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6. そしてへヴァルハラ(注1)へ 最後の山越えを決意した僕たちは480号の入口を探しながら進んだ。道路案内板のセンスは関西と関東とではまったく違う。480号を示す看板はあったものの、いったいどれがそうなのか分からない。それだけ小さな道ということもあるのだが、とりあえずスタンドに入った。ヤンキー兄ちゃんが一人で店番をしていたのだが、どういうわけか彼はドクターのFJに釘付けになっている。ここいらでは「ぜふぁー」とかでなくてFJがヤンキーバイクなのか、それともドクターのFJがこの地方でいうヤンキー仕様にハマッたのかは知らぬが、とにかくここからのドクターは明らかに冴えていた。だいたい今入った道が480号なのかもアヤシイと思っていたのに突然Uターン気味に右折するドクター。なんなんなん?と思いつつ、しばらく走ると480号の看板があるではないか。あれほどの方向音痴を見せつけてきたドクターが、ここにきてほとんど動物的な直感で道を選別している。おそらく彼自身でさえ長らく忘れていた最後の隠し子(遺伝子)が目覚めつつあったのだ。愚かにも僕はそのかすかな兆候を見逃していた。 480号は1〜1.5車線のほとんど林道系の山岳道である。自動操縦モードのドクターと幽体離脱の僕。危険な二人は快調なペースでジムカーナをこなす。そう、こういうときは路面が滑るとか、谷に落ちたらどうしようとか、そんなことを考えてしまうシラフよりも極限の酩酊とでもいうべき今のような状態の方がイケてしまうものだ。かつて1200km東北リアスイッキ走りツーリング(注2)や伊豆一周甲府・佐久・碓氷峠経由日帰りツーリング(注3)における徹底下道走破時における幽体離脱の経験はあった。深夜、砂の浮いた雨霧の峠道をぎりぎりに攻めたときには「神の領域」を感じた。後ろで走っていた盟友が「あんたじぇったい超音波だしてる!」と叫んでいたが実際僕はほとんど目を開けていなかった。COOOOL! まさに今その「神」を感じていた。気づくと目を閉じている。マイクロスリープと覚醒とをコンマ5秒間隔で交差させることにより、実像と虚像とが混然とした世界観を得る。ドクターは人馬一体という。違う。宇宙の「気」と一体化するのだ。
ブラインドコーナーの向こうから高速で接近してくる物体。一瞬にして僕たちの横をすれ違っていった。 KDX250バイカーズ。その地元走り屋の速度は明らかに僕たちより上だった。悔しいがここはバイカーズの天下だろう。同じ方向でなくてよかった。 再び幽体離脱に戻りリズムよく上りの細道を駆け抜けていくと、わが念波GPSが異常な速度で接近する物体をキャッチ。しかも今度は後方からである。あっという間に追いついてきたそれは間違いなくさっきのバイカーズだった。調子こいて走っている他県のバイクを調伏しようとUターンしてきたのだ。こちらも負けずに、 「へッ、しゃらくせえ!」 と威勢のいい意識とはうらはらに、おりょりょ? 左手が勝手に左ウィンカーを。な、なにやっとねん! おまけにアクセルから右手まで離してお先にどうぞをしてしているよ。何も頭まで下げることはなかったとも思うのだが、僕の丁重なゴメンナサイの横を軽くフロントを上げながら昂然と抜いていくバイカーだった。 バイカーはドクターの背後に張り付いた。しかしいつまでたってもドクターは譲ろうとしない。ドクター、やめといた方がええんやないですか、と弱気な番頭のような気分で後ろから見守る。荷物満載のFJはどう見てもさわやかツーリングライダーである。この道を今の速度で走っているだけでもすでに限界のはずなのだ。 やっとのことでドクターが譲ったのは上りが終わる直前だった。驚いたことにドクターは追いかけはじめた。道はすでに下りに入りはじめている。ドクターの男気。峠の頂上で僕は雷に打たれたように目の前が真っ白になった。 きつい下り道。少なくとも母艦FJ1200は小型機を相手にする船ではない。ここまで僕はほとんどドクターのFJにのっかってきたようなものだ。今、艦載迎撃機を出さずしてドクターの恩に報いる機はありや。 「艦長! 出撃許可を!」 「しかし今の君は……」 「にんげんばんじさいおうがうま、ともいいます」 「君の熱意は分かったが、意味が分からん」 「人生は確かに残酷だが自分で棄てるほどひどいものではない、とゴーゴリもいっています」 「さっさと行きなさい!」 ドクターの右側からカタパルトではじかれたように飛び出すZXR。
