[第1話] [第2話] [第3話] [第4話] [第5話] [第6話]

 5. 交響曲「KOUYA KUDARI」

 龍神、良いです。ターンパイクと伊豆スカを足したような峠。

 車もほとんどいなく、貸し切りです。
 コーナーも変なところはなく、道幅も広い!
 市原さんはあっという間に視界から消えました(T_T)
 次はハイグリップタイヤ農耕馬号に入れてやる〜。くやしい・・・ タイヤさえグリップすれば・・・。次はBT57にするっす。今はD205っす。でも、このタイヤ、いつなくなるんだろう。ぜんぜん減らない・・・。

 ようやく鶴姫レストランを見つけるも、すでにもぬけの殻。追いつこうと龍神を最後まで攻めます。が、追いつかず・・・。
 放心する2人。飯も食わずにずっと走ってきたのに・・・。羽馬にルートを聞き、追撃しようと電話するも、またしても捕まらず。

 終わった・・・

 この気合いのなさで大阪までたどり着けるのだろうか・・・。市原さんは夕べ一睡もしていないため、すでに正体なし。市原さん、
「僕、ここで寝ます」

 高野山。空海開祖の真言聖都はさすがに空気も荘重だ。しかし観光おばちゃん軍団の恐るべきバイタリティーの前には千年の歴史の重みなど綿毛のように吹き飛ぶ。
 皆に会えなかった失意、そして高野龍神スカイラインでの愚なる走り、自分に許された最後の余力をすべて使い果たしてしまったことに気づいたときにはすべてが遅かった。
「マシモさん、僕のことはかまわず先に行ってください」
 ドクターにこの駐車場に泊まっていくと伝えたつもりが、てんで本気にしてくれない。午後三時。ほんとうに何も食っていない。このままバイクにまたがったまま生き仏になるのか。ああ、残した妻よ、幼い娘よ、すまない。
 徐々に視界がせばまってきた。微妙(みみょう)なる管弦の音(ね)、金色(こんじき)の光につつまれた蓮(はちす)に乗り、柔らかな衣をまとったあまたの女官たちが、夢のように微笑んで近づいてくる。嗚呼、これぞ往生の愉悦か。

「あんちゃん、兄ちゃんよオ!」

 あんちゃん? 何たる下品な女官だろう。眉をひそめるや、女官の顔がたちまち掻き崩れた。すぐさま、悪鬼のごとき熟年女性軍団に取り囲まれている自分を発見。
「あんちゃん、どっから来たんな?」
「へーえ、ナラシノってえと、千葉やろ」
「オートバイは気持ちええのんなあ、びゅーんッてな」
 次から次へと質問攻め。いやこれは質問ではない、拷問だ。僕がひとつの質問にこたえようとすると、違う質問が別の女性より発せられる。それにこたえようとすると先の女性が別の質問をしてくる。けっきょく彼女らは僕の答えなどどうでもいいのだ。ただ機関銃のように質問を浴びせかけて大仰に感心したり、大笑いすることが重要なのだ。
 いつのまにかドクターがそばに立っていた。僕は目で救いを求めた。しかしドクターは溺れている人間の手を斧で切り落とす冷酷さをもって僕の懇願を絶ち切った。女性連のいかなる質問にもドクターは相手にしない。返事が得られないおばちゃんは当然こちらに矛先をむけてくる。ああドクター、あなたは酷い人だ。

 ようよう彼女らに解放され(飽きられ)、とりあえず僕たちは高野山を降りることにした。降りれば、紀ノ川沿いに和歌山まで東西をわたす国道に出られる。高野山を下山するルートは、関東でいえば「いろは坂」に近い。きつい勾配のタイトな二車線でストレート部分がほとんどない。交通量は多く、このせまい道を大型観光バスが舳先を大きく振りながら旋回する点でも「いろは坂」に近い。ただ違うのは、一方通行のいろはに対し、こちらは対向車が来る。

 ドクターが対向車線に出る。テールバイサイドで続く。どんどんクルマを抜く。どんどん、どんどん。

 対向車が見えるや車線に戻る。対向車が横を過ぎる。すかさず反対車線に出る。
 極限の疲労がかえって、見栄、競争といった雑念を振り払い、二機は、ただ前に出ることにのみ専心する。

 アン・ドゥ・トワ、アン・ドゥ・トワ!

