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びしょ濡れの体を癒すべく、通りがかりの温泉で息抜き。これ以上の天国があるだろうか。最良の境地を得るにはまず苦行に身を落とせ。これはおそらく古今変わらぬことだろう。温泉場を出ると雨もやんでいた。
合羽を着て出発。合羽を乾かすためだ。半島の海沿いをひたすら走る。函館はまだまだ遠い。途中でショートカットしたいと思ったとしても、そんな道はない。ただ走るしかないのだ。
エンジンはあいかわらずバラついて不調だ。オッサンが荷物にくくりつけているトバもだいぶ小さくなってきた。旅も終わりに近づいていることを否応なしに感じた。
「ウニいないかな?」
磯場で休憩しているときも、オッサンはつねに求道者である。休むことなく岩のあいだに頭を突っこんで何か探している。かたわらには密漁禁止の看板があった。
函館が近づくにつれ、交通量が増えてきた。ひたすら、すり抜けすり抜け。いっときも流れに乗って走るということがない。
「いい場所があるよ。」
夕方、オッサンにいわれるままについていくと、広大な緑につつまれた静謐な修道院だった。しみじみバイクをながめると、雨に打たれ、泥にまみれ、くたびれ果てている。露をのせた緑の匂いに包まれながら、こいつは癒されただろうか。
意を決して、函館までの最後の行程をかみしめるように走った。函館市内に入ってすぐに日が暮れた。フェリーの時間を調べ、深夜の青森行きの便の切符を買った。出航まで五時間ほどあった。
函館港朝市通りにバイクを止め、歩きまわった。函館でも何かの祭りがあるのか、着物姿の若い女が多い。早仕舞いする店が多く、のれんを出している店はぽつりぽつりだ。
一軒でイクラ丼を食べ、店の外に出たとたん、港の夜気とともに旅情が胸に迫った。
オッサンにこれからどうするのかたずねると、
「アッシは大雪山にのぼってきヤス。」
ザイルを使って登山している彼の姿があたまに浮かんだ。どこまで行っても彼は修行の道なのだろうか。
「もう一軒、入ろっか。」
「いいね〜。」
せまい通りのあちこちでシャッターを閉める音がする。ほとんど選択の余地なく、一軒ののれんをくぐった。こじんまりとした店に、おかみが一人で神棚の横に置かれた小さなテレビを見ていた。
「あら、いらっしゃい。」
おかみにきくと、函館はイカがうまいという。俺はイカ丼を、オッサンはイカソウメンを頼んだ。
「ほんとうのイカソウメンは、ショウガで食べるんだよ。」
生姜をおろしながらオカミがいうので、俺のイナカでもそうだといった。うどん、ソウメン、タコぶつ。何でもショウガだ。
「あら、どちら?」
「四国。」
北国と島国が妙なところでつながった。
と、そのとき、赤や緑で刺繍された鞠が転がりこんだかのように、着物姿の少女が入ってきた。カウンター席の俺の横にすわり、足をぶらぶらさせながら、おかみに話しかけるその快活さに、いちどきに店がぱっと明るくなった。俺たちの存在などまったく気づかないかのように少女は喋っては笑った。話の様子から、おかみの孫のようだった。
少女はおかみから飴を受け取ると、他にまわらなければならない人を指折り挙げると、一陣の風のように店を出ていった。
「飴をいっぱいもらっておいで。」
駆けながら遠ざかっていく軽快な足音を追うように、おかみが声をあげた。
そのあまりに美しい光景に、旅情きわまった俺は男甲斐もなく涙をこぼしてしまった。横を見るとオッサンも目を真っ赤にして、にやりと笑った。
店を出たあと、函館ロープウェイに行った。1600円のロープウェイ運賃を払えずに、100万ドルの夜景を逃す。しかしロープウェイに乗らなくても、素晴らしい夜景だった。
オッサンと握手をして互いの幸運を祈り、別れた。
そして、さらば。二十五歳の俺と北海道。
<本日の走行・530キロ>
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