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北欧神話における戦士の休息の地。いっさいの戦いから解放された清浄の地。
(注2)東北リアスイッキ走りツーリング 日本は島国。その海岸線をすべて直線上にのばすと、赤道距離より長いのは有名な話であるが、なぜこの小さな島国の海岸線がそのように長いのかというと、これはかなりの部分、複雑に入り組んだリアス式海岸によるところが大きい。これは実際に走ってみるとその恐ろしさが実感できる。地図上の直線距離で100メートルのところを進むのに海岸沿いの県道を選ぶと6キロは走らなければならない。しかも道幅はきわめて狭く、路面はひび割れ、砂が浮き、あげくのはてにはコケまで生えていて、その6キロを進むためには、高速道路換算でおよそ120キロ分の体力と気力を消耗する。
(注3)伊豆一周甲府・佐久・碓氷峠経由日帰りツーリング もともとは千葉からの日帰り伊豆一周ツーリング(予定行程600キロ)だったが、夕方になり伊豆半島脱出の際にあまりに国道が混雑していたので、遠回りしてでも、すいている道を気持ちよく帰ろうかということになった。しかしこのとき、わが師、オウジャこと俵師匠がチョイスしたルートは、なぜか静岡県を清水市から富士川沿いに延々北上して山梨県に入り、さらにさらに甲府から北上し、この時点ですでに日曜ロードショーさなかの時間であったが、佐久まで北上しつづけた。そして軽井沢から碓氷峠を経て群馬県を東走し、深夜の栃木県埼玉県そして茨城県をかけ抜け、千葉に帰還したのである。うむ、確かに道はすいていた。
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ミッション1速オンリー。全開、フルブレーキ。しかし実際には開けきれていない、バイカーズにタチアガリごとに引き離される。タチアガリが遅いようでは勝ち目はない。みじかいストレートの先にかろうじて相手の背中が見える程度だ。消されてしまう。こんなにも早くスイッチに手をかけることになるとは……。スイッチを押せば栓を抜かれた空気人形のように魂が抜けて終わるだけだ。 と、不思議なことに気がついた。相手が気を抜いているのか、前車との差は一定以上広がる気配をみせない。(注4)消されない程度にはイケルかもしれないと思いスイッチから手をはなした。 どうやら向こうはプレッシャーに弱いらしい。恐らく他県ナンバーの荷物満載がここまで来るとは思わなかったのだろう。一縷の望み。そう、こちらのKERKERは芯までブッ飛んでしまい空気を引き裂く絶望的な音を張り上げている。相手にも音だけは聞こえているはずだ。ただそれだけの目的で半クラを多用しレッドゾーンの破裂音を相手の背中に突き刺す。 読み通りだ。相手の走りの全貌が見えるようになった。明らかにミスが増えている。相手のミスを見ると調子よくなる悪性格。音の速射砲を浴びせかけながら、またひとつ差が縮まる。コーナー、ストレート、コーナー、ストレート。 お? 意外な事実発見。このキツイ下り急カーブでツッコミはこっちの方が格段にイケテル。ミスなのかフェードしているのか。バイカーズに乗ったことはないが、これだけ急勾配だと意外にツッコミが弱点だったりするのだろうか。おお、この冷静な分析。ここまで冴えていれば勝機ありや。 接近するタイト右コーナー、どっせエエエエエ!!
