
名取川の土手を越えると、いよいよ仙台である。時節がら、古い風習で軒先にショウブをさしている家も目にした。ショウブは邪気を払うという言い伝えがあるからだろう。
「君も髪にショウブを刺すといい」
「あん?」
「全身、邪気でできているようなものだからね」
「つまんねーんだよ。死ねっ」
曽良1号は前回に引きつづき、いまひとつ機嫌が安定しない。だいたい女には冗談が通じないものだが、最近の曽良1号を見ていると、どっちがお供の役割だか分からなくなってくる。最初のころは、撮影のあいだ大きな荷物を持ってくれたり、拝観料とか入場料をたてかえてくれ、ときにはビールまで接待してくれたこともあるのだが、銀座の夜の女に転職してからは、まったくもって可愛げがない。このあくびばかりしている女が、いざ客の前では別人格になって笑顔を振りまいているのかと思うと、つくづく銀座というところは恐ろしいと思う。
やはり俺は奥の細道の方がむいている。彼女は彼女の選択で新しい世界へ進んでいったということだ。
仙台にはネットを通じて何人か友人がいた。そのうちにひとりで市内の出版社に勤務するカモンさんとも会った。仙台には古歌に詠まれた歌枕も多いが、時代の流れの中で行方不明になっている場所も多く、彼はそんな埋没した歌枕クエストを、暇をみつけてはやっているとのことである。
彼のアドバイスでいくつかをまわってみることにした。
宮城野、玉田、横野、つつじが岡。
武隈の松のときもそうだったが、ここがそうだと言われなければ、有名な場所だったとは想像もつかない。いや、そう言われても、まだピンと来ないところの方が多い。仙台での豪遊を楽しみにしていたらしい曽良1号は、すっかりふてくされている。行くとこ行くとこ、住宅地の中のどぶ川とか、やぶ蚊だらけで死体遺棄に使われそうな林とか、そんなのばかりだから、仕方ないだろう。
しかしカモンさんがひとりで勝手にうれしそうに案内してくれるから、黙ってついていくしかないのだ。この人は、ちょっとヤバいぐらいに風狂な人なのだろう。
どうにか一日が終わって、地元の飲み屋でうまい魚を食べるころになると、一日の疲れもすっかり忘れて、話に花が咲いた。不思議なことに、こうして酔っ払いながら思い返してみると、観光地よりも、今日みたいなへんてこな場所の方が、なんだか記憶に残るものだ。やはりその土地の持つアウラみたいなものは、無意識でも体内に入ってくるのだろう。
風狂のカモンさんは酔いがまわってすっかりエロオヤジモードに突入していたが、曽良1号はけっこう楽しそうに冗談の応酬で受けたり、かわしたりしている。そんな彼女のたくましい横顔を見ているうちに、今、彼女が生きている銀座という土地もまた、男たちの栄枯盛衰を見守りつづけてきながら、「兵どもが夢のあと」のようなアウラを育んできたのだろうかと考えはじめていた。
2年ごしで深川のスタート地点からやっとここ仙台までいっしょにやって来た曽良1号こと、桂木凛だったが、ふと、次は彼女はもう来ないかもしれないと思った。
すっかり上機嫌になったカモンさんは、別れぎわに店の入口に飾ってあったショウブ草を盗んで、餞別としてくれた。やはりとことんイッちゃってる風流人である。
名残り惜しそうなカモンさんをタクシーに押し込んだあと、俺と曽良1号は酔いざましにしばし国分町を歩いた。
「どこ行くの? 駅、あっちじゃん」
バイクは駅前に停めてあった。仙台にある東北健康センターは以前から何度も滞在しているから迷うことはないだろう。
「ちょっと歩かないか」
曽良1号は、へんな期待持つなよ〜と余計な悪態をひとつ漏らしただけで、黙ったまましばらく歩いていた。やがて、ぽつりと彼女が言った。
「今日はあんまり飲んでなかったね。めずらしく」
「運転しないといけないからね」
「よっく言うよ〜、前はべろべろで、ふたりしてノーへルで走ったりしてたじゃんかさ」
俺はくるりと振り返り、反撃の隙を与えない素早い動作で、彼女の髪にショウブを刺した。
「しつこいやつだなあ」
と、いやそうに顔をゆがめた曽良1号の目は笑っていた。
「帰ったら銀座でまた戦わなくちゃならないだろ」
「あったりまえじゃんかさ」
「君にショウブの加護があらんことを。都会の夜の魔物から、一輪の図太くもかよわい野花をお守りください。アーメン」
「なによそれ。バッカみたい」
とつぜん笑い声をあげて駆けだした彼女の後ろ姿は、夜の街にあふれだしたとりどりの光にみるみるうちに飲み込まれていった。
髪ショウブ きみの行く道 光あれ ちっぴ〜ろ
(つづく)
※2003年の「オッカケ奥の細道」は今回で終了です。
2004年から再開される続編は5月スタート予定です。
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