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 4. 紀伊横断修験

 下北山村から龍神で待つ羽馬@ケロッピ付きZZRに電話。

 受け狙いで「海が見えます」と言ってみた。が、そこはすでに熊野まで直線距離で15km程度(地図で確認)。大きく外れているわけでもなかった(ToT)(注1)

 下北山村から425線(市原さん曰く 死にGO線)(注2)の全線ジムカーナコース一歩間違うと崖下まっしぐらをぐいぐい攻めます。急げ急げ。

 市原さんは、ジムカーナコースでもハングオンしてます。

 僕はいつものリーンウイズ。長距離ランでは僕が1歩リードしていると見た。

 「ふ、その走りでは、最後まで持つまい」

 集合場所の高野龍神に近づくためには、戻るか、425号を選ぶしかない。戻るという選択肢はない以上、「死にGO」(注3)という語呂に嫌なものを感じるが行くしかないだろう。ドクターはナビゲーションを完全にあきらめたらしく、僕に前を走れと合図するが、「とんでもない!」と後続を守る。

 425号の分岐はわかりにくく、それらしいところで減速すると案の定ドクターははるか彼方へと消えていく。この人はどこまでも突き進む。高野龍神の集合さえなければ、とことんドクターと猪突猛進してみたかった。

 425号に入ってからも今ひとつ確信がもてない。1.5車線の林道のような舗装路だが、すぐにT字路にぶつかった。方角的には右折だが、看板には「新宮」方面とある。まあいいやと、感性にまかせて新宮方面に進む。そもそもこれは425なのだろうか。きつい勾配の曲折路をのぼっていくと霊気漂う小さな池に出た。池の傍らには祠。朱色の鳥居が神々しい。思わずバイクを停めしばしの休息。

「いいとこですね」

 空気まで荘厳だ。社殿の手水(ちょうず)で手を洗い、喉を潤す。ドクターはエネルゲン(注4)の粉末をペットボトルにあけ、この水で溶かしている。

「市原さんも、どう? まだまだあるから、どんどん飲んで」

 遠慮なくいただいた。そういえば昨日から何も食べていない。エネルゲンの効用についてドクターが話すのを聞いているうちに、睡眠不足も吹きとび、力が漲ってきた。多分に暗示にかかりやすいタイプなのだ。それにしても旨い。

「きっと水がいいんだろうね」

 エネルゲンの効用か、はたまた霊水の験力か。

 修験行者の必携品に水瓶がある。食を削ってひたすら山越えする山伏の姿と自分たちがかさなる。ここからが本当の山越えである。

 出立。ひたすら山を越える。同じようなコーナーが延々とつづく。何度も同じところをぐるぐるまわっているのではという錯覚に陥る。バイクをたてている時間よりもバンクさせている時間の方が多いのではないか。ドクターの不動の背中はゆるがない。この細い道でもペースを落とすことなく快調にコーナーを切りひらいていく。

 フルタイムハングオンの僕は、まともにシートにすわっている暇がない。右、左、右、左……百万遍の屈伸運動。また悪いことに僕のZXRは持病(注5)のミッショントラブルが悪化し、完全に4速が使えない。いったんは4速に入るのだが、すぐに抜ける。これだけ小さい道ならば3速までで行くことはできる。思いっきり加速型のファイナルにふっているので、ちょっとのストレートで回転が上がって疲れることこの上ない。

 いつ終わるとも分からぬ林道のような山道では、できるだけスムーズに走りたいし、かといってドクターに消されるのもシャクだ。1、2、3と数え、4をとばして5、4をとばして3、2…。握力養成器に、スクワットと算数。あまりの道程の長さに頭がかすんでくる。

 さらに標高が上がってくるとエンジンがまったく吹けない。エンジンかミッションあたりから聞いたことのない異音が出てきた。走っているうちにどんどん大きく耳につくようになってくる。