道がラインに沿ってひび割れてマス。フルブレーキZXRのフロントが見事、亀裂に入りました。がっしり食い込み、リヤも入りました。お、お、お、 ON THE RAIIIIIL! タイヤのグリップを超絶したハイスピードコーナリング。バイカーズとの差がイッキにつまった。相手は完全にビビッている様子。でもこっちはもっとビビッています。ここからもうバイカーズはガタガタ。 バイカーズはついに速度を緩め左にバイクを寄せた。しかし偶然でここまで来たようなもの。前に出ても引き離す自信はない。こちらもプレッシャーには滅法弱いのだ。しかしあくまで減速したまま左隅を走るバイカーズ。仕方なく相手を刺激せぬよう礼儀正しく抜く。向こうもそれほどやる気はなかったようだがそこそこのペースで先導し、後はドクターを待つ振りをしてもう一度前に行ってもらった。 折あしく右コーナーのところでクルマが三、四台すれ違うことができなくて止まっていた。バイカーズも止まった。そしたらドクターがバビュン! さすがにバイカーズも農耕馬に抜かれては地元に顔向けできないと判断したらしく再びファイトオン。 農耕馬とバイカーズのバトル。バイカーズはリセットモードで当初の元気さ、いやそれ以上の走り。あやや、ドクター御愁傷様と思って笑っていたら次の瞬間に笑いは凍った。 き、鬼神……。 重戦車FJの目の覚めるような乱舞。リーンウィズのままの不動の姿勢でタイトコーナーに躍り込んでいく。華麗を超えて荘厳であった。FJの上にまばゆいばかりの光輪が見え、ハレーションを起こす光の渦の芯に僕ははっきりと不動明王を見た。 僕の予想を完全に覆し、ドクターはバイカーズを完膚なきまでに撃破した。ドクターは悪烈にも、もう一度バイカーズを前に行かせこてんぱんに打ち負かし、再び朗々と抜くのだった。あまりに打ちひしがれたバイカーズを見て僕はそこで抜くのを躊躇ったほどだ。 「ドクター、謝らせてください」 すべてが終わった後、僕はいった。 「僕はずっと農耕馬(FJ1200)を侮っていました」 それにしてもヒトが悪いのはドクターだ。最後の最後まであんなすごいものをとっておくなんて。バイカーズがいなければ農耕馬を馬鹿にしたままの僕はいつの日か手痛い目にあうことになっただろう。 大阪へとつづく高速道路の入口は目前だった。
480号線、いいです。山伏峠から熱海に抜ける道のような感じ。 シャキっとしますね。 そして、運命の1台が・・・ KDXスーパーバイカーズがすれ違います。僕たちは下り、彼は登り。 「追って来る」 わかりました。彼の闘争本能が僕に語りかけます。しばらく走ると、市原さんと僕の間に入っているのがわかりました。ジモピーにちがいない。先に行かせて道の様子を見よう。おそらく追走体制に入るであろう市原さんのためも、2台が抜けるところで道を譲り、バトル開始です。 「やっぱり・・・」 しかも、抜いた後でまた道を譲ってました・・・そしてまたKDXが先頭。市原さんは僕の後ろにつきました。どうやら、市原さんは眠気がさめたようです。僕はどうしようかな〜 コーナーが緩くなったら抜こうかな?って思っていたんですが、わざわざ抜くのはめんどいし、まあ、このままついていこうかな? と思ったんですが。思っただけでした。 「ちまちま前を走るな!」 そんな感じでバトルしていると、480号線も終わり。 ○阪和自動車道にて 高速にはいればもう大阪はすぐです。160kmで快調に飛ばします。すると、なにか追いすがってくる車が・・・ 4ドアセダン、4人家族乗りが180で巡航しています。 「関西の車は熱い」 いったんは譲りましたが、市原さんは後ろにつくことをよしとせず、必殺 直線ビバンダム殺し を実行。まだ体力が残っていたのか・・・ 奴は。 前方で第1車線〜第3車線をジグザグ往復する市原さんの気合いで阪和自動車道の車は凍結。後ろを行く僕は楽なものです。
