松戸定住20年。起業時代 30代前半まで
20年の千葉松戸での定住生活を捨て、若隠居の楽天地を求め、小田原へ移住。
クルマの免許を35歳で初めて取得。トライアスロンや釣りに明け暮れ。
| 2005年4月 | 「人生、悪ノリ」コンセプトを廃止。やっぱり人生は真摯に生きていかねばならぬと。 | 35歳 |
| 2004年7月 | チャリのレストア開始。学生時代の三連勝フレームにDURAACEを組み込み、17年ぶりに復活させる。 | 34歳 |
| 2002年6月 | 有限会社から株式会社へ改組。 | 33歳 |
| 2002年4月 | ぶんぶん新聞復活。 「突き抜ける悦び」から「人生は、悪ノリ。」にメインコンセプトを新たにし、新生「ぶんぶん新聞」がオープン。運営は株式会社ライフスパイスから市原千尋個人へ。個人サイトを会社がスポンサーする形態に。 |
32歳 |
| 2002年3月 | 3人のプロデューサーUNITを解散。banana-fish.netドメインおよびbananafish daysサイトを運営していたバナナフィッシュ商会も組織解体し、有限会社ライフスパイス(代表取締役市原千尋)に吸収合併。サイト運営およびコンテンツのいっさいを同社が引き継ぐ。 | 31歳 |
| 2000年12月 | アクセス10万カウント。アート部門プロデューサーとしてHERBSMANを招聘。3人のプロデューサー体制に。 | |
| 2000年10月 | 個人事業から有限会社へ改組。 | |
| 2000年7月 | わずか8か月のサラリーマン生活が破綻。失職を機に、個人事業とサイト運営の本格活動を再開。 | 30歳 |
| 2000年2月 | サイト運営をバナナフィッシュ商会に移管。banana-fish.netドメインを取得する。サイト名もBananaFish Daysに。 | 29歳 |