 もーあかんッと思いきや、前方に同方向に進むクルマ発見。外国製の巨大なRV車(注6)で、細い道だというのに道幅いっぱいに飛ばしている。ドクターが後ろについてもとんと譲ってくれない。ガゼン目が冴えてきた僕は、ドクターと並列走行にてRVにベタづけし、「譲ってくださいお願いしますから」とアピールするが、とんと気にせぬ高級車乗り。あいかわらず左右に大きく車体をふりながら走っている。うーん、こういうヒトって嫌い嫌い大ッ嫌い!と、ドクターとジェットストリームアタック(注7)敢行。こんな瞬間、即座にすべてを理解してくれるドクターは頼もしい。

 いやー、視界良好! 爽快な空気。久しぶりのジェットストリームアタックも見事に決まりました。ドクターとじゃなかったら延々とRVのディーゼル煤煙を浴びながら走ることになったろう。

 火がついた二機はリズムにのって快調に山道をかけのぼる。標高が一番高くなったところで広大な視界がひらけた。幽邃な山なみが幾重にもかさなる稜線を描いている。しんとした空気で山肌も青い。

 ドクターは道幅が広くなっているところにバイクを停めた。写真撮りたいでしょ?と、せっかく気をつかってくれたドクターに、「いえいえ結構。すぐに出ましょ」と合図。こんな山の中でRVに先ほどの仕返しでもされたら、永遠に谷底から這いあがれそうにもない。と、思っていたらRV車が到着。ナイフをもって近づいてくる気配はないものの、

 ドクターを置き去りでビューン!

 何事じゃ?とドクターもビューン!

 トンネルでバックミラーを見ると、ドクターの後方にRV車のライトが。

 うきゃきゃきゃー!
 てな感じで快調に下りの山道。しかしガソリンは大丈夫かいな。下りに入っても同じような風景、同じようなコーナーがつづく。ここさっき通らんかったかなあと何度首をひねったことか。ぐるぐる、ぐるぐる。ぐるぐる、ぐるぐる。きつい山道はつづく。いい加減ガス欠が心配になってエンジンを切り惰性で下る。ドクターはみるみる消えていく。
 ふふふ、いい気になるなかれドクターよ。この先は左に曲がるのだぞよ。知らずに突き進めば行きつくは新宮。ああ、ドクターさようなら、僕はあなたの遺志を引き継いでみんなに会いに行きます。
 と思ったらスローダウンを心配したドクター、Uターンして戻ってきた。知らんぷりしてエンジンオン、もう一回ドクターがUターンしているあいだに引き離さんとするこの人非人(にんぴにん)。
 やがて425号は無事、国道168号に合流した。左折するところを見事にドクターは右折、それをまた知らんぷりしてこちらは左折ダッシュ! がははは、は。なぜに僕ちゃんはこないにガキっぽいのかしらん。
 十津川町でようやく念願のガソリンスタンド。この時点で時計は一時半。さっきドクターは集合場所にいるはば伯への携帯に、「2時まで待って来なければ先帰ってください」と留守電を入れていた。タイムリミットまで残すところ、あとわずか!

 十津川村に来て、給油のために止まります。すでに13時ちかく。スタンドのにーちゃんに龍神までどのくらい? って聞くと1時間半かかるそうな。バイクで1時間半 って聞いたので気合いで1時間でいってやるぜ〜と2人でバリバリ気合い入れます。ここまで朝から何も食べずに走ってきたのです。

 そう、やっと、やっと、龍神の近くまで来たのだ(T_T)

 スタンドを出た僕たちは168号を数キロ南下したところで425号線の入口を発見。またしても「死にGO」のつづきだが、本当の恐怖はここからはじまるとは知る由もない。はじめて目にする道路案内板の「龍神」の文字に、希望いっぱい夢いっぱい。スタンドのおばさんは「龍神までクルマで1時間半」と言っていたし、バイクなら45分じゃ!と気合い喝。
「危ない道やからスピード出せんで」というおばさんの忠告に、
「なんの! 危ない道でスピード出すからバイクなんや」と息巻いていたおのれの浅はかさ。
 ガソリン満タン元気イッパイ、行けヤ行け行けで突き進む。

