プロローグ2 在野の志士
紀伊半島の酷道を駆使して逆十文字に縦横断するという今回のミッションは、事前にインターネットによる告知がなされていた。9月3日水曜日にはじめて公開された告知には、9月か10月の土日の任意の日に開催されるとあったが、翌日の9月4日の告知には「9月6日スタート」の可能性がほのめかされ、同日の午後4時にはそれは正式なスタート日として決定されていた。つまり、多くの人たちにとって、開催告知がなされたのは事実上、スタートの前々日ということになる。
しかも、告知ページの文末は「健闘を祈る!」という文字で締めくくられていた。すでにこの耐久ラリーの火蓋が切られているということを全国に点在するバトルツアラーたちは静かに悟っていた。
上野シンイチは、四国宇和島の空の下でかたく目を閉じ、このことについて考えていた。上野のまぶたに浮かんでいたものについて忖度(そんたく)するならば、彼が後に語った次の言葉が一助になる。彼はその叙事詩的な手記にこう記している。
この時点では、まさか参加することになろうとは露ほども思っていなかった。近く開催される旨、その内容を見ると頬がぴくっと引きつった。アレを目指すのか!(注2)
あの時、強烈な刺激とともに脳裏に焼きついた記憶が鮮明に蘇る。思い出すだけでゾクゾクしてきた。
「今度は何を?」
驚いたことにその翌日には早くも情報が更新され、そこに現れた衝撃の内容に目を見張る。
既に決まったという出発日時の告知。それはなんと明日。
まったくもって電光石火の展開・・・と、ここで驚くのはまだ早かった。さらに読み進むと「関西・四国方面からの参加・・・」とある。そこに伏せられた意図に気がついた。
「名指しされてる・・・」
(上野シンイチの手記より)
上野シンイチのいる四国伊予だけではなかった。日程告知が発表されてから3時間以内に、2人の猛者(バトルツアラー)が出走を申し出ていた。アフリカツインにまたがる常陸国(茨城県)の坂東武者・俵エイジ。そして武蔵国(埼玉県)の荒武者・BMWロードスター使いの舎弟アズマである。つづく3時間のうちに相模(神奈川県)、吉備国(岡山県)からも、ラリーを混乱に陥れる不穏なメッセージも届いていた。

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