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けっきょくそのナナハンを僕は買うことになった。
金の工面に自信はなかったが、それはあまり関係ないことだった。十年前のナナハンが燃え、乗りつづけるための唯一の方法として同じナナハンを手に入れる。それ以外の選択肢があるとしても、そのときの僕には思いつかなかったし、何より同行した三歳の娘が「そうするべきだ」といったのだ。
とりあえず納車までの三週間で目処をつければいいぐらいに思っていたが、何も手が打てないうちに納車の日が目前にせまっていた。僕は正直、途方にくれていた。生活困窮きわまり、明日の玄米を買うためにとか、電気を止められてしまったとか、そんな前置きができるならば、娘の手を引いて工面してくれそうな良家を歩いてまわるというやり方もあるかもしれない。だが、十年前のオートバイが燃え、同じオートバイを買った、その無意味な連環に誰の同情を期待すればいいのだ?
「馬鹿じゃないの。」
僕がはじめてその話をしたとき、彼女は即座にいった。彼女はさらにもう一度、くり返した。
「馬鹿じゃないの。」
「その言葉は前にも聞いた気がする。」
BMWのオートバイで事故を起こしたときも、確か彼女はそういった。
「パブロフ。」
「パブロフ?」
「あなたの顏を見ると、同じ言葉が出てくる。」
彼女は折あるごとに誰かに向かって、馬鹿じゃないの、といっているに違いない。
「苦しいときの神頼み、ね。どうして私に相談しようと思ったの?」
「馬鹿だなっていってほしかったのかもしれない。」
「じゃ、もう一度いってあげるわ。」
僕はBBと猿の長い話をした。彼女は最後まで聞いてから、ひとつうなずき、なるほど、といった。
「残念だけど、私は力にはなれないわ。断っておくけど、お金の問題じゃないのよ。だいたい、奥さんは何ていってるの?」
僕は妻がいった言葉をくり返した。完全に新しいバイクを買うとか、そんなのだったらいくらでも工面はする。ただ、壊れたバイクと同じ年式のバイクを買うのは、最初から壊れる前提で買うようなものだから家庭を守る自分の立場からは協力できない。しかし、あなたが自分の考えでそうすると決めたなら何もいわない。そのかわり、やるからには情けない真似だけはしないこと。例えば娘がいったから買ったとか、そういうことだ、と。
「それは完全に奥さんが正論ね。やっぱり私も協力しない。」
彼女はにやにやしながらいった。
「協力する気、あったんだ?」
「ちょっとはね。少なくとも、それを聞くまでは。彼なんてどう?」
彼女は彼女のかつての恋人であり、僕の古い友人である男の名前をいった。「あの馬鹿がつくほど世話好きの性格は、五、六十年ぐらいは変わらんでしょうよ。」
そのとき僕は別のいい考えが浮かんだ。
「なにヒラめいちゃってんのよ。」
「別に。」
「まさかモトカノとかじゃないよね。」
「モトカノ?」
「昔のカノジョ。悪いアイデアじゃないけど、そこに娘を連れていくような真似はしないでね。あなたって意外にやりそうだから。」
「だめかな。」
「少なくともお金を借りるつもりならね。」
彼女と別れたあと、さっそく僕は五年ぶりの相手に電話をし、いきなりこう切りだした。
「お金貸して。」
「どうしたの、ずいぶん久しぶりじゃない。」
「バイクを買うんだ。」
しばらく沈黙のあと、受話器は当然というようにいった。
「馬鹿じゃないの。」
(2001年11月20日)

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