エピローグ 本来ならば高野龍神スカイラインの集合場所で下町bimota連合会のみんなと楽しくご飯を食べて……といったつもりのツーリングだったのですが、早朝の東名でドクターに捕捉されてしまったのが運の尽き、しかしまあ想像もできないほど素晴らしいシチュエーション、そして数々の名役者に恵まれたツーリングとなりました。 「市原さん、ここ道の真ん中だからバイクとりあえず左に寄せてくれますか?」 「すみません。今動くと倒れます」 羽馬さんはにこにこしながら僕のバイクを動かしてくれました。 また、本編の中で同じ峠のシーンでも二人の書き手によってそれぞれいっている事実が食い違うようなところもあります。草稿段階での原稿の詰め合わせ等はあえて避け、決稿段階でも辻褄の調整はいっさいしませんでした。違うところは違うままで掲載していますが、どちらが本当だったのかということより、その違いの部分に人間らしい真実味が出ているような気がしました。(まことにお話自体はウソ臭いのですが) 最後に西田さんご夫妻、羽馬さん、そして真下さんなしに本編は成らなかったと思います。ありがとうございました。また原稿を寄せていただいた上野さん、俊子さん、ありがとうございました。
再録に際して(2001年9月) あれからちょうど四年目の秋をむかえようとしています。やはりその後、あのツーリングを越えるものは現れていません。あの凄まじい経験から、僕のなかでのオートバイとの付きあいかたが変化してきたことも関係あるかもしれません。 この三年間のあいだには、話の中にも何度か出てきて、エピローグのところで廃人と化した僕にかわってわが愛機を親切に動かしてくれた羽馬さんがオートバイ事故で亡くなるという出来事もありました。この話をいっしょに書いたドクターましも卿は、羽馬さんと中学校時代から自転車でいっしょに走ってきた間柄です。 実はこの読み物が羽馬さんの愛読書だったことを、ドクターましも卿を通してお葬式のときに聞かされました。ダウンロードして何度も読んでくれ、「あれをやりたい」とずっといっていて、翌年には東北リアス式海岸をひた走るというツーリングを敢行したとのことです。 正直いうと、今回、「高野真言修験道98」再録のためのリメイク作業をしていて、つねに念頭には羽馬さんのことがありました。羽馬さんに捧げるというとちょっとかっこつけすぎで恥ずかしい気もするのですが、ほんとうのところはそんな気持ちです。それと、羽馬さんがいなくなって以来、ちょっぴり元気のないドクターにささやかながら。
戦闘機乗りたちよ、真夏の太陽に操縦桿をむけよ
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(注4) 東京大学工学部二輪心理工学博士の俵教授によると、これは夜の狭い峠にしばしば見られる現象だという。 まわりの木にブロックされた狭い道などの環境下においては、しばしば前を走るバイクは後続車に迫られているという錯覚に陥るという。ましてやこの場合、後続車のハイビームが前車のバックミラーを完全に占領していた可能性が高いと俵教授は分析する。 ZXRクズ鉄号のライトは後の実験でライトステーの損傷のために激しくライトが上下することが判明しており、これが前車のバックミラー内において激しい明滅運動を起こし、周囲が完全にクローズされた暗い環境下において前車のライダーの視界はほとんどこの光のためにその機能を失っていたことも考えられるという。これが前車のライダーに極度の精神的切迫感と「もしかしたら負けるかもしれない」という心の揺らぎを与え、無意識のうちに後続車を近づけるような方向に心理的傾斜がはたらいたと見られる。
(注5)オンザレール 溝の幅がちょうど二輪車のタイヤよりわずかに細い状態においては、コーナリング時のタイヤの荷重がかかるエッジ部をちょうどアスファルトの溝が補完するかっこうになり、タイヤのグリップ力を完全に無視した強大無比な旋回性をみせることがある。ちょうど鉄道における軌道と溝つき車輪との関係に似ていることから、これをオンザレール現象といい、国内でも数例が報告されている。
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