで困りものだが、春だしね。むう。
2005/3/27
エビは死に魚は殖える
エビの死骸が毎日のようにでてくる。
抱卵した2尾も数日前までは元気だったが、今は姿を確認できていない。ふつうだったらもう生まれていてもいいころなのに、抱卵して1ケ月以上たっているし、うちの水槽の何かがエビとうまくかみ合っていないようだ。
一方で、魚の方はその後も増えつづけ、子どもの数は7尾。エビが主役で魚は脇役だったが、こうなってくると魚の方がかわいくなってくる。子どもは親と違ってよく慣れていて、無邪気さがたまらない。
2005/4/20
敗北宣言
エビが抱卵してから約1ケ月以上たったが、元気な子エビの姿を見ることもないまま、親エビのおなかに抱かれていた卵もどこかに消えてしまった。事実を認めることを先延ばしにしてきたが、今日、公式に敗北宣言を行なうことにした。
気持ちの切り替えもかねて、4ケ月たった1号水槽をリセット。水槽のリセットとは、底床を含めてすべて入れ替えを行なうことだ。失恋したあとに髪をばっさり切るとか、競馬で大負けしたあとに坂川に飛び込む行動心理に似ている。リセットは、大型水槽だと完全に1日仕事だが、10cm四方のキューブ型水槽は30分程度で終了。底床は、より粒子の細かいパウダータイプのアクアソイルを使用。2号水槽内でエビにむしられ、すっかり根無し草となり水中を漂う哀れなキューバグラス((水中植物でゴマ粒よりも小さな葉をつける。高価で育成も難しいだけでなく、水槽内の小動物が退屈しのぎにむしる))という植物を、ピンセットで大昔の田植えみたいに一本一本植えつけたが、パウダーに対しては根つきも良好。以前は植えては抜けてのくり返しで、じつに根気の求められる作業に何度も髪の毛をむしりながら発狂寸前までのぼりつめたものだが、今や作業は鼻歌まじりだ。田植えというより植毛に近いかもしれない。ワイフは「机の上の畑」と呼ぶ。なかなかうまい物言いだと思った。
一方、期待もしていなかった魚(アフリカンランプアイ)の方はまだまだ殖えつづけている。赤ちゃん魚も順調に成長。また新たな卵をひとつ発見したので、リセットした1号水槽に入れた。さだめし保育所というところか。
2005/5/2
奇跡のエビ
2ケ月あまりのあいだ、まったく水替えをしていないにもかかわらず、コケが生えない。そのかわり水草が繁茂し、ジャングルの様相。水中では場所がなくなり、水面上にまで伸びている。水の状態はひじょうにいい。小さなアクアリウムの中で完全なバランスが実現した。
その一方で、このところの高温のために1ケ月ぐらい前にエビが全滅。ビーシュリンプというエビは高温に弱く、30度を越えると「ゲームオーバー」という定説がある。これを避けるために、エビマニアはさまざまな方策を駆使して夏を乗り切ろうとするのだ。そのひとつの方法に、水槽専用送風機がある。最近のエビブームにのって、この手の商品は夏場の売れ筋商品となっていて、各社から高性能低価格なモデルが売りだされている。ただ、もはやエビが全滅したわが家には関係ない。6月後半、梅雨の中晴れの夏日に水温は連日34度を記録していた。完全にゲームオーバーである。
エビのいない水槽は気楽だ。アフリカン・ランプアイの子どもたちも大きくなり、水草のジャングルも夏らしい。コケが生えてくると殺伐としてくるが、水質が安定しているので2ケ月たっても美しさを保っている。
7月末から北海道大冒険旅行に出るので、そのあいだに留守役のワイフでも最低限の世話ができるように水槽内の状態を留守練習モードに変更することにした。
娘といっしょに水草を徹底的にカットし、半分の換水。
コケ抑止剤3ml、アマゾンエキス1ml、水草育成剤15ml、中和剤10mlを新しい水に投入してのセッティング。二酸化炭素供給ボンベを新しいものに交換。合わせて軽くフィルター掃除もした。廃棄した水草は、まとめると子ども用のバレーボールぐらいの量になった。
こうして水草を整理したことで水面を露出させ、ワイフでもエサをやりやすいようにした。あとは2週間ほどかけてエサやりと照明コントロールの日課訓練を施す。照明は昼間は通常灯のみ、夜間に植物育成ハロゲン灯を点灯。夜間点灯の理由は水温上昇を抑えるためだ。
ワイフに講習しているとき、水槽の中で赤いものが泳いでいるのが見えて、目を疑った。死滅したはずのたった一尾のエビの生き残りだった。
あの超高温をどうやって生き延びたのか? エビのエサも1ケ月以上与えていない。15尾の同期生たちの中で、たったひとり、特別な遺伝子を持っているやつがいたということか。エビの専門雑誌を見ても、34度を乗り切ったという報告は見あたらない。
いじらしかった。俺はもう何が何でもこいつだけは守ってやろうという気になっていた。覚束ない運転でペットショップに行き、水温冷却用送風機を買ってきた。なんだか勇気のわいた日曜だった。
2005/7/3 |

「夜明けは唐突に、そして思いもかけずやってくるものなんだ」
本邦初の園芸ハードボイルドロマン。漂う男の心の闇を救うのは、いったいだれなのか。

ある回転寿司の一家
2001年の突き抜けエッセーで読者人気が一番高かった小品。
読んだが最後。今晩の夕食は、回転寿司だ!

エイプリルフール
の誓い
月曜日という曜日は、2002年においては僕が32歳になる曜日である。次の4月1日月曜日は、世界中の人にとっては毎年やってくる「嘘をつく日」だが、僕にとっては真剣に32歳になる日なのだ。
だからこれから4月1日までの残り2週間は、仕事も何もうっちゃって、ただひたすら32歳をどういう年にするか真剣に考えなければならないと、せつに思っている。(本文より)……はたして彼のいきつく誓いとは?
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