 おりょりょ。道にバラストが撒いてありますよ。

 いやっは! ここぞ腕の見せどころ、これしきでペース落として何になろう。それにしても見事にライン上に浮き砂の帯。ラインはずして右左。
 よよよッ、こういうせこい技は大好きですよん。さささ、ドクターちゃん、おちおちしてると血祭りでしゅよ、と、ほくそ笑んでいたら、あれれ、ドクターときたらスキがない。あいかわらず不動の背中。ハイペースにかかわらずマージンは高い。
 うーむ、何とも見事なリスクマネージメント。乱世を生き抜くライダーここにあり。

 標高が上がると、浮き砂はフルタイム、オンライン。道の横は、奈落へとつづく深い谷底。急な崖底はかすんで見えない。

 こりゃマジに死ぬでー。

 ブレーキを握る右手の感覚が麻痺している。ほんの少し砂のラインに乗るだけで即身成仏マチガイナシ。
 谷へと突きでたコーナーには、きまって、

 「死亡転落事故発生地点」

 と、異様にでかい警告板。しかも「転落」の文字だけサカサマになっているところが不気味さを増す。なのにガードレールは、ない。警告板の向こうは青い空。引き込まれそうな青い空。

 ビビリミッターが時速30キロで作動。もしドクターが40キロで走ったら、さっきの威勢は即時撤回「ごめんなさい」しようかと思っていたが、差がひろがる気配はない。なるほど、クルマで1時間半ならバイクも1時間半というわけだ。
 ZXRからの異音はすさまじい。もしかしたらサイレンサーのテールエンドがすっぽ抜けたのかもしれないが、止まってリズムを断つことの方が恐ろしい。抜けたら抜けたでいい、とにかくこのまま無事に山を抜けきりたい一心で走る走る時速30キロ。
 それにしても進まぬ。いっこうに進まぬ。なんでこんなに進まぬのか。時間は刻々。ちょっとでもいい。ストレートが欲しい。50メートルのストレートがあるだけで心が和む。やった! 40km/hでた!
 浮き砂はあいかわらず。だが峠は越えたらしく下りに入っている。それでも谷は深い。とにかく標高が下がってくるのが嬉しい。プレッシャーがぜんぜん違う。左側の谷がしだいに浅くなり渓流になる。ああ、もう落ちても大丈夫、なんて思っていたら、また上り。いつまでつづくのか。
 それでもなんとか道らしくなってきた。ストレートのありがたみを実感する。高速道路がつまらないとか、文句いいません、誓いますから、もうあの谷だけは勘弁を。
 体はもうガクガク。谷の緊張感が抜けるといっきにガタがきた。ドクター、もう休もうよ、僕らはじゅうぶんがんばったさ、と、いいたいが、さきほどのように「別に僕は疲れてないんだけどねー」なんていわれるのも悔しい。激痩せガマン(注8)でハングオン。
 それにしてもドクターの背中はクールそのもの、微動だにしない。いやはやこのヒトは想像以上にホンモノだわと、恨めしい目をその背中に投げかける。

 やっと分岐路があらわれた。龍神村に入ったのだ。夢にまで見た、高野龍神スカイライン入口の案内標識。ここの川べりで、やっとドクターがバイクを停めた。ドクター、開口いちばん、

「いやー、疲れたねー!」

 さわやかながら目が窪んでいる。あの谷底の神経戦は、鉄人の精神をも蝕ばんだようだ。よかった。ドクターも疲れてる。疲れてなかったら、どうしようかと思った。
 差しだされたエネルゲンを浴びるように飲んだ。

 羽馬の携帯に留守電をいれ、出発。

 龍神村まで40kmの標識が僕たちに勇気を与えてくれます。

 が、新宮までXXkmという標識もまた、僕らの大きな間違いの結果として表示されているのです・・・。あと40kmだ! と思いつつも、龍神村までの道がこれがまたすごい道。長尾峠を狭くしてもっときつくした道が延々続きます。

 「ああ、もうずいぶん進んだだろう」って思うのですが、道ばたの標識を見ると2kmしかすすんでないんです。すでに集中力はとぎれがちですが、道ばたの標識がそれを許しません。

 「転落事故多し死亡」(注9)

 ガードレールがないんです。たまにあるところは本当に危険なところだけ。しかも、コーナーの出口だけにあるんで、ブレーキをミスするとまっすぐ崖下。あの世行きです。が、必死の集中力で攻めます。なんせ、14:00に鶴姫につかないと終わってしまう。
 なんとか龍神村についたのが14:12。
 羽馬に電話するもつながらず、あきらめて龍神スカイラインへ。

