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-1- お遍路ライダーが参ります

三月五日 火曜日

 七時の出発予定だったが、八時になってもまだパッキングがキマらない。キャリアがないので、とにかく荷物の安定性がわるい。おまけにエンジンがむずかって、キックペダルを踏みおろすも、ウンともニャンともいわぬ。格闘すること15分、いったんあきらめて朝飯にする。そうするとけっきょくだらけてしまって、ほんとうの出発は10時になってしまった。上野で買い忘れた用品をそろえる。

 246→第三京浜→西湘バイパス、とおきまりの下道コースを経て箱根越え。1号線を西走し、午後五時に今日の走りをおさめる。適当な河原を見つけ、キャンピング。オドメーターを見ると230キロ。何とも気合の抜けきった初日である。

 

三月六日 水曜日

 テントから出ると、朝日を背に受けて視界いっぱいに富士山がひろがっている。テントを設営した場所は何とモトクロスコースの中だった。日がのぼるとともに青みを増してくる空の下、富士山をおかずに最高の朝食。パッキングを終えたあと、調子にのってウォッシュボード越えをやっていたら、コケた。
 昼どきに愛知県突入。輪中、菜の花、長良川。23号でまっしぐら。午後四時、鈴鹿サーキット近くのキャンプ場に停泊。

★ 今日の夕食メニュー……材料 こてっちゃん・モヤシ・ネギ・豆腐
            つくり方 ごてごてッと炒める
        失敗例 豆腐から水が出て、ごった焼きでなくごった煮に

 あたりは真っ暗だが、鈴鹿サーキットから聞こえてくるエギゾーストノートが妙に気分をなごましてくれる。昨日はモトクロス、今日はサーキットか。

 

三月七日 木曜日

 6時半起床。
 めちゃんこ寒い。ラジオによると、昼過ぎからは雨とのこと。早めにテントを撤収し、午前中のうちに距離をかせぐ作戦に。それにしてもさすがは紀伊半島。海岸沿いの国道、42号線のすいていること、すいていること。噂どおり感じのいいワインディングがつづくが、荷物のせいで100パーセントは楽しめぬ。無念……とかいいつつ、ちゃっかしRVF君との悦楽バトル。しばし楽しんで、ガハハハ、インからパスやッ!

 とかバカなことしてるうちに、とうとう最初のポツリが来た。ポツリ、ポツリ、ザー!
 カッパを着て走る。午後2時。前方にアフリカツインキャンプ仕様発見! 雨の中、どこに泊まるのか訊きたくて、ずっと後ろをつけて走るがまったく止まる機会が訪れない。四十分ほどしたが、こちらは燃料も少なくあえなくスタンドへ。残念。
 あきらめきれず、雨の中を猛追。1時間ほどで(祝)目標捕捉。信号でやっと接触。話してみると、ラッキー! 彼も野宿ライダーだ。とりあえずコンビニにバイクを停め、缶こーヒーを飲みながら話していると、彼も自分と同じく卒業旅行をしているということ。練馬ナンバーを見ると東京の学生だろう。苦労して捕まえた甲斐あり、話しているうちにすっかり意気投合。あたりが暗くなってきたこともあり、そのまま近くの砂浜にテント二つが咲いた。
 二つのテントの入口からそれぞれウレタンマットをグルグルっとのばして架け橋をし、その真ん中で酒盃を交わす。話していると何てことはない、彼もまた就職失敗留年経験者。同じ辛酸をなめてきただけにウマがあうわけだ。さらにきくと、彼は明大というではないか。東京六大学同士、兄弟も同然だ。しぜん酒宴は深夜におよぶ。彼は松本零士の信徒らしい。「男、おいどん」という作品が特にいいと力説する彼。確かに松本零士は、ほんものの「男」を描くことのできる数少ない作家の一人であろう。

<本日の走行 400キロ>

 

三月八日 金曜日

 明大の彼とともにフランスパンと味噌汁の朝食をとる。八時半に出発し、2時間ばかり舳先をならべたが、彼はコインラインドリーに寄っていくといい、そこで別れた。昼前にYSP海南にピットイン。タイヤ交換はミシュランをチョイス。和歌山から淡路島行きのフェリーに乗ったのは午後2時。夕方には淡路岩屋温泉で出発していらいの風呂。温泉が楽しみの一つという人が多いが、自分にとってはただの風呂。四日ぶりに入ると気持いいが、毎日入りたいとは思わない。おまけに湯が熱すぎる。そういえば「銀河鉄道」の鉄郎も大の風呂嫌いだった。

 夕方には淡路島の西側、サンセットロードを走る。
 夕刻にサンセットロードを走ることの幸せ。潮風を受ける頬も、アクセルをにぎる右手も、思わずゆるんでしまう。浜辺にバイクを止め、海のなかに太陽がきれいに沈み込むさまをながめる。真っ暗になってから気づいたのだが、今日の野営地はまだ見つかっていない。さっきまでのなごやかな気分が嘘のように焦りはじめた。風が強いので丘の風下の方をさがすが、いたるところが畑で適当なスペースが見つからない。しかたなく浜辺でテントを張りはじめるが、何回チャレンジしても風で吹き飛ばされてしまう。しかしこの吠えるような風音の暗闇のなかで、今さらテントを撤収してパッキングしなおすのもいやなので、ひたすらぺグを打ち込む。

 午後七時。テントを断念。暗闇のなかのパッキングに手こずる。砂にスタンドがめりこみ、一度バイクを倒してしまった。起こし、再度パッキング。最後のひと締めのところで、また転倒。荷物満載のバイクを浜辺で起こすのは想像以上につらい。パッキングをほどき、荷物をおろしてバイクを起こす。なんとか三度目の正直でパッキングに成功。安心したのも束の間、キックペダルを踏みおろした途端、バランスを崩し、また転倒。起こす、パッキング、キック、また転倒。今度は自分自身がバイクの下敷きになり、ハンドルで顔をしたたか打った。衝撃でメガネが吹っ飛び、ランタン(照明器具)も壊れた。完全な闇。手探りでバイクを起こし、同じ手順をくり返すが、最後の転倒という余計なところまでくり返してしまったときには、もう完全に泣きたくなっていたが、同じに何ともいえぬ不気味さを感じた。自分は今までパッキングに失敗したことなんてなかったし、パッキングの方法もこの数日のあいだにずいぶん改良され、こんなにもろく荷崩れすることはなかったのだ。今晩はここから出られないのではと、背筋が寒くなった。
 発想を変えて荷物を再編成しなおし、できるだけの荷物はザックで背負うことにした。あとはキックだけ。どうせしばらくはエンジンも答えないだろうと思っていたのだが、キック一発エンジン始動。この世でおまえだけがオレの味方だ。
 道に出て時計を見ると午後八時をまわっていた。40分後、ひなびた民宿を発見。空き室があるそうなので泊めてもらう。親爺さんがとても親切で、バイクをガレージに入れさせてくれるし、洗濯していると「ようけあるの」と手伝ってくれる。訛りが強く、コミュニケーションがとりづらいが、とてもあたたかな気持ちになった。飯、風呂もすませ、布団をしいた部屋でテレビをつけると、「ナウシカ」がやっていた。もう15回は見たはずなのに、なぜか食い入るように見入ってしまう。エンディングの音楽がゆるやかに流れはじめるころには、涙がほとんどナイアガラ状態で、自分で自分がどうなったのか戸惑ってしまう。もしピンクのワンピースを着た5歳の女の子がいたら、僕のことを指さして「おじちゃん、壊れちゃった」というだろう。まあ、たまにはそんなときもある。

<本日の走行 170キロ>

 

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