メニュー>> ルーツ > 1 > 2 > 3 > 4 > 5 > 6> 7> エピローグ]

--3--

市原集落発見!

◆北木島上陸

 船の中でおじさんから聞いた話では、大坂城の石垣をつくるときにこの島から切り出した石を使い、それ以来北木島は石の島になったという。
 確かに島には、ひたすら石材の工場がつづく。幅1.5車線に満たないこの道が島を半周する唯一の道。集落を一つ、二つ抜け、桜の花を両袖にしたがえた海沿いの九十九折を抜けると、沖縄風の門構えの家が数軒つらなった集落を最後に道はとだえた。
 わたしたちは人様の門内の敷地をちょっとお借りして、ようやくバイクの向きをかえると、もと来た道をもどりはじめた。
 新郎は途中、行きがけにチェックしておいた祠や石碑ごとにバイクを停めては、朽ちかけながらも島の歴史とともに風雨にたえ刻まれた文字にじっと顔をつきつけていた。
    確かにおかしいと思っていた。
 島の道をひととおり走ったわけだが、途中で出てきた屋号はとにかく「河田」が多く、河田石材、河田不動産、河田商店、河田理容まであるというのに、ついに「市原」は一度も見られなかったのだ。
 島の守護神らしき祠への参道をのぼっていくと視界をおおっていた木々がひらけ、瀬戸内の島々を浮かべた海が広がった。
 そこにあったのはお墓だった。
「やっぱり河田だよ」
 新郎は残念そうに言った。
「市原家は河田家に滅ぼされちゃったのかなあ」
 次に見つけた小さな神社、そこの奉納者石碑にも河田の名前が延々とつづき山本や他の名前もあるのに市原の名前はない。北木は聞いていたような市原の島ではなかった。
 だいたい新郎も自分の父親から聞いただけの話なのだ。そのお父様にしても、小さいころに名前の上で市原家の養子になったが、じっさいには北木島に住むことなく坂本姓の他の兄弟たちといっしょに大阪に住んでいたので、市原に関しては詳しいわけではない。ただ、北木島に市原ヒロ子さんという雑貨屋を営んでいる人がいて、その人から年に一度お父様のもとに年賀状が来ている。
 そんなだったから、やったー! 次にまわった社の中の奉納者名に、「市原」の名前を見つけたときには二人で大騒ぎの万々歳!
 よし、それじゃあ市原ヒロ子さんと会ってしまおうということになって、ヒロ子さん探しがはじまったわけだ。

 
◆あった、あった、市原の集落

 北木島の人たちは、とにかく朗らかな人ばかりで、わたしたちの異様な姿を見てもみな一様に微笑みながら見送ってくれる。歩いているとすれちがうときに必ず頭を下げて挨拶してくれるし、立ち止まっていると話しかけてくる。「市原」がたくさんいる楠木という部落が少し先にあるという。
 進む。
 楠木の社で奉納者碑を見ると、やった! 市原のオンパレード。社の左隣には雑貨屋があるし、右には「市原酒店」。その雑貨屋の店先には、なんと市原ヒロ子の表札。わたしは感激して「あった、あった、ほんとにあった!」の小踊り状態だが、新郎はちょっと表札を見ただけで社の方に素通りしていく。
「ねえ、ねえ、どうしたってのよ?」
「ううん」
 新郎はじっと社を向いたまま動かない。男ってナイーブ。
 一呼吸おき、さあ、と勢いこんでヒロ子さんの店に乗り込む。

 

 

 メニュー>> ルーツ > 1 > 2 > 3 > 4 > 5 > 6> 7> エピローグ Copyright: BananaFish Days 2001