 高野龍神スカイラインに入って、いきなりさっきまでの5倍以上のペース。抑圧された鬱憤をすべて晴らさんとばかりに二機の走りは餓えた猛獣となる。
 ここのコーナーは、まさに特上のご馳走。ドクターは巨漢FJ1200のリヤをでろでろにフリながら立ちあがる怒涛の走り。路面を食い尽くさんばかりの迫力だ。
 FJを侮る者は間違いなくドクターに狩られるだろう。しかしこちらの強みはZXR750という強力なコーナリングマシンに乗っていることよりも、農耕馬の恐ろしさを7時間にわたって目のあたりにしていたことである。髪の毛一本差しいれるだけの油断もない。R1を撃つ気迫をもってFJのテールを刺すべし。

 ドクターが「前に行け」の合図。

 そうか、後ろから楽しむつもりか。背後に憑かれるぐらいなら前に出ぬ方が身のため。しかし一息で消せるなら勝機もある。

 もう一度「前に行け」の合図。

 是生滅法、生類滅己!

 FJ相手に鬼を出すZXRを笑うなら笑え。FJで来るドクターが悪いんや、

(注10)

 ウチはもうウチやあらへん!

 ウチは鬼や!

 あんさんがウチを

 こんなからだにしはったんや!

 消えて消えて消えてッ!

 みんな消えてえッ!

    *   *   *   *   *

 ……ほんとうにみんなきれいに消えていた。高野龍神スカイライン、鶴姫休憩場。集合場所のbimota連はすでに去ったあとだった。吹きすさぶ秋の風が心なしか寒かったのを覚えている。

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(注1)


(注2)425号線 紀伊半島中南部を横断する国道。3ケタ国道のお手本のような荒れた難路。やはり四国を斜めに横断する「よさく国道(439号)」に勝るとも劣らぬ恐怖の道。



(注3)
死にGO!

地元では紀伊半島を周回する国道42号のことを「死に号線」と呼んでいる。それならば、425号こそGOがついて、真の「死にGO号線」ではないか。


(注4)エネルゲン  粉末タイプがあり、ドクターはエネルゲンのミニペットボトルに粉末を溶かしては補充している。水場ごとにドクターが止まっているのもこのためと思われる。あるいはエネルゲンはあくまで口実で、ほんとうは隠れて頭の皿を濡らしているのかもしれない。(参考・「日本妖獣百科」)







(注5)
持病  
ZXRのミッションは数々の対策を講じたにもかかわらず、いぜん原因不明のトラブルに悩まされている。4速に一度は入るのだが、中途半端にパワーをかけるとイッキに抜ける。抜けた直後に勝手に入るのだが、4速キープでアクセルオンオフをしていると、オンのタイミングで同じ症状が起こることが多い。コーナリング立ち上がりで症状が起きると(4速で立ち上がるコーナーは日本にそれほど多くはないが)、かなり危険である。いずれミッションを組み直す予定である。

(注6)外国製の巨大なRV車  レンジローバーと思われる。


(注7)
ジェットストリームアタック  
今や古典となったアニメ番組「機動戦士ガンダム」において、3機のドムが忍者の分身術のように一体となって攻撃、主人公アムロレイのガンダムを危機に陥れた。ジェットストリームアタックは本来3台でなければならない。ここでの使用は著者のミスであろう。


そのころ、
集合地点では?

 Reported by
   めるへん上野氏

ましも氏が浜名湖SAに着いたことが確認出来た時、我々先行部隊(はば氏、西田氏、有地氏、辻井氏、そして私)は、「ましも氏との待ち合わせ場所」である龍神ラインの、とあるドライブインに到着していた。時間もまだまだ早く、「まぁ丁度良いあんばいでは?」との楽観論がその場にいる全員の一致する意見だった。そして暫くの間、龍神ラインを走り、だべっていると、
「吉野町に居る」
 との連絡あり。一同?????予定のルートから外れてる・・・・
 まぁ、根本的にハズしてる訳じゃないから、そのうち来ることだろう。当然のことではあるが、事態の本質には気付いてない一同。そして、到着予想時刻を過ぎても姿は見ず。
 この頃から、何か変だと感じ始めた。
「見過ごす訳はないよな〜」
 しょうがないので、到着を待たずに昼食をとることに。
 そして、食後・・
「いくらなんでも、そろそろ近くに来てるだろう?」

 と、連絡をとろうとすると・・・・
「太平洋が見えてます」

 一同唖然!?