 完璧なリズム。交響曲が二機を誘導しているかのようだ。公道特有の数々のテクたちが、ドクターの指揮に一糸乱れず追随する。二人の人間が何年もの歳月をかけ、まったく別の世界で育ててきた技術たちが今、一同に会し競演する。

 ブラインドコーナーで追い越しをかけていてもドクターに躊躇のブレーキはない。ブラインドの先が見えるのだ。だから二機で突っ込める。ドクターの目は僕の目。そしてドクターは、つねに右斜め後ろに、ぴったりバイク一台分の空間を確保しつつ走っている。この空間に僕はすっぽりと身を据える。あとは眠っていてもリズムがすべてを運んでくれるのだ。

 前方に地元のバイク数台。元気よく対向車線を走っている。ただし彼らがクルマ1台を抜くあいだにこちらは3台抜く。短いストレート区間で追い越しをかける彼らに対し、こちらはツッコミ、タチアガリ、ストレート、全部で抜く。またたく間に追いつき、追いこした。大型バスを抜けずに躊躇している一団も抜く。追っかけてきたオフ車もいたが、ほどなくあきらめる。あたりまえだ、こちらは完全に神懸かっている、触らぬ神にタタリなし!

 やがて道は川に沿って走るようになると、きつい山道もおわり、ゆるやかな面容になった。と、ドクターが突如ブレーキ。何事ぞ?と思いこちらも緊急ブレーキ、なんと前方に一人のおばあちゃんが川沿いのガードレールにしがみついている。道幅はせまく歩道のスペースはない。爆音をあげて迫ってくるバイクにその小さな体を凍りつかせているのだった。(じっさい僕のバイクのマフラーは壊れ果て、ほとんど絶望的な音をたてていた)

 おばあちゃんの50メートル手前で減速を完了したドクターは、小走り程度のゆるやかな速度で小さな人影をいたわりながら通過した。ドクターの大きくやさしい背中がそこにあった。

 しばらく走ると国道24号に出た。右ウインカーを出すドクター。

   

 ホントにこの人の方向感覚は絶望的だ。左折し、国道を和歌山方面に向かって走る。できれば高速道路の入口への最短ルートで行きたい。へたに迷うよりも主要国道を進もうということになったのだが、延々とつづくクルマの列をひたすらスリヌケするのは精神的にも滅入る。催眠術にかかってチョウチョになった気分。チョウチョ、チョウチョ、FJに止まれ……あれれ、ドクター止まっとる……ウワッち、急ブレーキ。

 パチンコ屋の駐車場にバイクを停める。作戦会議。ドクターは余力がありそうだが、こちらはもう限界です、ごめんなさい。

 高速道路にアクセスする一番楽な方法は、このまま平地の主要道をたどっていくやり方だろう。つまりこのまま24号スリヌケを続行するのが無難である。しかし時として常識は常識とならない。今、生き残るためには、無事大阪にたどり着くには自分が何をしなければならないかよく分かっていた。

 舞台となる場所を探す。いい案配に地図には国道480号というぐねぐねの道がのっている。おまけに「悪路」と注釈までついている。あの恐怖の「死にGO国道」を経てきた僕たちには、この「悪路」の文字は重い。
 最初、ドクターは結論をだししぶっていた。それは純粋に、かたわらにたたずみ、アクセルもにぎれないほどボロボロになったこの哀れな男のことを気づかってのことだ。まっすぐな道も走れない人間が、悪路を走れるのか。腕を組んでしばし黙考するドクター。やがて重い口を開いた。

「やりましょう」

 信頼が信頼を結びつけた瞬間だった。たった半日、ともに走っただけなのに、まるで十年来の戦友を見るようだった。僕はドクターの決断に感謝しつつ深呼吸をした。ヘルメットをかぶりながらドクターは、

「こんな楽しいツーリングは久しぶりだよ」
 そういって、立てた親指を突きだした。

NEXT