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1、4月14日(月)波乱の出立
朝、9時。
「あれー、ここどこ?」
新郎は自分の吐瀉物でぱりぱりにかたまった頭をむくりと持ちあげると、きょろきょろ部屋を見まわした。午前十時の朝日が降りそそいでいる。
「なんかきれいな部屋だねー」
「世界のフォーシーズンズ」
そのひとことで、夫は現実にかえった。
山のような結婚土産をもってチェックアウトするとき、フロントの人たちは実に慈愛に満ちた笑顔で私たちを見送ってくれた。
「だみだ〜。歩けね〜」
頭が針金のように逆だっている夫は、表に出て十歩も歩かないうちにうずくまった。タクシーのドアが開いた。やむなく松戸の新居までタクシーをおごった。新居といっても築10年木造家賃5万円おまけにバイク屋の2階。
「ああ、やっぱウチはいいねえ」
なんて新婚早々じじくさいことをいう。私はちゃきちゃきとパッキングをし、革ジャン、ブーツに身をかためる。だらしなく布団に倒れていた夫が顔をあげ、
「あれれ、どこ行くの?」
「新婚旅行」
「ああ、そうだよね。やっぱそうだよね」
なんて白々しく一人うなずいている。憐れみを請おうとするさもしい根性が気にいらない。
「そうだよね、やっぱ新婚旅行、行くんだよねえ」
「はい、あと30分だけ待ってあげるから。あとは自分で追いついてきてね。」
「いええーー」
「高速一本だからあなた本気になったら追いつくでしょ」
「いええええーー」
そんなこんなでどうにか正午、出立。今日は21時20分発の大阪発高知行きのフェリーに乗らなければならないのだ。あまりゆっくりはしていられない。
首都高速から東名高速に進む。さすが交通安全週間、警察の多いこと多いこと。インターチェンジごとに、パトカーや覆面が張っている。新郎は車線を縦横無尽に切り込みながら、14から16のペース。二日酔いはどこかに飛んでいったらしく、それにしても大きく横に張り出したサイドバッグを路面に擦るのだけはやめてほしい。わたしの服が入っているのだ。
このぐらいのペースが交機にとって一番のカモだ。酔っ払い運転さながらの新郎機はレーンチェンジをしたあとの加速が遅い。あるいはほんとうに酒が抜けていないのかもしれない。
しかし新郎は嗅覚だけはするどい。直感というのか。先祖が市原水軍という瀬戸内の海賊だっただけに、もうほとんど天才的にオカミの取締に対して敏感なのだ。そりゃそうだ。今なら罰金払って済むが、当時なら海賊は斬首だ。遺伝子にすりこまれた危機意識は平民とは比較にならない。
◆紅に輝く赤色灯
足柄SAを出て、有名な7車線の峠をすぎ、静岡圏内に入った。
新郎はあいかわらず奇妙な走りをつづける。とにかく前方と後方をクリアーにする。正しい走り方だ。抜いたクルマはすべて記憶し、バックミラーの中で把握しておく。ミラーの中に知らないクルマが来たら、シフトダウンとエンブレのみで9まで落とし、とにかく先にいかせる。えーい、ほんまかいな!
と、新郎が急に左車線に寄った。ブレーキランプはつかないのに、リヤをホップさ せながら減速。
うわわわ、と思ったら、わたしの右横を真っ赤なものがよぎり、スピーカー特有の くぐもった声が制止を告げる。
新郎は何やら手をあげて抗議している模様だが、パンダは前に出て、なおも何か言っている。
新郎は走りつづける。パンダはハザードを出して左によせながら減速。
新郎は減速しながらも左に寄せる気配はない。
スピーカーの声が次第に怒鳴り声になっていく。
『聞こえないのか! 早く止まるんだよ!』
そのとき、車線の真ん中で新郎がバイクを急減速した。つづくスピーカーの声はほとんど叫びに近い。
『危ない! 止まるんじゃない!』
瞬間、新郎のCBR1000Fは白煙を巻き上げ、あっと思ったときには、もう点と消えていた。
お、おーい……。
わたしはその後、豪華な護衛つきで袋井ICまでわたし専用道と化した路肩を走り、 そこの詰所で尋問を受ける。
「あれ、仲間じゃないのか?」
「知り合いなら逃げたりしません」
「いっこ前のICで会ったろ? 同んなじような走りしてたぞ」
「いっしょにしないでください」
「橋本さん、なんで捕まったか分かる? スピード出しすぎだよ。あとねえ、左側追
い越し」
「知りません」
思いきり態度のわるいわたしに、あきれはてた警察官は、
「まあ、橋本さんはいい人みたいだから、軽い方にしてあげるから。はい、それじゃ
免許証だして」
ここでにわかに強く出ていたことを後悔する。免許証が2枚出てきたのだ。やけく
そで悪態続行。
「帰ったらちゃんと帰しにいきなさいよ。その他に住所変更とかないですね?」
「引っ越ししました」
「じゃ、住所も違うの」
「はい」
「本籍は栃木?」
「いえ、それも変わってると思います」
「はあ?」
首をかしげる警察官。
「ちなみに苗字も変わってます」
「じゃ、この免許証であってるの、生年月日だけ? だめだな。結婚したらちゃんと免許証も変更届だしてもらわないと」
「すみません。昨日、結婚したもので」
善良そうな警察官二人は顔を見あわせた。
「何やってるの。こんなとこで」
「新婚旅行です。いちおう」
「旦那さんは?」
「・・・(さっき逃げた背中に★のついてるやつ)」
「どこまで行くの?」
「四国」
「はああー、道のり遠いだねえ」
相手のわたしを見る目が次第にあきれを通りこして畏怖へと変わってきているのが
分かる。
「じゃあ、気をつけて」
◆新郎、どこ行った〜?
さて、袋井ICを出たのはいいが、新郎はどこに? 実はあとから聞いた話なのだが、新郎はあのあとすぐにICで降り、反対方向に舞い戻る途中でパトカーに護送されるわたしを見つけ、ICでまたUターンして袋井ICまで来たら、詰所にとまっているパトカーとわたしのバイクを見つる。いったん料金所を出てバイクを降り、あとはゲリラよろしく、木々のあいまをほふく前進ですすみ詰所の様子をうかがっていたらしい。
遅い。
わたしが出たあとすぐにパトカーも同方向を走っていたので、なかなか近づくことができず、パトカーがPAに入って停車したのを確認してから、いっきに追いかけてきたとのことだ。
浜名湖SAで再会を祝しジュースで乾杯。しかし予定より大幅に時間が遅れてしまった。あんまし急ぐのもやだねと、大阪発のフェリーはとりあえず見あわせて今晩はどこかで適当に泊まることにしようということになった。
ここからはトロトロと名古屋を通過し、大津ICで高速を降り国道1号で京都市内を走る。ライトアップされた五重塔がでーんと出てきたときには感動してしまった。京都もまたバイクで走ってみたかったところの一つなのだ。
この日、尼崎のメジャー健康ランド、『あま湯ハウス』に着いたのが午後10時。映画音楽を聞きながらハーブの香りにつつまれる森林浴のようなひとときを楽しめるミストサウナはとにかく素晴しい。
しかし、はて。これは新婚旅行だった。
<本日の走行>680キロ
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