 ちょっと待て。どこをどう通ったら太平洋に?

 それも、太平洋・・・つったって、一体何処に居るの? 数々の疑問推測が一同の間で飛び交う。そこでの結論。大方、道を一本間違えたんだろう。紀伊の地理からして、道を一本間違えて気付かずそのまま行ってしまえば、尾鷲、熊野、新宮のどこかに出るのは確実。


めるへん上野氏
   プロフィール

めるへん上野氏は古くからのぶんぶん新聞読者で、今やオートボーイ常駐率ナンバーワンを誇るおかしなドカティスト。全国にドカティスト多しといえども、原チャリと2ストイメージの高いオートボーイチューンのドカティは希有である。FCR、鋳鉄ローター、ロッキードキャリパー、そしてボアアップと、ノーマル車が多いオートボーイMの中で周囲の羨望のまなざしを一身に集めるカスタマーであり、地元の千葉県沼南町の農道を走らせれば無敵の強さをみせる。オートボーイM主催ツーリングにおけるJOHRENSの熾烈なトップ争いでも、そのクレバーな走りと計算によって、すでに完全優勝を2回も獲得し、区間賞は多いものの完全優勝となるとまったくの無冠である市原とは対照的である。また、彼のホームページ「荷物満載400SS」は労働省指定の公衆良俗有害サイトとしても知られ、その影響力は全国で多発している「突然会社辞めて旅に出る症候群」の一因ともされ、また、数々の「偽めるへん野郎」を生みだすもととなった。
























(注8)
激痩せガマン  
激痩せといえば、宮沢りえや梅宮アンナが懐かしいが、最近では今井美樹が記憶に新しい。心的外傷後ストレス症候群(PTSD)の一種で、心因性拒食症として一時期社会問題となったこともある。単なる拒食ではなく、過食と拒食をくりかえすタイプのものや、食物を受けつけぬまま死に至るケースもあり危険。多くは自己の身体イメージの錯誤に起因する心の病である。「激痩せガマン」は、めちゃくちゃムリすることで、上記の「激痩」せとは何ら関係ない。


















(注9)「転落事故多し死亡」
市原の記述には「死亡転落事故発生地点」とあるところを真下氏は「転落事故多し死亡」と記述している。同じ看板を見て、同じような心理状態に追い込まれていた二人だが、このわずかな記憶の差異は、心理学的には興味深い考察対象である。本来ならば二つとも日本語の慣習的にはやや不自然な語順であり、通常なら「転落死亡事故多し」となるだろう。しかし市原が「死亡」と「転落」の語順を反転させていることは、当時の心理状況において自らの死を強くイメージしながら走っていたこと、また、「発生地点」という場所への執着は、地縛霊の存在に対する意識のあらわれであり、民間信仰が強く根づく慣習の中で育った生活史的側面を垣間見ることができる。これに対して真下氏の記述には「転落」という要素の現実性を意識の第一義に、また、「死亡」を末尾に対置することによる不気味なまでの臨場感を喚起させる超文法的な思考を内在させ、「多し」の位置の解釈については異論もあろうが、少なくとも統計学的なきわめて論理的な思考と、一方で鋭敏な感性が先行するある種破綻した思考との相克の中で生まれた叙述であるといえるのではないか。


(注10)そうや、ドクターが…  市原の無意識下の潜在意識と、ZXRの内燃意識とが完全に同調(シンクロナイズ)した瞬間。ほとんどスクラップ状態で駐輪場に放置され99パーセント死にかけていたことがZXRのトラウマ(心的外傷)となっていたらしい。一切を破壊し尽くすために生まれた80年代レプリカの宿命を、この哀れで孤独なバイクもまた背負っているといえよう。